ケイティとその家族
皇帝は君臨はすれど統治しなかった。
世界の国々はそれまでと同じように、ただその頂きに皇帝を置いた。
大きな変革を求められたのは独裁体制を敷いていた者、国民を虐げ、私腹を肥やしていた為政者。
皇帝は多くは求めなかった。
為政者には国のために働けと言っただけ。
今も昔と同じように世界は割とうまく回っている。皇帝は国同士の争いを禁じなかった。ただ核や大量破壊兵器に関してはその使用を禁止した。そんなもので戦争をやられたら、皇帝の生活も脅かされかねないからだ。
そして戦争開始から終了までの期間を最大二週間とした。大量破壊兵器を禁じられ、期限を切られては戦争を仕掛けても決着させるのは難しい。
実質、大規模戦争は抑止された。
一般の人はそれほど皇帝の存在を意識しなくてもいい。無闇に口にしたりしなければそれで済む。けれど、僕はそうも行かない。
魔法使いであることが世間に知られたら平凡な日常を失ってしまう。それだけは避けたかった。
ケイティの来訪を感じて僕は地下室を出た。
これもどういう仕組みか知らないが、離れた場所にいる人の気配がなんとなく分かる。普段から10メートル圏内なら眼を瞑っていてもそこに誰がいるかが分かる。集中すれば30メートルぐらいにまで広げられる。距離に比例して正確性は落ちて行く。まあ、ケイティは何故か分かりにくいんだけど。
「なに、あんたまた地下にいたの?」
人の家に勝手に入り込んだケイティと行き会うと、彼女は呆れ顔をした。
うちのお隣の娘。僕より一つ年上の幼馴染みは僕の家に我が物顔で出入りする。
まあ、家族ぐるみの付き合いだから、うちの両親もなにも言わない。
逆に僕がお隣に黙って入っても文句を言うのはケイティぐらいだ。
ケイティと彼女の従兄であるジロウは僕の親友。ただし、僕の秘密はその親友にも内緒だ。本当は話したいけれど、それはとても危険なことだと分かっているから。
いつかは話したいと思う。けれど、それは今じゃない。
「今日はなに?」
「なにって、シッターに決まってるでしょ。ジョン坊やのお守りをしてってモリーから頼まれた。今日は夜勤だからって」
たった1歳、正確には半年年上なだけでケイティはいつも僕を子供扱いする。
母さんも母さんだ。小さな子供じゃあるまいし、もう高校生だ。留守番ぐらい一人でできる。看護師をしている母さんが夜勤でいないなんて今に始まったことじゃない。昔からよくあったことだ。
そりゃ小さい頃は1人で留守番するのが寂しくて、よくケイティの家に泊まりに行ったりもした。それは飽くまでも小さい頃の話だ。
考えてみれば、うちはシッターが来たことがない。
いや、シッターに面倒を見て貰ったことがないんじゃなくて、うちに来たことがないって話だ。
うちは父さんは出張がちで余り家にいない。母さんは夜勤もあるから夜には僕一人になることもある。お隣のミラー家に同じ年頃の子供がいたから、ついでとばかりに預けられた。
実の父親と過ごした時間より、ケイティの両親といた時間の方が長い気すらする。いやいや、実際にそうだ。だから小さい頃の僕は父さんじゃなくてお隣のジェフリーおじさんをパパと呼んで、たまに帰って来る父を失望させていた。
ジェフリーおじさんは物書きで、若い頃には大きな賞を取ったこともある。
今は売れっ子とは言えないけれど、それでも年に1冊は本を出している。いつもランキング外でも収入にはなっているらしい。(そもそもランキングに入る方が極一部で、殆どの作家はその他だそうだ)
作品内容の批評は控える。ただ、僕には合わなかった。
ジェフリーおじさんは家にいて執筆していることが多く、つまりは在宅が多い。筆が進んでいないときは良く僕らと一緒になって遊ぶ。ただ、集中しているときは五月蠅くすると怒られる。
マーサおばさんは不動産屋で家を売ってる。営業成績はいいらしい。
この二人は仲がいいんだか悪いんだか。僕が知っているだけでも三回離婚して三回再婚してる。まあ、結局同じ相手と再婚してるんだから仲はいいと言えるんじゃないだろうか。
夫婦での意見の対立があると怒鳴り合いはしないが冷戦状態になり、離婚して、暫くして再婚する。ケイティはもう慣れっこで、離婚話が出る度に、またか、という顔をしてなにも心配していない。
2人とも良い人だ。僕にとって家族も同然の大切な人たち。でも、ミラー家には魔法使いはいない。それは幸いなことかもしれない。魔法と無縁でいれば皇帝の存在を意識することなく普通に生きていける。
ミラー夫妻も僕を実の子同然に扱ってくれている。
15の誕生日に避妊の重要さを教えてくれたのはジェフリーおじさんで、そのときに避妊具も貰った。
それを知った父さんは対抗心を燃やして僕に酒と煙草、それにマリワナについて教えてくれた。もちろん、やってみろというのではなくその危険性についてだ。酒とはこういうものだ、と秘蔵のウイスキーを一口だけ飲ませて貰った。そのことで父さんは母さんとマーサおばさんから説教を喰らっていた。
マリワナに関しては、実を言えばジロウから貰って経験したことがある。
「たまにな、気分転換にやるぐらいがちょうどいいんだ」
今でもジロウがジャンキーになったとは聞かないから、まあ、調整はできているんだろう。良いことか悪いことかなんて知らないが。
「パスタでいい?」
キッチンからケイティが聞いて来る。良いもなにも、それしかできないくせに。
乾燥パスタを茹でて市販のレトルトソースをかける。ケイティの料理なんてそんなものだ。
材料を入れればお好みの料理を作ってくれる自動調理器があれば楽なのに、ちょっとうちぐらいの中流家庭じゃ手が出ない価格だ。家電ってものはなんでも10年もすれば手頃な値段に落ち着くってジェイクおじさんが言っていた。それが本当だとしても、その頃には僕は成人しているから、たぶんこの家を出ているだろう。
僕は将来なにになるんだろう。
できれば折角の魔法使いの才能を生かした仕事をしてみたいけど、そうすると登録しなきゃいけなくなるし、登録したら管理される。やっぱり、魔法を使う仕事は無理っぽい。
そもそも何故魔法を研究したらいけないのか。
魔法は使いようによってはとても便利なものだ。どういう使い道があるかを多くの人で考えれば、科学が停滞してもそれを魔法で補うことだってできるかもしれない。でも、皇帝は科学を停め、魔法の研究を禁止した。まるで、僕らがそれらを手にしちゃいけないように。
実際そうなのかもしれない。
世界最高の魔法使いである皇帝は、その地位を脅かされたくないから他の魔法使いが育たないようにしているんじゃないだろうか。
世界にたった一人で喧嘩を売って勝つなんて真似は少々魔法が使えるぐらいじゃ不可能な話だ。皇帝のレベルまで魔法を使える人なんているとは思えない。それでも、絶対にそうだとも言えないから、皇帝は魔法の研究を禁じ、魔法使いを管理しているのかも。
こういう話は僕だけで考えていても良い答えなんて出ない。僕の想像に穴があるかどうかも僕じゃ分からない。でも、他人と話せる内容でもない。
本当に、厄介な話だ。
唯一であることに意味がある???
相談できる相手がいないと考え進まないよね




