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日陰の恋花  作者: 篠宮 梢
30/40

☆+29 苦い過去

御鹿倉’s、eye

 じっとりとした夏独特の空気が、悔やんでも悔やみきれない過去を思い出させる。


 俺は10歳のある日、突然母親に捨てられ、児童養護施設に引き取られた。

 捨てられた当初こそ戸惑い、悲しんではいたが、次第に意外と冷たい現実と世間の反応に気付き始め、中学生になる頃には、人との間には鉄壁の壁を築き上げていた。


 所詮は人は一人で生れ、死んでいき、この世から消え、存在を忘れられていく。

 なら、最初から一人で生きて行けばいい。

 大切な存在を作らず生きて行けば良い。


 そんな色褪せた俺の世界を再び色鮮やかに色付かせ、花開かせてくれたのは、間もなく春を告げるだろう二月、打ち捨てられるように乳幼児室に放置された一人の幼児だった。


 泣きもせず、ただ虚空を見上げていた小さな子供は、俺が抱き上げるなり、安堵したかのように瞳を閉じ、眠りについた。


 温もりが最も必要な時期に捨てられた子供とも言えない子供。

 自分と同じで、親の勝手で捨てられた子供。



 最初は同情だったのかもしれない。

 気紛れだったのかもしれない。

 

 それでも構わずには居られなかった。


 本を読んでやれば、嬉しそうに笑い、字を教えてやればきょとんとし、一緒に寝てやれば、まるで離さないと言わんばかりに抱きつき、頭を撫でてやれば、大人しく撫でられていた。


 でも、それが時折り避けられる事があった。

 今思えば、あれは全て痣を隠す為に俺を避けていたのだろう。しかし、当時の俺はそれに気付かず、度々その子供を構った。


 暇さえあれば遊んでやり、時間さえ都合がつけば、色々な事を教えてやった。

 誕生日が判らないと言えば、誕生日を作ってやり、二人で誕生日を祝ったりした。


 そんな心温かな一方的な生活はある日突然終わりを告げた。


『え・・・?』


 柔和な顔立ちの壮年の夫婦が、俺の手を握り、涙ながらに漸く逢えたと、喜んでいた。

 聞けば、夫婦の男の方の弟の遺児である俺を、ずっと探していたらしい。

 夫婦には残念な事に子供が授からず、俺を養子として引き取りたいと、施設側に願い出たらしい。だが、それは養父母の偽りだったのだと、俺は引き取られた直後知る事になる。


 まぁ、兎にも角にも施設はそれを快諾し、俺は直に引き取られる事となった。

 その話をしようと、あの子供を探していた俺は、信じられないモノを見た。


 熱い、熱い、と泣き喚くあの子に、いつも微笑みを絶やさなかった施設の大人達が、薬缶から直接お湯を掛け、時には殴ったり蹴ったり等の暴行を加えていた。


 黙ってられなかった。

 見逃さずには居られなかった。


 気付いた時にはその子を助け出し、抱きしめていた。


 初めて心の底から守りたいと思った。

 初めて人を赦せないと思った。

 初めて、この世の全てを敵に回してでも、自分の腕の中にいる子供を救いたいと思った。


『ゆず、一緒に逃げよう・・・』


『・・・、』


『ゆずっ!!』


 中々『うん』と言わないゆずは、全てを諦めた瞳をしていた。

 しかし、その瞳は小さい子供が浮かべるような感情ではなかった。


 悔しかった。

 情けなかった。

 辛かった。


 子供を――ゆずを守れない自分が、助けてやれない自分が、情けなさ過ぎて仕方がなかった。

 だから誓った。

 誓った筈だった。


 何物にも屈しない、指図されなくなったら迎えに行こうと。

 何年経っても、いつか必ず助けに行こうと。

 あの子が好きだった絵本の王子様の様に。


 なのに、今の自分はどうだ。

 今いるのは、利益しか考えてない愚かしい自分だけ。


「ゆず・・・っ」


 別れ際のゆずの目が、何故か篠田に重なり、完全に一致した。


 まさかと思いつつ、今は行方を眩ませている篠田の履歴書を見て、俺は愕然とした。

 それは未だ、ゆずが片言の言葉しか話せなかった頃、ゆずが言っていた事だ。


『おにーちゃ、ゆず、おひめさまなの』


 その時は意味が判らなかった。

 きっと、子供の戯言だろうと思っていた。

 だから気にも留めていなかった。



 ――篠田 柚妃。



 ゆずのオヒメサマ。

 正しくは妃。


「見つけた・・・。」


 もう離さない。

 もう後悔はしたくない。


 だから・・・。


「戻ってこい、俺のゆず」


 心に宿ったのは強い情念と執着心。

 もう目を離さない。

 逃がしてやらない。


 自分でも驚くほどの歪んだ笑みを浮かべていた俺は、迷う事無く弁護士に連絡を入れていた。

 全ては『ゆず』を手元に取り戻す為に・・・。

 

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