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Lost Angels  作者: 安楽樹
26/27

26.黒幕

まだ辺りには、燃え残った炎の残骸が散らばり、ボロボロになった彼ら五人――即ち、茅・庸・光樹・総一郎・直哉以外に動く者はなかった。

庸はまだ目覚めていない。先程までのプラチナの輝きは失われ、今は普通のヒトの姿で静かに茅の膝の上で抱擁されていた。それを囲むように他の三人は佇み、そのうち光樹だけは体力が尽きたのか、地面に腰を下ろしていた。


パチパチパチ……


そこへ、乾いた音が、焼け野原となった屋上に響く。一斉に彼らが振り向くと、屋上への入り口から現れた人影は、両手を打ち合わせながら、彼らの前にゆっくりと歩いてきた。

眉を潜めながら、誰にともなく光樹が呟く。


「なんだこの黒幕の登場っぽい拍手の音は……」

「て、え!?こ、校長先生……?」


現れたのは、この国立LA第七国際高等学校の校長である『鈴神真之介』その人物だった。校長としてはやや若く、五十代になったばかりと聞いたような気がする。少し白髪が混ざったダンディーで気さくな人物として、一部の生徒には人気だったはずだ。だが勿論、彼らたち生徒は校長の名前など覚えていないため、ただ単に『校長先生』と呼んでいたわけだが。


「見事だ……実に見事だよ諸君。学校全体をも巻き込むこの事態を、知恵と勇気で解決する。それでこそ”天使”(アンジュール)だ」

「……は?」

「校長……知ってたってのか?」

「ま、まさか本当に校長先生が黒幕て……話?」


パッと見、にこやかに賞賛の声を上げながら彼らを讃える校長の姿を見て、ヒソヒソと小声で話し合う四人。……さっきまでのあの地獄のような光景を見ていたのなら、何故手助けしてくれなかったのか。その理由が考えられるとしたら、ただ一つ。それは……!


「おっとすまない。君たちには何のことだかさっぱり分からないだろうね。無理もない。我々はまだ弱小組織だ。紛れ込んだスパイ一人、自らの手では炙り出せないんだよ……なあ、そうだろう?安陪先生?」


一瞬、鈴神校長の眼光が鋭く光ると、背後の屋上入り口の方へと声を投げかけた。まだ事態について行けてない彼らが、唖然とした表情でそれを眺めていると、階下への階段へと続く闇の中から、さらに一人の人物がぬっと姿を表した。

そしてそれは、彼らたち五人がよく知る人物でもあった。


「え……っ、せ、先生!?」

「なんで……?」

「ふふ、ふ……やはり気付かれてしまいましたか……」

「まあ、ねぇ。流石にこれで気付かないようなら、私たちも終わりだろう?」

「い、一体……どういうこと?」


校長の声に釣られて彼らの前に姿を表したのは、彼らの担任の教師である、その人であった。HRの時の涼し気なジャケット姿のまま、ただしその姿勢は猫背で瞳の奥も黒く濁っている。凶器をも孕んだ視線は、声を掛けた校長……ではなく、その向こうの中心にいる『七峰茅』に対して向けられていた。


「七峰……かの魔女の家系、メディチ家の末裔よ……!貴様は……貴様だけは許しておくわけにはいかんのだよ……!」

「わ、私……!?」


怨嗟の篭った声で、担任安陪は呻く。その喉の奥から絞り出される声は、まるで地獄から這い上がってきた亡者のような執念をも思わせるような響きを含んでいた。だが、彼女にはそれが一体何なのかよく分からない。

同時に、担任の方を見ていた直哉が急に、ふらっと体勢を崩して膝を付いた。頭を手で押さえながら呟く。


「先生……何故かすごく七峰さんに対して敵意を持ってるみたい……。うぅっ、なんだこれ、気持ち悪い……」

「一つだけ聞かせてもらえないかな、安陪君。勤務態度も優秀で、生徒からの人望も厚く、そして何より……『今まで折角ずっと正体を隠していた密偵が、その姿を表した理由は何かね?』」


校長は安陪の方を横目で見ながら、油断なく身構えて尋ねる。それに対して安陪は、あまり興味が無さそうな反応を示した後、当然だとでも言うように吐き捨てた。


「決まっているでしょう……校長。始まったんですよ《天魔化》が。あの歌声が聞こえたでしょう?だからもう僕は我慢できなくなった……。戻ったら「部長」には怒られてしまうでしょうが……だって、昔から相場が決まっているでしょう?『東の【陰陽師】と西の【魔女】、そして南の【呪術師ブードゥー】は仲が悪い』とね?」

「東の【陰陽師】と西の【魔女】……?」

「なるほど……。これで全て合点がいったよ。ありがとう。それじゃあキミはもう……懲戒解雇クビだ」


ツィンッ……!


どこかから、聞き慣れないような金属音が聞こえた。かと思うと次の瞬間、安陪の額に風穴が空く。そしてそのまま、安陪は仰け反るようにして倒れていった。少し遅れて、彼らは安陪何かで撃たれたのだと気づく。


「い……いやっ!」


一瞬の出来事に、茅は叫び、他の面々は絶句する。いきなり目の前で担任だった教師が撃ちぬかれ、やはりまだ頭の回路が付いていけてない。ただ、予想していたはずの鮮血が飛び散ることはなかった。そして気が付いた時には、いつの間にか担任がいた場所には、ひらひらと一枚の紙切れが落ちているだけだった。


「……ふむ、式神か。逃げられたようだね。だがまあ、これでおそらく一安心だろう。君たち安心していいよ。……とは言っても、まださっぱり何のことだか分からないだろうがね?」


一連の出来事に、目の前の校長は眉一つ動かすこと無く、淡々と話を続けていた。


「一体……これは、何なんです?何が起こってるんです?」

「きっと君たちは、君たち自身のことについてはよく分かっているだろう。今回の一件で、互いのことについても少しは理解できたんじゃないかな?」


そう言うと、校長は彼らの一人ひとりの方をじっと見つめながら、朗々と詩を読むように語り始めた。


「七峰君、キミの【魔女】。古くから伝わる呪いと、動物共感。そしてまだ微小ながらの……《重力操作》。見事だったよ」


そう言われた茅の肩が、ビクッと震える。校長の視線は、その膝下にいる庸へと移った。


「まだ気が付いていないか、相模君の【銀狼フェンリル】。魔女とは通りで相性が良いわけだ。魔人系の力、狼男の《DNA変異》。まさかあの【鬼】をも凌ぐ力を持っていたとは……」


そのまま、視線だけを右にずらし、そこにいた光樹の方を注目する。


「東条君の力は……《自然操作》かな?何らかの言葉が発動条件になっているようだが、単一属性でない辺りが興味深いね。聖人系だろう」


眉をひそめる光樹には目もくれず、続いてその隣りにいた総一郎へと語りかけた。


「桐生君。キミの力はまだ詳しくは不明だが、何やら深い知性を感じるね。派手ではないが、この先が楽しみだよ」


総一郎の表情は動かない。だが、その頭脳の中には彼の言葉が一言一句違うこと無く記録された。最後に、直哉を見た校長は口元を少し歪める。


「長谷川君。キミの力も傍目には分かりづらいが、おそらく一般的には《精神感応テレパシー》と呼ばれるものじゃないかな?まだ使いこなせてはいないようだが」


目を見開く直哉と視線が合い、慌てて直哉は視線を逸らす。

そしてもう一度、校長はそこにいる全ての生徒たちをゆっくりと見回すと、何やら愉快そうに、口の奥だけで音も立てずに笑ったようだった。


『…………』


その姿に、あるものは疑問を感じ、あるものは不信感を抱き、けれども何か得体の知れない出来事に巻き込まれてしまったのだという漠然とした予感だけを身にまとい、彼らは皆、無言のまま複雑な表情で校長の姿を眺めていた……。


しばしの沈黙が過ぎた後、校長は改めて咳払いをして、まるで集会で全校生徒に対してスピーチをするかのように大仰に語り始めたのだった。


「私達は、とある目的を持って集まっている組織だ。そしてここは、そうした『因子』を持った子たちを見つけるための場所でもある。もちろん、普通の教育機関としての機能も果たしているがね」


突然大仰に語り始めた校長の言葉を、彼らはすんなりと受け入れることはできなかった。(……『組織』?『因子』?)眉根を寄せて、校長の声に耳を傾ける。


「本来なら、幾つかの課題を設定して、それらに適応する子を見つけるというのが手順なんだが、今回はこちらの落ち度で、少々イレギュラーが生じてしまったようだ」


コホン、と咳払いをする校長。その表情からすると、一応『申し訳ない』という感情を出そうとしているらしい。だが、どちらかと言うと彼らには『予想外の収穫だった……!』というように見えたのは気のせいだろうか?

何とも言えない表情で沈黙する彼らに、校長がポンと手を叩いて続ける。


「あ、そうそう。君たちの教室にあったアレね。魔方陣だったよ」

「アレ?」

「……そう。気づくのが遅れたので、結局後手に回って、結界を解くのに時間が掛かってしまったよ。その結界の中心となる起動術式が貼られていたのが、君たちのクラス。その『黒板』だった」


黒板、という言葉を身振りで表現する校長を見ながら、ほんの一時間ほど前の記憶を辿る五人。光樹を除く全員には、あの忌まわしい憎悪で満ちた黒い板が浮かんできた。


「黒板……!?」

「調べた結果、あの黒板一面に『特定対象への憎悪を増幅させる』呪文が秘められており、それを一部『魔法陣によって消す』ことで、異界化と式神化を同時に起動させる。そんな効果だったようだ」

「……え、え?言ってることがよく……?」

「……ん?あ、そうか。あの級長が結界を発動させたのかと思ってたけど、そっちじゃなかったんだ。通りで青木君からは魔力を感じなかったのね……」


急に何かを悟ったように語る茅を、意外な表情で見つめる男性陣。魔力、って……そんなファンタジーな……いや、でも既にそれを見てるしな……。

困惑する彼らの表情を見て、校長はホッホッとにこやかに好々爺のような笑顔を浮かべる。


「まだ急に理解しなくてもいいよ。今はとりあえず、あの結界に囚われないような因子を持った子がこれだけいた、ということが喜ばしい。……さあ、戻ろうじゃないか。君たちの治療もしなければ」


愉快そうに語るだけ語ると、校長は校舎の中へと戻っていく。……一体、この一連の出来事の収拾をどう付けるつもりなんだろうか……?そんな疑問を持ちながら顔を見合わせる彼ら。いまいち納得行かない表情のまま、校長の後をついて行こうとする。


「一体、なんなんだか……?」

「表面しか聞こえないけど、ウソは言ってないようですね」

「ホントに治療してもらえるんだろうな……?」


ブツブツと呟いていると、彼らの耳に慣れ親しんだ声が聞こえてきた。


「あら、疑ってるの?東条君?」

「あ!え?先生……!?」


校舎の入り口の影からスッと現れたのは、生徒たち全員がお馴染みの、保健室の女王こと、保険医の桜井由香里だった。こんな凄惨なことが起こったのにも関わらず、平然とした顔で腕を組んだまま佇んでいる。

唯一違ったのは、いつもあの保健室の中で見せるようなだらしない仕草ではなく、そんな雰囲気など微塵も感じさせない、キリッとした凛々しい佇まいだったということだ。彼ら……の中でも、特に光樹が唖然とした表情で口を半開きにしていた。

その顔を見て、可笑しそうにクスッと由香里は笑う。


「フフッ。詳しい話は後。ここのことは校長先生に任せて、君たちは早く保健室に来なさい?」

「こ、この不良教師……」


光樹には、そう言い返すのがやっとだった。

すれ違いざまに肩を馴れ馴れしく抱きながら、由香里は彼の耳元にそっと囁く。


「最近の公務員は、兼業も認められてきてるのよ?知らなかった?」


そんなの初耳だ、と光樹は思った。


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