☆+28 光と影
小さな頃、なんで自分には両親がいないんだろうと思っていた時があった。
たまに引き取られて行く子達や、面会に来て貰える子たち。
そんな子たちが羨ましくて、妬ましくて、何度も意地悪や悪戯を繰り返しては、院長先生に叱られ、物置に閉じ込められると言う日々を何度も繰り返しては、一人で泣いていた。
寂しい。
悲しい。
寒い。
生まれた時から施設にいる私には、誰にも頼れる人は少なかった。そんな中施設の中でも、唯一私に声を掛けてくれたり、字を教えてくれていたのは、一回り年上のお兄ちゃんだけだった。
お兄ちゃんは無口だけど、私が真夜中に時々中々眠れずにいると、何も言わずに頭を撫でてくれたり、一緒に寝てくれたりした。でもそれが院長先生達にバレる度、私は当たり前の様に叩かれたり、熱湯を掛けられたりした時もあった。
当然、そんな事を誰にも言えなかった私は、どんなに寂しくても、眠れなくても、傷が治るまでは一人でいる事を我慢していた。それこそ大好きなお兄ちゃんが本を読んでくれる、字を教えてくれると言ってくれても、私は頑なにその甘い誘惑に耐えて見せた。大抵は五日や十日で薄くなる痣も、具合が悪ければ二週間も消えない事があった。
私が幼少期を過ごした施設は、表向きはアットホームな施設として知られた処で、私が大人になった今でも、そこの施設は、穏やかで良心的な施設として全国にその名を轟かせてはいるけれど、本当の処は差別や体罰、虐待が横行している施設に違いない。
そんな悪辣な施設で育てられれば、大抵の子供達は自分達を庇護する為、自然と幾つかの顔や性格を持つ様になっていく。
私の場合は、何でも言う事を聞き分ける良い子と、大人しい子、そして、自虐的思考を持つタイプの子だった。
『ゆず、俺の前では我慢しなくても良いんだぞ?』
『やだぁ~、お兄ちゃん。ゆず、だいじょうぶだよ?だって、ゆず、いい子だもん。』
『ゆず・・・』
にこにこと微笑みながら、大好きな筈なお兄ちゃんにでさえにも、私は知らない内に壁を築き上げていた。でも、私に優しかったお兄ちゃんは、それに騙されてくれなかった。
幾ら平気だと、自分は大丈夫なのだと言っても、お兄ちゃんは私を抱きしめ続け、離れようとはしなかった。それが私にどんな影響を及ぼす事とは知らずに。
でもたった一度だけ。
そう、たったの一度だけ、お兄ちゃんは私が院長先生達から虐待を受けている所を偶然目撃し、助けてくれた事があった。
それは奇しくも、お兄ちゃんが施設からお家に引き取られる、真冬の日の凍えるような寒い前日の夜の事だった。
叩かれ過ぎて腫れた私の頬を、何度も優しく撫で、何も知らずに、私を守れなかった自分を責める様に噛み締められた唇からは、今思えば、血が滲みだしていた。
『ゆず、一緒に行こう。ここから逃げよう。ゆずは俺が守ってやるから』
『・・・・・・。』
『ゆずっ!!』
無理だよ、お兄ちゃん。
だって、お兄ちゃんは特別なヒトで、選ばれたエライ人だもん。
ステラレタゆずとはチガウセカイの人なんだもん。
中々返事をしない私に焦れたのか、お兄ちゃんは私の肩を強く掴み、抱き寄せ、何かを小さく呟く様に囁いた。
そして翌日。
私の額に小さなキスを落し、お兄ちゃんは大きな黒い車に乗せられ、施設から出て行った。
その後、私はいきなり現れた私の母だと言い張る人に引き取られ、今に至る。
「・・・っ、懐かしい、夢」
起きた瞬間、涙が溢れ出すほどの、懐かしくも辛く、悲しい中にも切ない夢で見た記憶が蘇る。
結局あの日以来、私はお兄ちゃんには逢えてはいない。
大人になったら迎えに行くからという小さな囁きは、今でも憶えている。
それを支えに、私は今まで生きて来たようなものだったから、その言葉さえなかったら、私は今生きていなかっただろう。
光と影が交錯する私の過去は、私とお兄ちゃん以外、誰も知らない・・・。
そう、私とお兄ちゃん以外は・・・。