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Lost Angels  作者: 安楽樹
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11.ランチタイム

茅は次の日、学校を休もうかと思っていた。

誰にも見せたくなかった自分の一面を、僅かにでも誰かに見られてしまい、それがましてやあのいつも付きまとってくる変なクラスメイトの男だったため、どんな顔をして会えばいいか分からなかったからだ。


どうせまたあの男は、何の悪気もない素振りをして自分に話しかけてくるに違いない。こちらがどんな気持ちでいるのかなど全く気にせず、まるで何も無かったかのように世間話を始めるのだ……。


そんなことを考えていると気が重くなるばかりだったが、かといってそれで学校を休むというのも気が引ける。

こんなことではいつまで経っても気兼ねなく登校できる気もしないし、何となく何かに負けたような気もする。何より、自分はそんな選択ができるような立場ではない。


なのでしばらく考えた結果、やっぱりいつも通りに登校することに決めた。

……めんどくさい奴が現れたら、いつも通りに無視していればいい。昨日みたいに、気まぐれにでも相手にしたことが悪かったんだ。そう固く心に誓うと、普段通りに登校することにした。


登校時には、いつものように彼女を知るクラスメイトたちは、彼女のことを避けて歩いた。

挨拶をするでもなく、少し遠回りに歩きながら、何事も無かったかのように友人たちと世間話を繰り広げている。しかし、時折見せる一瞬の視線で、彼や彼女たちが茅のことを意識しているということはすぐに分かった。


茅は、いつも通りにそんな彼らのことをまるで存在していないかのように無視して通り過ぎる。

挨拶でもされれば、それを返すぐらいの気分は持ち合わせているのだが、あからさまに無視されているというのに、こちらから挨拶をするほどのお人好しさを、彼女は持ち合わせてはいなかった。


警戒していたにも関わらず、生憎いつもの馴れ馴れしい挨拶と共に近寄ってくる男は、何故か今日は現れなかったようだ。

それに少し、残念なようなホッとしたような気持ちが浮かんでくるのを振り払うと、茅は少し歩みを速めて教室へと向かった。


その男が教室に現れたのは、午前の授業が終わりそうな頃だった。

それがまるで何でもないことのように、ふああ……と大きく欠伸をしながら教室に入ってくる。……どうやら気付いたのだが、彼もまた、クラスにほとんど友人がいないようだった。


しかしそれは、彼女と同じように周囲から避けられているというのではなく、「そんなもの不要」とでも言いたげに、全く無関心といっても良かった。

数少ない友人たちから、「よう」などと声を掛けられても、特に反応するでもなく「おお」とか返すぐらいで、全然会話に加わろうという意思が感じられない。

とそこで、席に向かって歩いてくる庸と目が合いそうになり、思わず茅は目を逸らして俯く。


「おはよー、茅ちゃん」

「……」


やっぱり例によって無邪気に声を掛けてくる庸に、茅は全力を持ってだんまりを通した。……意外にも、それ以上の追求はなく、彼は黙って自分の席に着いたようだ。

ホッとして茅が顔を上げると、そこに別の人物が立っているのに気付いた。


「七峯さん、良かったら一緒にお昼食べない?」


そこにいたのは、昨日あの公園に現れた、確か……長谷川直哉という人物だ。

昨日、去り際に急に変なことを言ってきたので、茅は少し気になって記憶を辿ってみたのだが、この長谷川……という男に関する情報はほとんど無いと言ってもよかった。それぐらい、クラスの中では目立つ人物ではなかったし、印象も薄い。唯一あるとすれば……よく、ヘッドホンを身に付けていることぐらいだ。


それ以外は、これと言って特徴もなく、何かに秀でているような感じもない、どこにでもいる普通の高校生だった。

そんな男が、一体どうして……?と気になり、訝しんで返事を答えあぐねていると、急に隣の人物がガバッと起き上がるのが見えた。


「長谷川、それはナイスアイデアだ。よし、俺も一緒に食べるぞ。そしてお前の昼飯を俺によこせ」

「うわっどうしたの急に!?……ま、まあ別にいいけど……」

「よしっ、それじゃ決まりだ。いいよね茅ちゃん?」


突然起き上がった庸は、満面の笑みでこちらに向けて微笑んでくる。

……庸が参加するにせよしないにせよ、やんわりと断ろうと思っていた茅だったのだが、その妙に苛立つ笑顔を見て、一気に彼女の中の反抗期メーターが急上昇してきた。


「嫌」


取り付くシマもなく、たった一言だけそう告げると、彼女は席を立って教室を出て行く。

周りでは、友人たちと思い思いに席を移動し、連結して食事をするクラスメイトたちの楽しそうに談笑する姿が目に入った。

残された二人は、どちらとも無くお互いに顔を見合すと、溜め息を吐く。そして、庸が少し不機嫌に直哉の足を軽く蹴っ飛ばすのだった。


「イテッ!なんで僕が……」

「うるせえ」




***




教室を出たからといって、茅には行くアテなど無かった。

いつもは、黙々と一人お昼を食べた後に、本でも読んでいるのだが、今日は急に出てきてしまったため、携帯PCは持っていない。仕方なく、弁当箱を片手に校舎の外を眺めながら歩いていく。

……すると、何だか心地良さそうな木陰があるスペースが目に入った。


今まで知らなかったスペースに、人目で心を奪われた茅は、その根元の辺りに座って弁当でも食べようかと近づいていく。雫型の小さな葉がたくさん付いた落葉広葉樹は、ちょうど良い加減に日差しを遮り、程よい日光と涼しげなそよ風を作り出してくれている。


ここなら文句無く、食事も読書もできそうな感じだ。

……久々に気分が上向きになるのを感じながら、茅は校庭が見える方角の株元に腰を下ろそうとした時だった。


「きゃっ!」

「……おっ……と!」


茅から死角になっていて気付かなかったが、既に先にそこに座っていた人間がいたらしい。

そしてその男子学生が急に立ち上がったため、茅とぶつかりそうになり、茅は驚いて小さく悲鳴を挙げた。

その茅に驚いて、持っていたコップの水を零してしまう学生。

思わず、「ごめんなさい!」……と茅が言おうとした時。


「あ、ごめん大丈夫だった?」


彼は、零れた水が自分の袖にかかったのも気にせず、茅が大丈夫かどうかを聞いてきたのだった。

それが茅にとっては予想外で、思わず黙ったまま「こくん」と頷くことしかできない。

と同時に、目の前にいる学生がつい先ほどまで全く気配を感じさせずに、まるで『木と一体化しているような』ほどの自然な存在感を持っているということにも気付いた。

そんな幾つかの考えが頭を巡った結果、彼女の言葉が形になるよりも早く、男子学生は茅に一声掛けながら、校舎の中へと入っていく所だった。


「そこ、あんまり人来なくていい場所だから。オススメだよ」


緊張が解け、株元へ放心状態で座り込む茅が、目だけで学生を追っていると、彼がそのまま保健室の方へと歩いていく後ろ姿だけが目に入った。


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