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Lost Angels  作者: 安楽樹
12/27

12.魔女裁判

それから数日。

昼の時間になると、茅は続けてあの場所に行ってみた。すると、彼はいつもその場所に座っていた。

しかし、何となく話しかけづらい雰囲気だったのと共に、茅が来ると彼は必ず入れ替わりにその場を立ち去ってしまうため、会話することは無かった。

ただ、彼がいつも去り際にかけてくる一言を聞くと、何となく茅は心が休まるのを感じて、幾度か校庭が見渡せる木の根元へと通った。


一方で、数日間続いた原因不明の事故の数々は、教師たちが原因などを突き止めようと、数人から聞き込みをしていたようだった。しかし、案の定その犯人や原因などは見つかることもなく、数日が過ぎた頃、彼らはその多忙さを理由にして追求を止めた。

原因はうやむやに『球技遊びのミス』などということに落ち着き、「今後は気をつけるように」と一通りの注意を生徒たちに促した所で事態は収拾することとなった。


そうしてしばらくが経ったある日のこと。

たまたま校門付近で会った、茅と庸、そして直哉が揃って教室へと向かい、例によって茅が迷惑そうな顔をしながら室内に入ってくると。……教室の前方には、人だかりができていた。


旧来の伝統を守り、未だに黒板を使用しているこの学校では、当然ながら昔ながらの深緑色の黒板の下部に、小さな棚が設けられ、そこに各種の色のチョークが並べられていた。もちろん、黒板消しというアイテムも一緒にだ。

だが人だかりになっていた彼らが注目していたのは、そこではなく、深緑色の壁一面に広がっていた『とあるアート』だった。



『Who are Witch?』



……そこには、そんな文字と共に、黒板一面に負の言葉が書き殴られていた。

白・赤・青・黄色……色とりどりのチョークを使い、ありとあらゆる罵詈雑言が描かれている。『魔女』『不吉』『呪われろ』『死ね』『帰れ』『迷惑』……など、負の感情をむき出しにしたような言葉ばかりが羅列され、中には記述することも憚られるような単語も存在していた。

一瞬、その憎悪に加えて、目にとってショッキングなカラーバリエーションを使って描かれた黒板一面のポートフォリオは、見た者の頭に衝撃を与えるほどのインパクトを持っていた。


思わず茅は眩暈を感じ、頭を抑えながら机に手を付く。そしてそれを見た庸が、慌てて彼女の体を支えた。

……さすがにそれを振り払う元気は無かったようだ。

隣にいた直哉も、眉根を寄せて顔をしかめた後、そっと首に掛けていたヘッドホンを耳に当てた。


「おい……何だよこれ!」


思わず、庸は声を荒げた。

それは誰に対してというわけでもなかったが、その場にいた誰かに対してでもあった。その声に反応し、集まっていた生徒たちが皆揃って彼らの方を振り向く。……その視線の先は、茅の方を向いていた。

正確には、彼女の名前が挙がっていたわけではない。

びっしりと埋め尽くされた黒板の文字のどこにも、固有名詞が特定できるようなものは無かった。だが、そこに書いてある『魔女』を表す単語から連想される人物と言えば、……この教室には、ただ一人しか存在していなかった。


振り返った全員が無言のまま、白い目で茅の方を見ている。

茅は、依然として眩暈と頭痛が治まらず、机に手を付いて俯いたままだ。直哉がその肩にそっと手を添えている。

自分の問いかけに対して、誰も何も答えない状況に苛立ち、庸はさらに叫んだ。


「いたずらの域を超えてるだろ、これは!……誰がやったんだよ!ぶん殴ってやる!」


いきり立つ庸の姿を見ながらも、誰も何も言わない。……暗にそれは、『ここにいる誰でもないし、そんなものは分からない』と全員が主張しているかのようだった。

庸は一人一人の目を見回してみたが、明らかに挙動不審な人物は見つけられなかった。何人か気弱そうな人物が、庸のあまりの剣幕に怯えて目を逸らしたぐらいで、それ以上のことは何も分からない。

当然ながらおそらく、このようなことをしでかす人物なのだから、はいそうです、と自分から名乗り出るようなことはあるまい。

……集団におけるあまりの暴力性と、自分の無力さに歯噛みして、庸は思わず手近にあった机を殴りつけた。


バキッ!!!


1cm以上はある合板の机の天板が、派手な音を立ててひび割れた。

……常人であれば、かなりの膂力が必要であろう。だが、彼にとっては軽々とした動作に過ぎなかった。

その様子を見て、数人が青ざめ、人だかりから離れて各々の席へと戻っていく。

ちょうどそんな時、教室の前の扉が開いて、二人の人物が室内へと入ってきた。


「おい、何みんな集まってるんだ!早く席に着け」


……このクラスの担任である安陪と、級長である青木だった。

二人は、黒板に描かれている異常な模様を見ても動じることなく、身振りで生徒たちを席に着かせるように促す。そのあまりに日常的な様子に、一瞬だけ教室内は普段の雰囲気へと戻った。


「誰だこんなに落書きしたのは~?ったく、書く隙間も無いじゃないか」


同様に、安陪がのんびりとした口調で呟きながら、黒板消しで落書きを消し始める。

だが黒板一面に描かれているその規模に途中で気が萎えたのか、中途半端にだけ消して後は諦めたようだった。

振り返ると、生徒たちに告ぐ。


「ん?……≪喧騒ノイズ≫が、消えた……?」

「日直、後でちゃんと消しとけよ。それじゃあホームルーム始めるぞ」


その頃には、もう既に教室は日常へと戻り、全ての生徒たちが自らの席へと着席していた。

頭からヘッドホンを外した直哉も、同じように席へ着く。そして彼だけが気付いた違和感を感じ、思わず誰にも聞こえないように呟くのだった。


そうしてこの異常な朝は過ぎ、またいつもの一日が始まると誰もが思っていた。……この数分後までは。

庸も、未だ気分は収まらなかったが、それよりも口元を押さえたままうずくまっている茅のことの方が気掛かりだった。しゃがみ込んでいる茅に優しく声を掛ける。


「大丈夫?……茅ちゃん」

「……すいません、先生。ちょっと気分が悪くて……」

「お、どうした七峰?大丈夫か?」


茅は小さく手を挙げながらそう言うと、庸の手をどけ、足早に教室を出て行った。

心配そうに後を追おうとした庸を、安陪の言葉が引き止める。


「相模、お前はいい。えーと、保健委員……ちょっと一緒についていってやれ」

「……はい」

「ついでにアイツもいるだろうから連れて帰ってこい。……たまには授業出ろってな」

「……」


その無言は肯定なのか否定なのか分からなかったが、とりあえず一人の生徒が席を立つ。……代わりに、安陪の言葉に渋々といった様子で、庸は自分の席へ戻った。

茅のことも気になっていたが、今の彼にはもっと気になることがあった。そして、この後のHRで彼はそれを追及してみようと、心を決めたのだった。

安陪の言葉に促され、庸と入れ替わりにガラガラと音を立てて扉を開けて出て行ったのは、彼が普段ほとんど話したことの無い、桐生という男子生徒だった。庸はその姿をチラリと横目で確認する。

……確かもう一人、女子の保健委員がいたはずなのだが、何故かその人物は一緒ではないようだ。

庸がその事を気にするよりも早く、事態は次の展開を迎えようとしていたのだった。


「……え~と、ちょうど良かった。今日は級長から提案があるんだったな」

「はい。そうです」




***




「結界……?」

「因子が動き出したようです」


とある小さな部屋の一室。

扉の前には『校長室』の文字がある。

その中で、初老の男ともう一人の人物が会話をしている。その姿は……暗くてよく見えない。

ただ、二人とも窓の外を見ながら、何かを感じ取っていることだけは確かなようだった。

どちらともなく、低い声で呟く。


「いよいよ、≪天使≫と≪悪魔≫の戦いの始まりですかな……」




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