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日陰の恋花  作者: 篠宮 梢
28/40

☆+27 誇り

「ありがとうございました、いらっしいませ~」


 次から次へと入れ替わるお客さん達を元気良く接客する私。


 引き留める家族を振り払い、私が新しい住処に選んだのは、使いたくもない伝手とコネをフルに使った結果、涼雅氏の奥さんの緋弓さん(入籍だけ先に済ませたと最近緋弓さんからメールが来た)の学生時代のご友人の吉乃さんの旦那さんの持ちマンションを、格安の値段で賃貸として貸して貰う事になったので、先日から暮らし始めている。


 どうせ普段は使わないのだから、お金は要らないのだと言われたのだけれど、そこの処はけじめとして、お金を受け取って貰う事にした。だって、普通3LDKもあるマンション(和室が一部屋と洋室が二部屋)を、タダで借りるなんて事はまず普通あり得ない。その代りと言ったらなんだけど、新しい職場もお世話して貰った。 


「おぅ、無理すんなよ。お嬢ちゃん」


「はい。でも今日は未だ大丈夫です。そんなに暑くもないですし。」


「なら良い。アイツの知り合いだからな。倒れられちゃこっちが迷惑だ。」


 料理人にあるまじき喫煙しながらの調理は、最初こそどうかと思ったけれど、毎日食べさせて貰っている賄いの食事が最高に美味しいから、文句なんて言えない。逆に尊敬しちゃう。


 今日はじめじめとした日だから、冷やし中華な気分だけど、妊婦は体をあまり冷やしたらダメだと、冷たい食べ物とは随分ご無沙汰。今日は何かなぁ~。


「セーラちゃん、お勘定」


「はぁ~い。750円丁度頂きます。ありがとうございました~」


 そんな事を暢気に考えている暇は実は無かったりする。


 何しろ、このお店のランチは、都内ではありえない破格の値段で提供されていて、(勿論それなりの料理だって当然存在する)尚且つボリュームと栄養バランスが絶妙。コレで流行らないと言う方が詐欺だと思う。そして、このお店はちょっと処かかなり変わっている。


 男の人は普通に名前で呼ばれるけど、女の人は基本あだ名呼び。

 お客さんとのコミュニケーション対策だと、オーナーは言ってるけれど、本当の処は判らない。


 私は入店早々星良せいらとオーナー直々に命名されて、それからはずっと『お嬢ちゃん』か『星良ちゃん』呼び。お客さん達は私のイメージにぴったりだと笑い、可愛がってくれる。でも、なんで私が『星良ちゃん』?


「それは星良ちゃんが星良ちゃんだからよ。私なんて『お蝶様』よ?全く漫画の読みすぎだってのよ!!」


 ブツブツ言いながら、オーナーの作った賄い(今日はピリ辛なロコモコ)一緒に休憩をとっている『お蝶様』事、木原きはら 此羽このはさんは、17歳の現役の女子高生。生活費を稼ぐ為に働いているんだと言う彼女は、実に快活的な人で、私とは正反対なヒト。


「だいたいなんで私が『お蝶様』なの?私ってそんなにキツイイメージあるのかな?学校でもしょっちゅう指導されるし」


「そ、そんなに、興奮しなくても」


「だって、いっつもそうなんだもん。遊び慣れてるんだろ?とか、お前が虐めてるんだろ?とか。頑張って成績を上げてもカンニングしたんだろ?とかとか。」


 ぐちゃぐちゃと折角の絶品ハンバーグが跡形なく壊されて行く。

 それをフォークで器用に掬って食べるのだから、彼女も相当オーナーの賄いが好きなのかもしれない。

 今日はあまりお腹もすいてないから、デザートのゼリーをあげちゃおうかな?


(さてと、もう一頑張り。元気出していこう!!)


 デザートを此羽さんに譲った私は、食べ終わった食器を片付け、また接客を始める為にホールに出た。そして次の瞬間、私は激しい嫌悪感を感じた。


 ねぇ、どうして?

 どうしてなの?


 接客に戻ったホールで私を待ち受けていたのは、あまりにも許し難い人の態度だった。


 一目でその人だと理解出来たのは、偏に私がその人の結婚相手を好きになってしまったから。


 

 ねぇ、要らないんだったら、私が貰っても良いんだよね?

 ねぇ、貴女はもう要らないんだよね?

 だったら・・・。


 私に頂戴、と心の中で呟いたのは、そんな事は実際に言えないから。

 だって社長は裏切られてもなお、あの人を愛してるから。


 だから私は日の当らない日陰で、ひっそりと社長を想っている事しか出来ない・・・。


 日陰に咲く花でも、雑草にも、それなりのプライドはあるから、だから私は何も言わない。言ってはいけない。



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