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日陰の恋花  作者: 篠宮 梢
19/40

☆+18 母の代理

 忙しい・・・。

 本当に忙しい。

 真面目に、真剣に忙しい。

 まさかここまで忙しいとは知らなかった。



 六月は、言わずとも知られている結婚式シーズンの一つ。


 母は、涼雅ウェディング・ブライダル衣装室部門のチーフと言う立場にいるらしく、来春には昇進が控えているとも母の同僚に聞かされた。

 なんでも、母以上に着付けや衣装の管理が丁寧で、お客さん達からの評判も良い人はいないらしく、会社としてはパートではなく正社員、妥協しても準社員にしたいらしい。それなのに母は。


「今でも忙しいのに、正社員なんて絶対イヤ!!」


 と言って、パート契約更新の度、人事のトップと経営者を困らせているらしい。


「まさか柚菜さんにこんな大きな娘さんがいたとはね。初めまして、何時も貴女のお母さんに協力して貰ってます、涼雅 聖 と申します。」


(うわっ、怖ッ。ウチの社長並みに恐い!!)


 一見、にこりと微笑んでいるように見えるけれど、その瞳の奥は冷え冷えとしている。


 こんな人が人の幸せをお手伝いするの!?

 世も末だね!!


 一人で納得して、握手を求められていた私は、無理やりこの一カ月で磨かされた秘書スマイル(対、重要危険人物用)を浮かべ、握手に応じた。


 でもそれだけじゃ引かない。

 引いてくれないのが世の常、人の常。


 一体何の思惑があって私の手を握ったまま離さないの?

 貴方、ここの会社の社長でしょ?

 経営者でしょ?

 代表取締役でしょ?

 忙しいんじゃなかったの!?


 この私達の不毛なだけの、何の利益も無い無言の応酬を止めてくれたのは、社長の婚約者さんだった。


「聖さん、こちらの方、困ってらっしゃるわ?そろそろ手を離して差し上げて?(何考えてんのよ、アンタ、バカじゃない?)」


「緋弓さん、嫉妬ですか?(邪魔するな。)」


 ・・・。

 あれ、可笑しいな?

 どうして社長たちの副音声が判っちゃうんだろう。


 私にそんなスキルなんてなかったはずなのに・・・。


 モヤモヤ、グルグルとそんな事を考えていた私は、あり得ない人を社長たちの肩の向こう側で見かけ、いや、目撃してしまった。


 そのあまりにもショッキングな光景に、私は咄嗟にその人に見つからないように、目の前にいた人に抱きつき、その人の動向を窺った。


 なんであの人がここに居るの?

 どうしてそんな風に笑えるの?

 なんで、どうして、ドレスを選んでるの?

 アナタには、あの人がいるでしょ?

 家族を棄てるの・・・?


「最ッ低ー。良い女の風上にも置けない」


 グググっと、綺麗に整え伸ばした爪先が、スーツの上から肩の肉に食い込む。


 人の恋愛に口出しするほど私は野暮じゃないし、熱くも無い。

 だけど人としての仁義や、道徳観、倫理を無視した恋愛は認められない。

 例え他に好きになった人がいても、我慢するのが人としての当然の責務のはず。


「あ~、信じられない!!ちょっ、ちょっとどうしてそこで拒まないでキスしちゃうわけ?あんた結婚してるくせに!!旦那いるくせに。」


 信じられない裏切りと不貞の瞬間を見てしまった私は、興奮と怒りのせいで、自分が母の代打で(母は風邪をひいて、高熱が出た為、急遽仕事を三日休むことになった。)働きに来ている事も忘れ、ギリギリと眦をつりあげ、

叫び出したいのを何とか堪え、その不貞の様子を見逃さないように観察していたのだけど。


「篠田嬢?そろそろ離れてくれませんか?でなければ警備の者を呼ぶはめになってしまいますが。」


 永久凍土も真っ青な凍てついたその人の声に、私は今の己の状況をすぐに振り返り、後悔した。


 仮にも母の代打で、溜っていた有給休暇を使ってまで、人が幸せになれる瞬間の手伝いをしに来たのに、私が今しているのは、仕事でも何でもない。ただの野次馬。


 それが恥ずかしくて、申し訳なくて、私はすぐに抱きついていた相手から離れ、深々と相手に頭を下げ謝罪した。


「迷惑をおかけした上、突然抱きついたりなどして、すみませんでした。」


 謝って許されるのは小さい子供のみ。

 大人になればなるほど、赦されない言動は増えてくる。


 私は厳しい叱責を覚悟していた。

 覚悟していたのだけれど・・・。


「どうやら事情があるようですね。それもかなり深刻な」


 微苦笑交じりの声に違和感を感じ、謝罪の為深く下げていた頭を元に戻せば、そこには苦笑いを浮かべた涼雅氏と、何故か悲しげに、苦しげにしている婚約者さんがいた。


 ホント、この時の私は、全く恋愛感情に疎くて後になって自分を呪い殺したくなった。


 暗く澱み、それでも何とか懸命に微笑もうとする涼雅さんの婚約者さんと、涼雅氏、そして私の三人は、話をする為、誰も来ない部屋に移動した。 


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