☆+19 実は・・・
通された部屋は小さくも無く、かと言って、大きくも無い部屋だったけれど、床に敷いてある絨毯はまだ真新しく、部屋の隅には観葉植物が配置されていて、なんと、部屋専用の給湯室も完備してあった。
座るようにと促されたソファも何気なく高級なブランド品で、正直、驚いた。
だって、普通、話だけするだけなのに、こんな良い部屋に通す?
そりゃあ、私だってあまり聞かれたくない話はするけど、ここまでいい部屋に通される理由は無い。
防音さえ施されている部屋ならどこでもいいのに。
「さて、聞いても良いかな?――おい、お茶」
あっけらかん、と、立ち尽くしている私に、さっきの大胆で失礼極まりない態度の説明を求めた涼雅氏は、先程の態度とは正反対に婚約者さんを粗雑に扱っていて、婚約者さんも婚約者さんで、今にも噛みつきそうな顔で、それでも涼雅氏に言われた通り、お茶を出してくれた。
うん。
何となく分かっちゃったよ。
この二人は多分きっと、こっちのが素なんだって事が。
(二人とも大きな化け猫さんだったワケね・・・。)
タラタラと冷汗を流しながら、(だって二人の雰囲気が悪すぎる!!)本当に言いづらい事を言う為に、頭の中で整理しながら、言葉にしていく。
ここで私が気をつけなくてはならないのは、あの人があの人の奥さんだという事を、悟られてはならない、という事。
「えっと、実はですね・・・。」
初夏だというのに、緊張のせいか身体が震える。
それでも事情を説明しないという道は、私の中には存在しない。
例え自己満足、余計な世話だと言われようが、黙ってられない。
「実は、尊敬する上司の奥様を御見かけ致しまして。しかも、旦那さんであるはずの上司ではなく、違う男性と親しそうにしていたので、驚いてしまいまして・・・。」
「上司の、奥様・・・ねぇ。随分と肩を持たれるんですね。不倫をする女性を」
「そ、それは」
ゴクリ――
肩を持つわけじゃない。
でも、これが明るみに出てしまったら傷つく人がいる。
あの人があれ以上傷付くのは見たくない。
ただでさえ、あの人は深い孤独と闇を心の中に宿し、それらは今か今かと息を潜めている。
「肩なんて、持ってません。」
「では何故、そのお方の名前を仰らないんですか?」
何故?
何故と言われれば、私はすぐには答えられなかった。
そればかりか、ふと、込上げてきた感情が私を惑わせた。
それは、それは・・・。
涼雅氏はそんな揺れ蠢く私の心を、まるで見透かしているかのように、鋭い瞳を細めた。
「答えられないのなら、私が答えて差し上げましょうか。篠田さん、貴女はおそらく「やめてッ!!」」
聞きたくなんてなかった。
認めたくも無かった。
だってあの人は、私の事をなんとも思ってない。
たまに無理難題を押し付けられる位だから、信用はされていると思うけれど、それは私が部下だから。
それ以上の感情なんてない。
私もそれ以上は望まない。
望んじゃ、イケナイ。
耳を塞ぎ、心を閉ざす。
これ以上踏み込んだら、私は引き返すことも、自分を抑える事も出来なくなってしまう。
あの人の嘘、偽りのない笑顔と優しさを、そして女としての幸せを望んでしまう。
それだけは出来ない。
だから。
「今、話した事は忘れて下さい。お願いします、お願いします。」
私に出来るのは、見なかった事にする事。
無かった事にする事。
それが、狡くて、卑怯で、意気地無しの私が唯一出来る事だから。
カチャリと、陶磁器が擦れ合う音が、静まり返った空間に響き、やがて重い溜め息が一つ零れ落ちた時、重苦しくなってしまった部屋の空気を打破するかのように、私の携帯が着信を知らせた。
それは奇しくも、あの人からの着信だった。