☆+24 想いの代償
一、二、三・・・。
もう六日も生理が遅れてる。
私の取り柄は健康だけだったのに、今回のこれは由々しき事態。
あの面倒な事と付き合い始めて今年でかれこれ16年目。
その16年間、アレは一度として遅れる事なく、狂うこともなく、毎月決まった日に決まった日数で訪れていた。
それが、今月に限ってこない。
正直、思い当たる節が幾つかあるから、やたら滅多に医者にはいけない。
主に思い当たる節の候補としては、
①やっぱり、先月の一夜の過ち説。
②①を気にしすぎての精神的ストレスからくるもの。
③考えたくないけど若年性更年期。
うーん…。
これなら私的には②の方がありがたい。もし①か③なら悲しい上にやるせない感が満載で、最悪の場合、修羅場になりかねない。
――ピピッ
小さな電子音がなり、体温の計測終了を教えてくれる。
その体温計をみれば案の定、微熱。
やけに眠かったり、気怠いなどの倦怠感が続いてるなと思ってたら、やっぱり。
食欲も減退してるし、何もないのにイライラしたり。
(やっぱり妊娠かなぁ~?)
いや、でも今月だけかもしれないし…。
一番手っ取り早い方法は市販の妊娠検査薬?(今までそんなものと縁が無かったから、正式な名前は分かんないけど。)を使って、陽性か陰性のどちらかであるかを確かめてみる事。
うん。
これはもうアレだね。調べてみるしかなさそう。
ちらりと周りをそれとなく窺ってみれば、昼休みに入ったせいか秘書室にいたのは、私と萌先輩だけという、なんとも好条件なタイミングだった。
今朝、出勤前に買っておいて良かった。
そうとなれば、と、私は少しの勇気を振り絞って立ち上がり、萌先輩に声をかけようとしたとき、グラリ、と、急に強い立ち眩みに襲われ、まるで砂で造られたお城が波に攫われ、崩れ落ちるようにして倒れてしまった。
それと共に寒くなってくる身体。
動きたいのに動けない。
部屋に飾ってある花の香りがキツくて、甘くて、気持ち悪い。
「柚妃ちゃん?」
あぁ、萌先輩に迷惑掛けちゃう。
こんなことになんか巻き込みたくないのに。
床に倒れたまま、ピクリとも動かなくなった私に、萌先輩は直ぐに私の異常を察してくれたらしく、医務室に電話を入れ、秘書室に内勤医さんが来てくれるまで、私の隣で私の体を支えていてくれた。
*
「え・・・?」
その言葉は、私に少なからずショックを与えた。
自分でももしかして、と疑ってはいたけれど、実際にそれがそうだと認められてしまうと、途端に怖くなってくる。
「どうやら思い当たる節があるみたいだね。どうする?今なら中絶も出来るけど。どっちみち、病院には行かないとね」
中絶・・・。
妊娠・・・。
このまっ平らな私のお腹に新しい命が宿っていると言う。
たったの一回。
たったの一回、あの日、抱かれただけなのに。
「父親は誰だかは聞かないけど、よく相談「相談なんて出来ません!!」」
私の突然の剣幕に、倒れた私を見てくれた先生が、驚きと困惑で瞳を瞬かせた。
それは私を心配して、今まで傍で介抱してくれていた萌先輩も同じだった。
「言えません、言えないんです。あの人には、あの人には言えないんです!!」
もっと真剣にあの時に抵抗さえしていれば、こんな事にはならなかった。
あの日、どんなに頼まれても、歌音ちゃんを迎えに行くんじゃなかった。
「言えないんです・・・っ、」
ボタボタと流れる涙は、贖罪かどす黒い喜びか。
それは判らないけれど。
「でも、中絶だけは、しません・・・。」
折角授かった命。
私を選んでくれた命。
あの人の、私が好きになってしまった御鹿倉社長との赤ちゃん。
今は未だまっ平らな、目立ってもないお腹を擦り、私は落ち着くまで医務室にいた。