☆+23 絡まる糸
あの一夜の過ちから早いモノで一週間。
私の日常生活は以前の様に雑務が多くなり、役員動向などは著しく減った。
でもそれが当然なのだと思う。
だって、私は5月に人事異動で秘書課に移ってきたばかりで、秘書の心得もまだ覚えきれていない素人。
そんな素人が仕事をサポートするよりは、先輩達の方がサポートした方が断然良いだろう。
――コト。
無心でパソコンのキーボードを指先で弾き、頼まれていた資料の作成をしていた私は、静にデスクに置かれた専用のマグカップに気付き、視線を上げた。
線の細い、中性的な、それでも一目で目を奪われる程匂い立つような美しい顔立ちの総務の若き課長・神崎 みちる さんがそこにはいた。
神崎さんは時折こうして秘書課にきては、社長に何事かを定期報告している。
その神崎さんが、今ここにいると言う事は・・・。
瞬時に固くなる私の身体と表情に、神崎課長はふわりと微笑んだ。
滅多に拝めないその微笑みに、私は蜜に誘われる昆虫の様に手を伸ばし掛け、遮られた。
「柚妃ちゃん、悪いことは言わないから、神崎課長だけは、辞めときなさい。ね?」
「萌先輩?」
「良い?美しい花には毒と棘があるのよ?見かけに騙されちゃダメよ?」
「・・・、何気に失礼な人ですね。天王寺さんは」
眼鏡を右手の中指でクイッと上げ、にこりと微笑んだ神崎課長。
でもその瞳は、今度は全然笑っていなかった。
まるで何かを見定めているかのような、猛禽類の様な鋭い眼差しに、私は思わず顔を逸らしてしまっていた。
「顔色が優れないようですね・・・。大丈夫ですか?」
大丈夫です、と、私は答えられなかった。
頭が痛い。
言葉が出ない。
心が、心が、痛い。
ガンガンと鈍く痛む頭の奥。
その頭の奥で、鮮やかに浮かび上がったのは、あの人の昏い瞳。
気にしないようにすればするほど、私はあの人に惹かれ、縛られて行く。
なんでこんなにもあの人に心惹かれるのかは解らない。
苦しいのに、好きでいる事を止められない。
ダメだと判っているのに。
結ばれる事は無いのだと知っているのに。
「柚妃ちゃん・・・?どうしたの?」
熱い涙が、仕事中だと言うのに止め度もなく、次から次へと生まれ、零れ落ちて行く。
そんな私をまるで嘲笑うかのように、社長の奥さんの第二子妊娠が、社内報によって大きくも華々しく発表された。
それから月が変わった7月。
私に生理が来ることは無かった。