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日陰の恋花  作者: 篠宮 梢
17/40

☆+16 コーヒーとビスケット

 六月の中旬ともなれば、世間様は梅雨入りすると同時に、【ジューンブライド】なる、六月の花嫁現象が発生する。


 私の高校時代の友達も、今月末立て続けに結婚するらしく、その結婚式場のホテルや、結婚式自体をプロデュースする会社は今、てんてこ舞らしく、そこの衣装・着付け係として、パート勤務している母も、会社の人手が足りないと言う事で日夜残業続き。


 ただでさえ私の母は、彩都が私の事をママと呼ぶ事に対し少し悲しげな顔をするのに、母の事情と想いとは裏腹に、母はその会社に必要とされている。


 でも母はあくまで、家庭第一主義な今時珍しい大和撫子タイプ。


 今朝などは遂に、日々の鬱憤が溜っていたのか、あの働き者で、全てにおいて前向きであるはずの母が「仕事を辞めたい」などと、あの父の目の前で口走ってしまっていた。


 そのせいか、私は出勤の為、両親に声を掛けようとしたが、リビングから漏れ聞こえてきた両親の艶めいた声音に頭痛を覚え、彩都の着替えと支度を手早く済ませ、こっそりと家から逃げるようにして出てきてしまった。


「お母さん、遅刻しなかったかな・・・。」


 もう還暦をとっくに過ぎていると言うのに、父の性欲は強い。

 果てしなく強い。

 少しくらい、淡泊過ぎる高校生と中学生の弟に分けてやって欲しいものだ。

 いや、分けたら大変かもしれない。

 今の方が良いのかもしれない。


 パソコンのキーボードをリズム良く刻みながら、家庭内事情を考えていた私は、頭に軽い衝撃を受けた事で、自分が誰かに声をかけられた事に気が付いた。


「何かご用でしょうか。」


「御用も何も、貴女、社長にはもうお茶はお出ししたの?私が頼んでから30分は過ぎてるのだけど。」


「お茶ですか?」


 ヤバい、聞いてなかった。


 私はへらっと誤魔化し笑いを浮かべ、いそいそと秘書課の備え付けの給湯室へ行き、思いっきり濃いコーヒーを淹れ、社長室の扉をノックした。



 コンコン。



 いつもならすぐ返事が返ってくる筈が、今日に限って返ってきたのは返事ではなく、言い争う男女の声。

 言い争うと言っても、女性の方だけが何かを喚いているようで、男性の声はいつもどおり冷たく、淡々としたまま。


(ありゃりゃ、これは先輩達にはめられちゃったかな?)


 社長室に行く前にどうりで謝られたわけだ。


 あれは私に厄介な仕事を押し付けた事への謝罪だったのだろう。

 こんなことなら、もう少し遅くても良かったのかもしれない。

 でも、いやな事はすぐに済ませるタイプの私。

 そうそう性格も治らないし、融通も利かない。


 軽い咳払い一つ。再度社長室の扉をノックし、開いた扉の先の光景は、嵐が通り過ぎた様な、まぁ見事に無残な景色。


 後で掃除する羽目になる私の身にもなってみてよね。


「社長、お待たせしました。コーヒーをお持ちしました」


 それでも、今はとりあえず折角入れた飲み物を優先。

 確か、警備員さんの話だと昨日社長は帰らなかったらしいからね。こんな時は緑茶より、物っ凄い、濃ゆいブラックでしょ。


 付属のビスケットは、本当は私の非常食なんだけど、空きっ腹にコーヒーは危険でしょ。と言う事でおすそ分け。


「お仕事お疲れ様です。本日のスケジュール確認はもうお済みでしょうか?」


「いや、まだだ。――コレは?」


「ビスケットですが?」


 コーヒーを執務机の上におけば、社長はビスケットを胡乱な眼で見て、抓み上げた。


 そんな顔しなくたって、下心もご大層な思惑もありませんから!!


 わざとらしい咳払いをもう一度繰り返し、人の目に見えるものならば、私の背景に大自然の光景が映る様な爽やかな笑みを浮かべ、弁明した。


「空腹にコーヒーはお勧めしません。ですので、よろしかったらどうぞ。私の非常食で申し訳ありませんが。では、ご用がお済みになりましたら、内線でお知らせ下さい。すぐに片付けますので。」


 ぺこりと頭を下げ、優雅に、それでも些か早く社長室から脱出してきた私は、先輩達に「ご苦労さま、悪かったわね」と、労って貰ったのだった。   

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