☆+30 別れ
家出してから早いモノで今日で二週間。
バイトのシフトは今日もフルで出勤で、当然私はそれに従って、出勤する筈だった。でもそんな私の予定を見事にひっくり返してくれたのは、家族とは名前ばかりの母親と義父の二人だった。
9月に入り、だいぶ身体が楽になったとはいえ、温暖化の影響で残暑が厳しい季節。
妊婦にはちょっと過ごし難い気候と言える。
グラスに冷えたお茶を注ぎ入れ、それを両親に出し、私は温めのお茶を飲む。
全く、妊婦は面倒だ。
(でも愛しいから、全て相殺になるのよね・・・。)
まだ膨らみの目立たない平らなお腹を撫で、コレから生まれてくるだろう子供の事を思うと、自然と頬が緩んでくる。
父親はいないけれど、私だけでも育てていける。
幸いにも貯金や仕事はあるし、住む家だってある。
心配なんてなんにもない。
何にもないはずなのに・・・。
「ねぇ、お願いだからお家に戻ってきて、柚妃ちゃん。柚妃ちゃんがいないと、私、私・・・」
「柚妃、柚菜さんを困らせるな。気に喰わないのなら、離れをやるから。」
「ねぇ、柚妃ちゃん。お願いだから戻って来て頂戴・・・」
なんでだろう。
凄く苛々する。
なんでこんなに私に干渉してくるんだろう。
今までだって散々放っておいて、利用してきただけのクセに。
今更、家族ごっこでもしたいワケ?
「柚妃ちゃん!!」
お母さんに強く名前を呼ばれた瞬間、ぶちっと、何かが頭の中で切れた音がした。
(煩い、ウルサイ、うるさい、五月蠅いっ!!)
その激情は瞬時に私の中で膨れ上がり、あっという間に溢れ出し、大雨が降り、氾濫した川の様に荒れ狂い、濁流の如く暴れ出した。
「・・・さいのよ。」
「えっ?」
「煩いって言ってんのよ!!何なのよ、今更母親ぶらないでよね!!だいたい何なのよ。アンタなんて私を産んですぐに捨てたくせに。それが何?再婚が決まったからって、外聞が悪いと言うだけの理由で仕方なく私を引き取っただけの癖に。」
一度氾濫した川は再び堰を作るか、水が引くまで止まらない。
今の私はまさにそれだった。
「家に戻ってこい?離れをやる?私を何だって思ってるのよ!!私はアンタ達のガキの保育士じゃないし、家政婦でもないのよ。」
やっと掴みかけた普通の幸せ。
誰に遠慮する事無く、顔色を窺う事も無く、好きに生きていけると思ったのに、それを諦めろと言うの?
(私にはそんな事出来ない!!)
「帰ってよ・・・、二度と私に関らわないで!!」
ふつふつと、昔から煮え立っていた私の心の中の火山が噴火した。
それはあっという間に私の心の中を焦土と変化させ、大地を焼き尽くした。
私は昔から一人だった。
誰も私を守ってもくれなかった。
たった一人、お兄ちゃんを除いて。
そのお兄ちゃんさえ、今は何処にいるかも解らない。
私は一人。
そう。
私はたった一人。
私は昔も今も、コレからの先も、ずっと一人。
果たしてそれが引き金となったのか否か。
急激な下腹部の激痛に、私は嫌な予感がした。
その途端感じた嫌な感覚。
その感覚は、私を再び孤独の奈落の底へと突き落した。
切迫流産という無慈悲な現実と共に。