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日陰の恋花  作者: 篠宮 梢
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☆+10 女の子の笑顔の価値

 私が【MIKAGURA】に入社した理由は、福利厚生が他の会社より良かったからであり、決して給料に惹かれたからではない。


 でも、今は、その入社する決め手となった福利厚生に心惹かれた自分が憎い。

 憎くて堪らない。


 と言うのも、ここの会社は年度初めに変わった行事があり、お花見も、歓送迎会も会社を上げてはしない代わりに、5月か6月の良く晴れた日に、社を上げてのバーべキュー大会、基、大規模な昼食会が開かれる。


 例年ならば、清田女史と、ゆりりん、そしてチャラ眼鏡の壬と私の4人は、会場の隅っこでカレ―当番をしながら気楽に参加していた。


 なのに、今回は何故かそこに人事部長の来留逵さんと、社長家族が参加している。


 基本、長いモノには巻かれていろ派で、厄介事は嫌いな私達4人は、社長家族が参加すると、大会当日知らされた時は、どうか一緒のチームになりませんようにと、ある意味どのチームより必死に天に願った。


 願ったと言うのに、それは叶わず、結果として今の私達は非常に気分が低い上に重い。


 心なしか、ゆりりんのジャガイモを皮を剥くスピードがいつもと比べ速いのと、清田女史の肉を捌く気迫が凄まじいのは気のせいではない。


 みんな心の中では、私の籤運の悪さを悪しざまに罵っているに違いない。


「えっと、壬、私、何したらいいかな?」


 感じなくても良い罪悪感に駆られ、火を起こしている壬に何か手伝う事は無いかと聞けば、壬はいつも以上に本心の見えない笑顔をにっこりと浮かべるだけ。


 その笑い方は、本人の本性を知らなければ意味は判らないものだが、入社以来友人関係を続けている私には、彼が本気で苛立っているのが嫌でも解ってしまう。


(ぅ、本気で怒っちゃってるよ~。)


 ゆりりんもゆりりんでいつも以上に愛想が良いし、清田女史も微笑んでいる。

 そんな怖い友人三人に、無言の圧力をかけられ、敢え無く屈した私は、無条件降伏した。


「【櫻苑】で許して下さい。」


「「「・・・」」」


「じゃあ、【弌佳】の松会席!!」


 一食三万のコース会席の名を叫ぶ様に言えば、三人はようやく頷いて許してくれた。

 

 【弌佳】は、完全予約制の店で、一見さんお断りの店でもある。

 それなのに私が簡単にその店の名を言えるのは、その店の名から判る様に、店の主であり、料理人でもある人が、私の血の繋がらない兄だから。


 兄は本当に良い人で、何かあったらすぐに頼りなさいと言ってくれている。

 そんな心優しい兄の奥さんは更に私に優しい。と言うか甘い。

 多分、いや、理由を話せば、絶対に何が何でも最高の座席を用意してくれるだろう。

 それほどまで兄夫婦は私に甘い。


「悪いわね、柚妃。でも柚妃の籤運が悪いからこうなったのよ?」


「そうよ。あそこで壬に籤を引かせておけばこんなことにはならなかった筈よ。」


「柚妃、悪いな。」


 三者三様。

 とりあえずすべて私が悪いのだと決めつける友人達が、今は少し憎らしい。

 私だって好きであんな貧乏くじを引いた訳ではないのに。


 ブツブツ不満を口にしながら、それでもやる事を見つけた私が水場で大量のお米を研いでいると、クイ、クイッと服の裾を引っ張られた。


 こんな事をするのは子供しか考えられない。

 そしてここにいる子供は一人だけ。

 案の定、振り返ればそこには泥だけのジャガイモを持った可愛い女の子がいた。

 しかも良く良く見て見れば、その子は弟といつも一緒にいる女の子だった。


 女の子も良く保育園に迎えに来る私を覚えていたのか、大きな目を更に大きくし、驚きの声を上げてくれた。


「彩都くんのゆきママ!!どうしてパパの会社にいるの?ねえ、彩都くんはいないの?」


「ごめんね、今日は彩ちゃんはいないの。かのちゃんが来るんなら連れてくれば良かったわね。ごめんね、かのちゃん。」


「ううん、いいの。彩都くんとはあした逢えるもん。ゆきママも来るでしょ?遠足」


 ふわふわのワンピースを着た女の子、――社長の娘さんの歌音ちゃんは、興奮を隠しきれない笑顔で、私にそのままの勢いで抱きついてきた。だから私もついいつもの癖でかのちゃんを抱き上げてしまった。


 かのちゃんが必要な時以外近付かないと決めた、御鹿倉社長の娘であり、自分が今どこで何をしているのかも忘れ。


 私は知らなかった。

 だからいつもの様に抱き上げ、抱きしめていられた。


 まさか、かのちゃんが、歌音ちゃんが、両親の前で笑った事がないとも知らずに。


 嬉しそうに笑うかのちゃんに「明日の遠足楽しみね」と、のほほんと笑っていた私は知らない。

 社長が驚愕の表情を浮かべ、私と歌音ちゃんを見ていて事を。

 私は知らない。

 私はこの時、本当に何も知らなかった・・・。

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