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日陰の恋花  作者: 篠宮 梢
14/40

☆+13 遠足③

御鹿倉S・eye

 ノーブランドの服に、【Queen's・Annie】の腕時計。


 その時計がどれだけ高いモノなのか、果たしてこの若い母親は理解した上で、購入したのだろうか。


 娘の歌音が珍しく感情を露わにし、懐いている相手は自分の会社の社員で、先月、秘書課に異動させたばかりの影の薄い女子社員。


 仕事は来留逵の推察と推薦の通り的確で、無駄は無い。

 それにどう言うワケか、彼女が秘書課に異動してきてからは、煩わしい電話の数は著しく減少した。


 正直、それほど彼女には仕事を期待していなかっただけに、その事実は驚きだった。

 それまでの電話番は、顔の造作は良いが、何処か社会人としてまだ幼く、語録も乏しい、野之下 蜜歌と言う社員であり、秘書課の中で唯一の恋愛至上主義者だった。


 それが彼女になった途端、仕事の取引に影響を与えないと判断された女からの電話は、たとえ相手が取引先の上役の娘だろうが、断固として私用の電話は繋がらなくなった。唯一例外なのは、電話をかけてくる女自身が仕事をしている場合のみ。それ以外は全くと言って良いほどの完璧な防衛壁だ。


「だからね、その時パパが言ったの。今度連れてってくれるって。なのに、未だ連れてってくれないの」


「かのちゃん、かのちゃんはそんなに行きたいの?」


「だって、愛と夢と花と希望の国・レイニーランドだよ?ラビット君にあいたいのに!!」


 さいと君も行きたいよね!?と、同意して欲しいのか、歌音は些か興奮気味に弁当を突ついては、大人しい少年にフォークに刺した卵焼きを向ける。一方、目の前に卵焼きを突き付けられた少年はといえば、愛らしい表情で自分の母親の膝の上に座り、から揚げを食べている。母親は母親で暢気にフライドポテトを食べている始末。全く緊張感の欠片もない。


「ぼくは、かのちゃんとこうやって遊ぶだけでも楽しいよ?」


「さいと君、かのん、嬉しい!!」


 どう言うつもりだろうか。

 母親にでも言われ、歌音を懐柔するつもりなのだろうか。それにしては少年の瞳が透明すぎる。


 暫く少年を観察していると、不意に少年がこちらに目を向け、コトリ、と、首を傾けた。


「ぼくの顔に、何かついてる?」


「いや、・・・」


 無垢な表情に俺は後悔した。

 子供がそんな事を考えるワケがないのに、母親がしている腕時計だけで、彼をも疑ってしまった。それが何処となく心苦しかった俺は、咄嗟にいつもの笑みを浮かべ、なんとなく父親の事を聞いてみた。


 すると。


「父様は忙しいの。ゆきママが出て行かない様に、わざと忙しいフリしてるの。ゆきママはそれがわかってるからお家から出て行かないの。」


 両親の事を誇らしげに自慢してきた。

 如何に自分の両親が仲が良い事を喜んでいるか、その表情を見れば一目瞭然だ。


「父様はゆきママに甘いの。この時計だってたかいのに、やすいってうそついたの。」


 その言葉にピシリと表情が固まったのは、俺ではなく、いつもは影の薄い篠田だった。


 篠田は自分の膝から我が子を降ろし、徐に携帯を鞄からガサガサと探り取り出し、どこぞへと電話をかけ始めた。


 相手はすぐに出たのか、彼女は相手が出るなり、電話相手に説明を求めていた。


「ちょっと、私の時計が高いってホントなの?え?たったの7桁だから気にするな?5桁だって言ったじゃないのよ!!なんでそうやっていっつも。そんな声出してもダメっ!!あ~、もう。じゃあお店の食器、ウチの会社の使ってくれる?え?約束は出来ないけど検討する?ちょっと、パパ!!」


 マシンガントークとはこういうモノを指すのだろうか。


 悔しげに携帯の電源を切った彼女は、実に憎々しげに弁当の残りを平らげ、旦那の悪口を子供の前で罵っていた。


 そんな篠田の言動に、少年の柔らかで素直な心が傷付いていないだろうかと、少年の方を見てみれば、少年はにこにこしていた。

 歌音は歌音で訳知り顔でニヤニヤしている。


 その二人の子供の表情で、どうやら心配は無いらしいと判った。


(それにしても・・・。)


 篠田は店の食器を会社の商品を使えと言っていたが、旦那は自営業の料理人なのだろうか。ならば、一度逢ってみたいと思ったのは何故だろうか。



 自分でも気付かない内に、俺はその日から何となく彼女を気にし始めた。

 それが自分でも止められない、恋愛感情にまで発展するとは知らずに。

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