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Lost Angels  作者: 安楽樹
15/27

15.鬼ごっこの始まり

「すぐドアを閉めろ。……多少だが、時間を稼ぐぞ」


保健室脇の外への扉から最後に出てきた保健室の男――東條光樹に向かって、眼鏡の保健委員――桐生総一郎は声を掛ける。

その言葉を聞いた光樹がドアを閉めるのと同時に、総一郎はドアのすぐ外に設置してあった、掃除道具入れのロッカーをドアの前に倒した。ガッシャーン!!!……と騒々しい音が響く。


「クラスのあの人数で囲まれたら、逃げ場が無くなる。……何とか分散させないとな」

「……」

「おいちょっとは事情も聞かせろよな」

「後で落ち着いたらな。走りながら話すから、お前も考えろ」


男子二人のやり取りを聞いていた茅は、何と言っていいか分からず黙っていた。

おそらく、さっき教室で起きていた異変に何らかの関わりがあるのだろうと思ったが、それをうまく説明できる自信が無い。……それに、自分がイジメの標的になっているかもしれない……などとは、何故か光樹に知られることを躊躇う気持ちがあった。


「……分かった。とにかく、時間を稼げばいいんだな?」

「ああ。……向こうの体育館の前に、用具室がある。確か今なら……鍵が掛かっている可能性は低い。あれを使うか」

「そんなことよく知ってんな」

「まあ……ちょっとな。おい七峰、お前は向こうの校舎の外のドアを開けて来い。こっちから見えるぐらい大きく、だ」

「え?え……うん。分かった」

「急げよ」


総一郎は手早く指示を出すと、二十メートルほど先に行った所にある体育用具室へ向かった。だが、光樹が後ろから付いてこないのに気付くと、振り返って呼びかける。


「何やってる、行くぞ!」

「まあちょっと待てよ。すぐに終わる」

「お前、何を……?」


振り向いた総一郎が見たのは、今閉めたドアの前にしゃがみ込む光樹の姿だった。そして、地面に右手を当てたまま、何やらブツブツと呟いている。まるで、アリに話しかけているような危ない姿と言ってもいい。総一郎は、うずくまったままの光樹に苛立ち、再び声を掛けた。


「おい、早くし……!?」


そこまで言った時、総一郎はその目で確かに、異変が起こるのを見た。

光樹が地面に当てていた右手の下が、ボコボコとせり上がり、モルタルで固めてあった地面が割れ始めたのだ。

まるでその下からモグラでも出てくるかのように、渡り廊下は数センチほど盛り上がり、それを確認すると、光樹は満足気に手をかざすのを止めて立ち上がった。


「待たせたな。行こうぜ」

「な……何をした?」

「ちょっとしたおまじないだよ。さ、早く」


そう言って光樹が先へ向かったので、総一郎も仕方なくそれに従った。……光樹がおまじないと言って破壊した地面は数センチほどもせり上がり、外開きのドアの開閉を邪魔している。よほどの力を持ったものが開けない限り、開きそうになかった。

……そして実際、そのしばらく後に追いついてきたクラスの生徒たちは、このドアを開けることができずに、昇降口まで戻って大きく迂回することになったのだった。


「……ふむ。急だった割りには、なかなか頭が回るようじゃないか」


迂回して校舎の外に出てきた級長青木と、そのクラスメイトたちが見た光景は、渡り廊下の先、体育館へ続く道中に散乱した数々のボールと体育用具、そして開きっぱなしの扉だけだった。そこには他に人影はない。

それらを見渡しながら、青木はしばらく考える。


「足音も聞こえない、か……足跡も無い。考えられるルートは三つ。このまま体育館方面へ向かったか、北の校舎へ向かったか。それとも、開いているドアはどちらも陽動で、裏の林の方へ回ったか……」


青木が悩んでいる通り、ここから近い体育館と北側の校舎のどちらの扉も開きっぱなしになっていた。そして、体育館の裏には学校の敷地である小さな林と遊歩道が広がっている。

現在の状況からは、逃亡者である三人組が一体どこへ向かったかは推測できなかった。


「……仕方ない。三手に分かれようかね」


青木の独り言に答える者は誰もなく、生徒たちは速やかに無言のまま、三グループに分かれて捜索を再開するのだった。




***




「……み君、相模君!大丈夫!?」


庸が彼を呼ぶ声に気付いて目を醒ましたのは、柔道部の田口に投げ飛ばされてから、数分後の出来事だった。

うっすらと目を開けると、その前にはヘッドホンを首に掛けた長谷川直哉が彼の肩を揺すっている。

頭を揺らされて首を起こすと、さっき投げ飛ばされた時にぶつけたらしく、左肩が少し痛んだ。

庸は左肩をさすりながら、身を起こす。


「……くそ、男かよ……」

「げ、元気みたいだね……」


あれだけの被害を受けながらも、男に起こされることは気に入らなかったらしい。庸の第一声を聞いて、直哉は少し苦笑いを浮かべたが、すぐに真剣な表情へと戻った。庸も周囲を見回すと、教室から誰もいなくなっていることが分かる。

少し遠くから、何人もの足音が聞こえているのを見たところ、さっきからそれほど時間は経っていないようだった。直哉が庸に手を貸すと、二人は立ち上がる。


「みんな、外に出て行ったみたい。多分、七峯さんを……」

「いいから早く後を追おう。茅ちゃんが心配だ」


未だ、何が起こっているのかは全く分からない。だが、さっきの異常事態において、茅の身に危険が迫っていることは明白だった。庸が考えたことは、『原因なんてどうでもいいから、とにかく茅を守ること』、それだけだ。さっき、一緒に付いて行けば……と、少しだけ後悔する。

隣にいる直哉も、何故彼だけ正常な状態なのかは分からなかったが、こんな状況であれば、少しでもまともな人間がいてくれるのはありがたい。とにかく今は、茅の身の安全を確認することが最優先……。


ガララッ!


教室を出ようとした二人の前に、逆に扉が開いて一人の人物が中に入ってきた。

ついさっきまで、見覚えがあった人物。

ついさっき、彼を人間離れした力で投げ飛ばしたその人物は……。


「……田口」

「田口君」

「……」


再び庸の前に現れた柔道部の田口は、虚ろな表情のまま、ゆっくりとこちらへ近づいてきていた。二人の呼びかけにも答えることはなく、小さく口元で何かを呟いている。


「……魔女を……魔女を死刑に……」

「田口てめえ……っ!」


虚ろな田口は、彼らの少し前で足を止めると、柔道の試合の時のような構えを取った。両手を少し広げたまま前に出し、足は肩幅よりも少し広く取る。少し腰を落とすと、彼らを挑発するかのように少し首を傾げた。田口をじっと見ていた直哉が庸に語りかける。


「……やっぱりダメだ。≪喧騒ノイズ≫が無くなってる。多分、洗脳みたいな状態だと思う」

「ノイズ……?お前、さっきから何を……?」


疑問を返す庸に、直哉は返事をしない。その表情を見る限り、何と言っていいものか答えに窮しているようだった。なので、その様子を見た庸はすぐに思考を切り替える。……今、重要なのはそこじゃない。

そして、代わりにこちらに向かって構えている田口に向かって口を開いた。


「分かった。答えにくいなら無理には聞かねーよ。今は茅ちゃんの方が心配だ。……おい田口、俺を怒らせたらどうなるか分かってんだろーな?」

「魔女……」


庸の言葉にも、田口は反応した様子がない。代わりに、直哉は少し安堵した表情だった。

代わりに、今度は庸に心配そうに声を掛ける。


「大丈夫?相模君。さっきの彼、凄い力で……」

「あー?ああ。あんくらいなら問題ねー。さっきはちょっと油断しただけだ。いいな、田口?今更謝っても遅いからな……」


直哉は、自信過剰にそういう庸に疑問を感じていたが、本人がそこまで言うのなら、それ以上言えることは無い。それに、さっきのあの力を見る限りでは、自分にはどう対処することもできなさそうだった。

……と、そんなことを考えている間に、庸はとっとと田口へ掴みかかっていく所だった。もうこうなったら、応援するしかない。


(……頑張れ!相模君!)


フォッ……ゴシャッ!


秒殺。直哉の応援も虚しく、そう心に思った一秒後に、彼は投げられていた。

先ほどと同じように、掴みかかってきた庸の手を払いのけ、その襟首を持つと懐に入り込みながら反転、そのまま腰を沈めて上体を丸める。……所謂、背負い投げ、という奴だ。

そしてまんまとそれに絡め取られた庸は、進行方向の地面に仰向けに叩き付けられ、その勢いも相まって床が少し傾ぐぐらいの衝撃で地面に投げ落とされた。

……いや、実際一部の木造の床が破壊されている。さっきの力もそうだったが、これは……普通の人間の力ではない。


「さっ……相模君!」


思わず直哉は声を挙げた。

見ると、田口は庸を投げただけでは飽き足らず、そのままマウントポジションになると、襟ごと彼の首を締め上げ始めた。……これはもう、柔道でも何でもなく、ただの暴力だ。

焦って直哉は、田口の後ろに回り、彼を引き剥がそうとしがみついた。が、元々文系である彼の力では、体格も良く頑丈な田口の体はビクともしない。それに、さっきの力を見ている限り、普通の力では……。


「……田口。柔道の試合では、いつもお前が勝ってたけどな。そりゃ試合の枠の中だったからだぜ……?」


何故か直哉が心配していた庸の声が、下から普通に聞こえてくる。あれだけ力一杯首を絞められているというのに、まるで余裕の雰囲気だ。

直哉が田口の肩越しに下を見ると、彼の腕を掴んだ庸が、実際余裕の表情で彼に向かって語りかけていた。


「試合以外で俺に勝とうなんざ、千年早えってんだよ……!!!」

「う……ああああっ!!!」


初めて、田口が感情の篭った声を挙げた。その苦悶の叫びは、彼の両腕から来るもののようだ。

と同時に、直哉の体にも異変が起きた。何だか次第に……宙に浮いている!?

すぐにその異変の原因が分かった。

下を見ると、庸が仰向けになったまま、田口の腕を掴んでいる。そして、そのままの状態で彼を持ち上げていたのだ……!しかも、直哉ごと。


「お、お、お、おおお……っ!!!」


庸が両腕に力を入れ、歯を食いしばるたびに、少しずつ田口の体は浮かんでいく。……慌てて直哉は彼の体から離れた。

すると、多少軽くなったせいか、持ち上げる勢いは増し、庸は身を起こしつつあった。

腕を捻り上げられながら持ち上げられる田口には激痛が走るらしく、さっきから呻きつつ、下半身のみで暴れている。庸の体を両足で何度も蹴飛ばしているが、全く効いていないようだった。

……とうとう、庸は田口の体を頭上に持ち上げたまま、仰向けの状態から立ち上がった。


「悪いな。お前はおかしくなってるんだとは思うが、男には手加減できない性質だ。……さっきの恨みもあるしな。おらよっ!」


庸は少し弾みを付けると、持ち上げた田口の体を投げ飛ばす。バスケットボールか何かのように、田口は簡単に飛んでいった。そして、背中から廊下の窓枠へと叩き付けられ、周囲に派手な音が響き渡る。


ガッシャアアアアアンンン!!!


思わず直哉は、ビクッと目を閉じ、身を竦ませる。……恐る恐る開けてみると、廊下にまで飛ばされた田口は、気を失ったのかそのまま動かなくなっていた。

そこへ、手をパンパンと払いながら、庸が近づいてくる。


「おし、一人片付いたなっ」

「……相模君、君は一体……?」

「俺もお前に追及しなかっただろ?お互い様だよ。……それより、急ごうぜ」


駆け出す庸の後を追い、直哉も廊下に出る。そして動かなくなった田口の体を飛び越えると、二人は保健室の方向へと走り出したのだった。


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