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Lost Angels  作者: 安楽樹
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9.クラスの変化

三週間が経った頃、また少し、2-Aのクラスに変化が起こってきた。

まだ十分とは言えないが、新しい学年、新しいクラスに皆が慣れ始め、各グループや派閥が出来上がってくる頃だ。

そしてそれと同時に、ヒエラルキーも可視化されてきて、学級内に見えないピラミッドができ始めていく。


一方で、そうした派閥には興味も無く、属すことも無い一部の人間たちの一人である庸が、生物の授業中に紙の切れ端が回ってきたのに気付いた。……珍しく、普通に起きていたからだ。

それは、彼の右斜め前……つまり、茅が座っている席の前の女子から回ってきた物だった。

何故か、茅に対しては渡さず、対角線上に彼の方へと差し出してくる。彼女からのジェスチャーと視線によれば、彼の左隣の女子へと回して欲しいという要望のようだ。


「……ん?何だこれ?」


もちろん、こうした状況ではよくある授業中の暇つぶしの一環であることは、(ずっと寝ている割には)彼にも良く分かっていたが、今回気になったのは、このパターンでよくある『無駄に複雑な折り方をしてある』とか、『無駄にデコレーションされた紙が使われている』といったパターンではなく、本当にただのノートの切れ端という風に、破っただけの紙だったからだ。

なので、何とはなしに裏をめくってみると、そこに妙な一文だけが書いてあるのが目に見えた。

……それを見て、思わず上記のように呟いたのだった。


『七峰茅には気をつけろ』


何の変哲も無いノートの切れ端には、よくある脅迫状のように、新聞か週刊誌か何かの見出しを一文字ずつ切り抜いて文章が作られている。『茅』という文字が見つからなかったらしく、何故か一文字だけ手書きになっている。妙に中途半端な怪文書だった。


「大丈夫かよ、うちのクラス……」


一体誰が何の目的でこんなことをしたのか。

……少なくとも、彼女に好意のある人物の仕業とは思えなかった。

庸は、回ってきた切れ端をクシャッと右手で握りつぶすと、チラリと隣の茅の方を見る。

だが、当の本人はまるでそんな庸たちの様子など気にしている素振りは無い。……間違いなく、視界には入っているはずなのだが。

まあ、通常ならこんなことは気にすることではない。

そう思って、庸はいつもの通り、ふああ……と欠伸を一つすると、机に再び突っ伏したのだった。




***




それは四時限目の休み時間のことだった。次の音楽の授業のために、教室を移動している時。

庸の前には、いつものように茅が歩いていた。……もう最近は、いくら言っても聞かない庸に対して、彼女はこれ以上何も言う気を無くしていたようだった。そして庸はそんな様子を何も気にすること無く、気楽な雰囲気で後をつけて行く。

ふんふーん……と、全く悪気なく頭の後ろで手を組んで歩いている庸が前を行く茅の姿を見ていると、さらにその前を歩いていた男子生徒が、急に驚いた様子で頭を庇うのがふと目に入った。

と同時に。


ガシャアアアアンッ!!!


「ひっ!」

「きゃあっ!」


その横にあった廊下の窓ガラスが、突然割れた。周囲を歩いていた生徒たちの間から、小さな悲鳴が起こる。

細かな破片が辺りに散らばり、場が騒然とする。

慌てて庸は茅の元へと駆けつけ、彼女の様子を気遣う。


「だっ大丈夫!?茅ちゃん!」

「……う、うん……」


声をかけた彼女は、驚いているというよりかは、どちらかと言うと呆然としているかのように庸には見えた。

彼女の前を歩いていた生徒には、別の生徒が近寄り、体の無事を確認している所だった。

どうやら様子を見ている限りでは、怪我などはないようだったが、異常に何かを恐れているのか、震えたまま立ち上がろうとはしなかった。

肩を揺する友人にも構わず、目を見開きながらブツブツと何かを呟いている。


「呪いだ。呪われる……」


庸にも聞こえた、小さいその声と共に、彼の視線は明確に茅の方を向いていた。

その怯えた視線にいたたまれなくなってか、目を逸らす茅とは裏腹に、庸の頭に一気に血が上ってくるのが分かった。


「何言ってんだてめえ!ふざけんにも程があるぞ!」

「やめて相模君!」


今にも食って掛かりそうな庸の様子を、茅が慌てて引き止める。

彼の様子に再度驚いたのか、怯えていた生徒は、慌てて廊下の向こうへと走り去っていってしまった。周囲の何人かが、まるで異形のものでも見つめるかのように、彼らを少し遠巻きに眺めている。

そして誰もガラスの片付けを手伝おうとはせずに去っていく中、何となくそうせざるを得ないかのように、茅は無言でガラスの破片を拾い始めた。それを見た庸も、放っておけずにそれを手伝い始めるのだった。


「茅ちゃん……」

「……いいの……」


さすがにそれを断るような元気は無いようで、どこか寂しそうにガラスを拾う茅の姿に、庸も何と声をかけていいか分からなかった。

そこへ突然、後ろから少し高いトーンの声が掛かる。


「あっ、七峰さん!」


振り向いた二人の目の前には、長谷川直哉と、その隣に桐生総一郎の姿があった。

たまたま、彼らの後ろを歩いてきていたようだ。


「突然割れた……か」

「あ、桐生君」


総一郎が後ろに居たことを知らなかったのか、直哉は振り向いて答える。そして、庸と茅と一緒に破片を拾い始めた。

三人が一緒に座り込んでガラスの片付けを手伝っているのを横目に、総一郎はただ一人、割れたガラス窓のフレームをジロジロと見ていた。

一瞬、直哉は総一郎に何かを言おうと思ったが、こちらのことなどまるで気にしていないかのような彼の様子を見て、ハァと息を吐くと、再び手を破片に伸ばす。


(手伝ってくれるわけじゃないんだね……)


それからしばらく、教師が駆けつけてくるまで彼らは黙々と散らばった破片を片付けていたのだった。

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