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Lost Angels  作者: 安楽樹
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8.事件の予兆

相変わらず転校生茅は、頑なにクラスに馴染もうとはしなかった。

そして、そんな茅のことを気にも留めず、相変わらず彼女に付きまとう庸。それを追い払う茅。

そんな光景が日常的になってきた、一週間ほどが経った頃。彼女らのクラスに異変が起き始めた。


例えば、とある女子生徒と、茅が校舎の外を歩いていた時のこと。


「ね、ねえ!ちょっと待って!」

「……何?」


ガッシャアアアアン!!!


「キャアアアアーッ!」


茅の呼び止めに振り向いた女子生徒のすぐ後ろを、何かが急にかすめ、その直後、甲高い派手な音がした。

振り向いた女子生徒の目の前には、割れた窓ガラスの欠片が散乱していた。

辺りを見回しても、特に誰も見当たらない。

割れたガラスの中を見ると、どうやら誰かが野球のボールを飛ばしたらしく、こぶし大の白い球が転がっているのが分かった。


その日から数日間、朝礼や夕礼で事件の犯人を求める話題が挙がったが、この事件の加害者は結局名乗り出ることは無く、それからしばらくしてうやむやのまま、終わりになってしまった。

それだけであれば、ただの事故として済まされてしまった出来事だっただろう。


だが、それから幾つか立て続けに、異様とも思われる情景が目撃されていた。


「おい、あれ見ろよ……」

「うわ、なんだあれ……!?」


二人の男子生徒が見たその先には、カラスの群れに囲まれる、美少女転校生の姿があった。

一瞬見た限りでは、何か食べ物でも持っており、鳥たちに襲われているのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

カラスの群れは彼女を中心として回る竜巻のように一定の速度を保って飛び回っている。そして彼女の方もそれを黙認しながら平然と歩いているのだ。

……それは明らかに、異常な光景であった。


またある時は、彼女が黒猫と話す姿を見た、という生徒も現れた。


それを聞いた別の生徒は始め、「ただ独り言で話しかけていただけではないか?」と言ったのだが、その生徒の話ではどうやらそうではなく、確かに彼女の言葉に答えるように黒猫は鳴き、そして彼女の言葉に答えるように一緒に歩き出したというのだ。

それぞれがただ一つだけの出来事であれば、ただの偶然で済まされたかもしれない。

だが、これらの事件が一週間以内に立て続けに起こっており、何より当の本人に対して聞いてみても、特に否定も肯定もしなかった。


……次第に、彼女を取り巻くクラスメイトの輪が、少しずつ距離を取って行ったのも当然といえば当然かもしれない。

そんな彼女に近づこうというのは、すぐに庸一人だけになってしまっていた。


「最近、いつも一人だね?……寂しくないの?」


全く悪気も無いように、庸は尋ねた。

いつものように、彼女の帰りを先回りして待ち構えていたのだ。

そしていつものように、茅もそれを呆気なく無視して通り過ぎていく……のだが、今日だけはいつもと様子が違っていた。

庸の横を通り過ぎる途中、一瞬だけ立ち止まり、彼にだけ聞こえるように一言呟くのだった。


「……私は魔女だから。近づく人を不幸にするわ」


振り返る庸が見たものは、相変わらず一回も振り返らずに校門を通り過ぎていく、鴉の濡れ羽色の後ろ姿だけだった。




***




「やっぱ、学園モノと言ったら、転校生は必須キャラだよなー……」

「何?君みたいなひねくれた子も、学園ラブコメなんて読むの?」

「……由香里ちゃん、誰がラブコメだなんて言ったよ」

「先生でしょ、先生。……あれ?違った?」

「最近は、学園モノだって色々あるんだよ。サスペンスだとかジュブナイルだとか、後はSFとか……。先生の時代とは違うの」

「なーんか、侮辱してるわよね……?」


光樹は、それ以上何か言うと墓穴を掘ると思ったのか、再び本に目を落とした。

困った時は、本を読んでいるフリをする……というのが、彼の常套手段だった。


「そうやって困った時は、読書するフリしたって無駄よ……っ!」


バレていた……!


しかし、彼は鉄の心を持つ男だと自分に言い聞かせ、由香里先生と目を合わす事だけは避けた。

額から流れそうになる、冷や汗だけは気付かれてはマズい……!と、必死でストーリーの方に集中する。

なんだか学校まるごと異世界に飛んで、無敵チートの主人公が美人転校生とイチャイチャしながら勇者だ魔王だ……とかいう感じのストーリーを30Pほど読んで、(これはハズレだったな……)と後悔する光樹。


もう異世界モノは完全に食傷気味だ。やっぱこれからはSFだろ、SF……!

特に、スマホとかアプリとか出てくる話なんて、まだ全然出てきてないしな……。


「そんなのばっか呼んでないでさー、ちっとは現実を楽しんでみた方がいいんじゃないの?……ほら、リアル転校生とかさ?」


光樹がつまらないストーリーの編集方向に没頭し始めそうになった時、再び由香里先生の言葉で我に返った。

先生の視線の先を追ってみると、彼女は窓から外の校庭の様子を眺めている。

彼は身を起こしてその方向へ目を向けた。

……すると、クラスでちょっとだけ噂になり始めているという転校生の女子が、クラスの男(――確か、相模庸とか言った筈だ――)の横を通り過ぎ、学校の外へと歩いていく所だった。


「ああ、転校生ね。……ダメだよ。リアルの転校生ってどうも小説の中ほどノリが良くないみたいだし」

「あらそうなの?……残念ね。そうじゃない?」

「そう?何で?」

「……。君、後で後悔したって知らないわよ?美人みたいじゃないの」

「美人……ね。大抵の場合、美人ってのは変な男に言い寄られて、性格悪くなってるんだよねー。ほら、あんな風に」


二人の視線の先には、校門の手前でぽつんと一人佇む、庸の姿だけがあった。




***




「……もうこんな時間か」


一人教室に残り、本を読んでいた桐生総一郎きりゅうそういちろうは、薄暗くなってきた室内から顔を上げ、窓の外のイチゴマーブル模様の空を見た。

没頭していたさっきから我に返ると、少々の肌寒さが実感できるぐらいの時刻になっていたようだ。

余韻を残して鳴り終えるチャイムと共に、帰り支度を始める。


久々に気分が乗ってきたので、彼は図書館からスポーツ科学の本を借りてきて読んでいたのだった。

……別段、スポーツが好きなわけではないし、彼自身何かスポーツをしているわけでもない。たまたま、今週はスポーツ科学に気が向いた、というだけだ。


総一郎は、定期的にあるテーマを決めて本を借り、それを読むのが日課だった。

以前は機械工学や生命科学、さらには芸術やエンターテイメントなどのジャンルにも手を出したことがあった。

しかしそれでも世の中の知識というのは膨大で、まだ手を出せていない政治や経済のジャンルなどには、一体いつになったら辿り着くのか分からない。

別に図書館の本をコンプリートすることを目指しているわけではないが、ここまで来たら何とか達成したい……という気持ちも少なからずあるのが本音だった。それに、彼にとっては一回読むだけでことは足りる。

後、問題なのは、読む速度だけだ。

そこそこ読むスピードも速くはなってきているが、やはり専門書となると、まだ時間がかかってしまう。ただ見ればいい、というのではなく、それでも一応はきちんと理解しなければならない。


「あ、あれ……?まだ居たんだね」


そこへ、一人のクラスメイトが入ってきた。長谷川直哉という男子生徒だった。

彼とは特に仲が良いわけでもないが、何度かは話がことがある。……というより、彼にはこの学校に特別に仲の良い人物など、まだいなかった。


「ああ。……もう帰るところだけどな」


総一郎は、ヘッドホンを首にかけている直哉に対して、彼の方を見ることも無く、素っ気無く答える。

そして、立ち上がりメガネを掛け直すと、カバンを持って無言で教室を出て行こうとした。

そこへ、後ろから声が掛かる。


「何か、スポーツのトレーナーにでもなりたいの?」


軽いキャッチボールのように投げかけられた問いに対して、彼は一瞬何と答えていいか戸惑った。……さしてそんなつもりも無く読んでいた本なのだ。「特に意味は無い」などと答えて、通じるものなのだろうか。妙に勘繰られて、この話を掘り下げられるのも面倒なので、少しだけ逡巡した後、軽く振り返って答えた。


「いや、そこまで考えているわけじゃないが、ちょっと興味があってね」

「へえ……そうなんだ」

「ああ。……じゃあな」


直哉が入ってきた、教室の前の扉から廊下へと出る。

特に心配していたわけではなかったが、それ以上の追求は無かったようだ。

「うん、じゃあね」と聞こえた後ろからの声に、一瞬だけ総一郎には気になったことがあった。


……果たして、彼が入ってきた時には、まださっきの本をカバンの外に出していただろうか?

ということだった。

総一郎には、声が掛けられた時にはもう既に、カバンへ本を仕舞っていたことはすぐに思い出せたのだが、きっとその前から彼は教室に入ってきていたのだろう、と結論づけ、この時はまだ深く考えずに校舎を出たのだった。



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