そんなに悪い奴じゃないよ
あれは魔法使いにだけ聞こえるようにされたメッセージだった……と思う。なにしろ僕は僕以外の魔法使いは皇帝とその部下しか知らない。
彼らにしても直接の知り合いでもなんでもない。身近に魔法使いがいないから、あれが本当に魔法使いにしか聞こえない、魔法使いになら聞こえるものだったのか、それとも僕の幻聴だったのか確かめようがない。
これまでの日常生活で幻聴に悩まされたことはないから、あれは本当に聞こえた第三者の声だという前提で考えれば、あのメッセージの主は魔法使いと連絡を取りたかったことになる。
それは、誰か特定の魔法使いだったのかもしれない。そもそも魔法使いなんて数が少ないから、赤の他人である僕に聞かれるというのは想定外だった、とも考えられるが不特定多数の未登録或いは野良と呼ばれる魔法使い、僕のように魔法使いでありながらその存在を隠している者に呼びかけたのかもしれない。
後者だったとして目的はなにか?
魔法使いを集めたいのは分かる。それじゃ、なんのために?
魔法使いの公募なら、あんな真似をしなくても普通に広告を出せばいい。実際、魔法使いは常に募集している。
なら、そうして表立って募集しないのだろか?
レジスタンス、反皇帝派
皇帝は凄い魔法使いだけれど、全知全能ってわけじゃない。それでも強力な魔法使いであり、軍隊をたった一人で壊滅させられる。世界を相手に喧嘩できる。それだけの力を持っているからこそ世界の頂点にいられる。
頂点にいても歴史上の典型的な独裁者のように人類を締め上げているわけでも、人々に無理難題を吹っ掛けたり、気分で虐殺しているのでもない。そこにいても一般人にはそれほど気にならない存在だ。だから、全世界が一丸となって彼に反抗する真似はとっくにやめてしまっている。
それでも、皇帝の被害者がいないわけじゃない。全人類からすればごく少数であっても皇帝によって理不尽な想いをしている人たちはいる。
そういう人たちがいるから、僅かな人数でも抵抗勢力が存在する。
と言っても、その存在感はとても薄い。
時々テロ行為やなにかでアンチ皇帝の過激派が捕まったと報道されることがある。
その手の組織は連絡手段のインフラを皇帝に握られているから、大きく育つのは稀で、大抵は数人から数十人の小規模なグループであって社会的な脅威とまでは言えないとか。
そんな弱小勢力でも発見次第徹底弾圧されるのは存在そのものが皇帝に対する反逆だからだ。
皇帝は世間一般の犯罪について一々口を出さない。
けれど、皇帝という制度への反対は許さない。
「いや、命をかけてまでね、皇帝陛下に反逆する意味なんてないでしょう。陛下のお陰で世界各国が保有していた核兵器が半減し、今も廃棄作業が続いてるんですよ。その他の大量破壊兵器にしろ同じです。国家間の紛争についても最長で2週間と期間を設けた。これによってどんな国も14日を超えての紛争はできない。やれば陛下の言葉に反するってことで、つまりは帝国に対する反逆ですからね。周辺諸国から袋叩きだ。
独裁だ、人権蹂躙だと言う方々も、もう一度考えていただきたい。皇帝陛下が世界を一つの枠組みで纏められて以後と以前で。
戦火で焼け出される犠牲者は確実に減りましたよ。戦災が減っただけじゃなく、天災による犠牲者も減った。洪水や干魃による被害はゼロにはなっていませんが、陛下のお力で調整されているのは皆が知っていることでしょう。温暖化問題も緩和した。
この星が帝星となってからは人類にとってより住みやすい星になったわけです。それでも陛下の退位を望まれますか?」
以前、どこかの番組でコメンテーターがそんなことを言っていた。
皇帝の力は天候にすら影響を与える。
干魃も豪雨も皇帝によって調整された。それらがゼロにならないのは、自然現象として必要なバランスというものがあるからだそうだ。
雨も日照りも必要なもの。人間の都合だけでやり過ぎると自然界への影響が大きくなってしまう。
だから、一定の降水も日照りも必要だった。ただし皇帝の即位後は平均降水量、平均日照時間が守られるようになった。
日常の中でつい忘れがちになるけれど皇帝の力の恩恵は計り知れない。
とは言っても、僕なんかは生まれたときから今の環境だから、異常気象という奴は情報でしか知らない。皇帝によって天候不順から守られていると言われてもピンと来ない。本当は凄いことなのに。
皇帝のやることに多少の不満はあっても、テロにまで及ぶ理由が僕にはない。折角持って生まれた魔法の才能を好きに使えないのは残念であっても、皇帝と争う理由にはならない。誰かの支配下にあることを嫌う人は真の自由なんて口にしている。でも皇帝によって与えられた自由がそんな悪いんだろうか?
僕には分からないことに熱意を持つ人たちは皇帝が三代目になってもいなくならない。彼らが皇帝に対抗する力として魔法使いを集めているって話もある。
戦車も戦闘機も皇帝には通じない。軍事兵器が駄目なら魔法で対抗、ということらしい。
確かに皇帝の支配下じゃ魔法使いはそうじゃない人たちに比べて制約が多い。自由な生活を奪われる。それでも命懸けで闘争をするようなことなのかどうか。僕には良く分からなかった。
分かるのは、もし秘密裏に魔法使いを集めたい人がいるのなら、それは抵抗勢力の人間なんじゃないかということだ。
世の中にはたぶん僕のように魔法使いでありながら身を隠している人が結構いるんじゃないだろうか。そういう人たちにやる気を出して貰って対皇帝戦を想定して訓練すれば立派な軍隊だ。
いくら厚遇されようとも皇帝直轄の部隊で縛られるのが嫌な僕は、同じ理由で抵抗勢力に入るつもりもない。
強制されることが嫌なんだから、どっちもね。
伯父さんのことで皇帝に恨みはある。でも僕が抵抗勢力に入って皇帝と争うことを伯父は望むだろうか。両親は?
抵抗勢力と言っても皇帝の軍と同じようなものだ。結局は、相手を殺傷する。皇帝のやり方に少しばかりの異論があるからと言って皇帝の部下たちと殺し合いなんて嫌だ。殺されるのはもっと嫌だ。
「ねえ」
急に視界一杯にケイティが現れた。僕はソファから落ちそうになる。
「なに?」
「あたしって、そんなに魅力無い?」
ケイティが擦り寄って来て僕の耳元で囁いた。
態と身体を密着させて来る。柔らかいケイティの身体と甘い匂い。
「いや、そんなことないけど」
「でも、あんたってなにもしようとしないじゃない」
「したら怒るじゃないか」
僕とケイティが幼馴染みから恋人になってから半年ぐらいだろうか。付き合い始めた頃にベタベタしてたら怒られた。だから、普段は自重することにした。
「程度ってものがあるでしょ。ずっとベタベタしてるのは嫌なの」
その匙加減はどうやって計ればいいんだ。どうせケイティの気分次第なのに。
僕だってイチャイチャしたいときもある。ケイティと二人だけなら、もっと色々やりたいこともある。でも、ケイティが嫌がることはしたくないから我慢してるのに。
「キスする?」
そう聞かれて僕は小さく頷いた。
もう18日の午後の話なんてどこかへ吹っ飛んでしまい、僕の頭の中はケイティのことだけで一杯になった。




