いつか、記録(いし)になるまで
38億年前
ようやく安定してきた海の底
熱水を吹き出すチムニーの傍らで 私は生まれた
細胞膜で海と自分を隔る事で 私は私になる
25億年前
私は光を食べる事を覚える
その過程で吐き出した酸素が
それまでの私達を虐殺したが 私はもう戻れない
20億年前
核やミトコンドリアを手に入れ 私は海を内包した
海は酸化鉄で赤く染まり
海底は 錆の層を重ねていく
5億4千万年前
今までのゆっくりとした変化と違い
私は動物や植物として無数の姿をとる
澄んだ海は私の戦場となった
4億8千万年前
何度となく滅びかけた私は その度に多くの傷を抱え
屍の上に立つ数多くの種類になった
波打ち際に生えていた私は 海から陸地へとその住処を広めていった
4億4千万年前
何処までもシダ植物が生い茂り
節ある私の多脚は砂を踏みしめる
私達を滅ぼすのは いつも私だった
4億1千万年前
浅瀬を這っていた私は 陸地へと上がる
水を脱ぎ捨て 脚を踏み出し 水溜りを跨ぎ
敵がまだいない陸地を目指す
3億4千万年前
溢れる酸素に酔いしれながら
私達は競い合うように枝を伸ばす
暖かい朝霧の中 巨大な虫たちが羽を震わせている
2億9千万年前
海も陸も 豊かな私達で満ちている
私は鱗で着飾り この地上を闊歩する
もう海に戻る事は無い
2億5千万年前
大絶滅を生き延び 私の手は翼となった
歩くのも飛ぶのも それほど上手くはなかったが
落下の恐怖と引き換えに 私は空へと踏み出した
1億5千万年前
私の巨躯が森を騒がせ大地を揺らす
その足元で私は まだ名もなき小さな獣として
恐怖と泥にまみれていた
1億年前
世界は 新しい色で溢れかえる
私は花を咲かせ 色と香りで昆虫達を魅惑する
空は青に青を重ね 世界は 熱気に満ちている
6600万年前 あの日
長い長い冬を引き連れて
太陽が落ちてきた
私達の大半が 冬に捕まり動かなくなった
6000万年前
かつての私達の影を追うように
私は暖かい血を流しながら焼け跡を歩み続ける
肺を抱えたまま 海に戻る私もいた
2300万年前
陸地は徐々に乾いていく
割れた大陸達が再びぶつかり合い 高い山脈がそびえ始める
新たにできた逃げ場のない草原で 私達は互いを楯に生き延びる
700万年前
私は 木から降りる事を選択する
そして 重力に抗い 2本足で直立する事を知る
私は高い視界と自由な両手を得た
240万年前
冬がやって来た 長い長い冬だ
私は狩りのため 石と石を打ち合わせて道具を作る
そして私は暗闇の中 唄うことを知る
12000年前
私達は同じ人類である私達と戦う
水や縄張りを争って
得るものはあるが これは狩りではない
10000年前
長い冬が終わり ようやく風が和らぐ
私は ひと時槍を置き 土を耕し 文字を刻み始めた
これで 私以外の誰かも 私の想いを引き継ぐ事が出来る
2026年4月7日
今 私達は金属の殻を纏い 月の裏側を通過している
これから地球の大気に突入し 海に着水する
懐かしい海の匂い 宇宙は海の底と同じぐらい遠い道のりだった
いつかの未来 暦はもう意味をなさない
私はマリンスノーとなって海に沈んでいく
途中 多くの私達に食べられ また排泄されて 100日以上の旅を経て
私はようやく 海底の静寂に触れる
いつか 石化し 地層の一部として記録されるまで




