交易の街 ワインヒル
観光兼買い物を終えてギルド職員用宿泊室へ戻った頃には、外もすっかり夜の様相になっていた。
外では昼間は忙しそうな馬車の走る音が中心だったが、今では酔っ払いたちの喧騒に街が包まれている。
仕事が終われば、どいつもこいつも飲んだくれ。それがここ、ワインヒルって街だ。なんとまぁ、教育に悪い街だろうな。
俺はその楽しそうな音とあちこちから聞こえるグラスがぶつかる音を聞きながら、部屋の鍵を閉め、念のため窓のカーテンまで引いた。
そして『ディバインシフター』を解除。栗色の髪の女、セラ・ノクティスから、いつもの男のセイル・ノクティスへと戻る。
「ようやく落ち着けるぜ」
「私はどっちでも見慣れてるけどね」
「僕も最近、慣れて来ました」
それはそれで複雑な気分だ。リリアはともかく、カイにそう言われるとな。とは言え、『ディバインシフター』をそういう風に使っているのは俺なわけで、文句の言いようがない。
「ワインヒルはどうでしたか?」
「楽しかったです。なんだか、皆楽しそうな街です」
皆楽しそう、か。昼間から飲んだくれてる連中と、夜の一杯のために働いている連中をそんな爽やかに表現されるとなんだかちょっと笑えて来るな。
それは無表情が定番のミリアさんでも変わらない様子で口元を抑えながら、笑っているのが見える。
これから夕飯なんだが、ミリアさんも一緒に取ることになった。ギルドの厨房から適当に料理を運んでもらい、部屋のテーブルへ並べる。
煮込んだ肉。パン。チーズ。ピクルス。まぁ、よくある料理って感じだな。
「ミリアも来ればよかったのに」
「仕事ですから。それに、こうして食事を一緒に出来るだけで私は十分ですよ」
「欲が無いわねぇ」
観光について来なかったミリアにリリアがアレコレ言うが、意見は変わらず。
欲が無いと言われれば確かにそうだな。
酒が美味いところは飯が美味い、なんて話も聞くだけあってワインヒルは食べ物屋が多い。
俺たちもちょくちょく買い食いしたしな。おかげで今日の夕飯は少なめだ。
「じゃあ、そんな欲のない2人のために。じゃーん!!」
リリアが妙に嬉しそうに取り出したのは、一本のワインだった。
お前、いつ買ったよ。ワイン蔵とかには寄ってないんだが? しかも絶対自分が飲みたいだけだ。
俺達をダシにして飲む理由を作るな。
「セイルがカイ君と葡萄飴見てた時」
「一瞬の出来事じゃねぇか」
時間で見たら数分だろ。そんな短い時間で買ってくんな。どんだけ飲みたかったんだよ。だったら1人で飲み屋に行ってくれば良かっただろうに。
「ワインヒルに来たのに飲まないなんてワインヒルに失礼よ」
どういう理屈だよ。知らねぇよ。
頭を抱える俺に笑っているリリア。なんだかんだでこの状況を楽しそうに眺めているミリアさんと、よく状況を分かっていないカイ。
だいぶカオス寄りだ。ホントにコイツ、少し前まで『ブルーリオン騎士団』と対面して肝を冷やしてたってのを忘れてんじゃねぇか?
そんな俺の様子をよそにリリアは三つのグラスを並べる。カイの前には昼間に買った葡萄ジュース。
「何より、皆で飲んだ方が楽しいわ」
それっぽく良い感じに言いやがって……。
「俺は飲まねぇぞ」
「えぇ?」
ここまでお膳立てして飲まないの? という反応をされるが、飲まんもんは飲まん。
酒が嫌いなわけじゃないし、飲んで騒ぐのは探索者らしく好きな方だ。
だが、カイがいる間は飲まないって決めてんだ。首を突っ込んだ以上、酒に飲まれてやらかしましたなんて笑えない冗談でしかないからな。
排除できる不安は排除するべき。そうだろ?




