ジョンによる初級魔法講座
「炎の精霊よ」
魔法を使うには、まず精霊に呼び掛ける。
これにはいくつかパターンがあるけれど、とにかく使いたい属性の精霊に呼び掛ける。言語は世界の主要言語ならどれでもいいらしい。精霊様は言語学に通じておられる、なんて冗談を言った人もいる。
それは冗談だとしても、実際世界中でそれで通じてるんだからどうなってんだか。
とにかく、精霊は呼べば応えてくれる。
返事をするわけじゃない。こう、人が側に来たときに感じるような感覚が周囲に起こる。
そういう気配を感じたら、次の指示を出す。
「我が指先に集え」
ここからは実は声に出す必要はない。呪文はまだまだ続くけれど、肝要なのは最初の呼び掛けであって、後の部分はイメージの補助のためにあるんだと僕は理解している。慣れないうちは声に出すことでより鮮明にイメージができるからだ。
立てた指先に炎が灯る。と言っても、指から少し離れているのは火傷しないため。この出現位置はイメージによる。だから、慣れない人が身体の近くに炎が現れるイメージをしてしまうと火傷する。衣服に燃え移って死亡事故にまでなった例があるから注意が必要だ。
ゲームなんかでお馴染みの初歩的な火魔法でも、現実では簡単に人が死ぬ。
僕は簡単に人を殺せる力を持っている。そのことを忘れてはいけない。
初心者用の本にも水や風はともかく、火を扱うときは距離に注意するよう赤字で書かれている。
ちなみに呪文の本、魔導書は役所に魔法使いと登録すれば無料で貰えるが市販はされていないし漏洩は許可されていない。ネットで公開したり、勝手に人に譲れば厳しく罰せられる。それじゃ口伝、魔法使いが後輩に直接指導したらどうかと言えば、これも禁止はされている。まあ、魔導書にしろ指導にしろ抜け道は色々ある。そうなきゃ無登録の僕が使えるわけがない。
魔法使いの登録は義務だ。
自己申告だから誤魔化そうとする者は時々いる。義務を怠っていると分かれば罰則がある。これは皇帝が決めた帝国法だからそれぞれの国の上位にあって罰も厳しい。
ただいつ能力に目覚めたかは調べようがないらしいから、発覚したときに覚醒時期はいくらでも誤魔化せてしまう。それでも、前々から覚醒していたことが判明するとより重い罰になる。
危険を冒してまで登録を忌避する人は少ない。
ただ、このことは皇帝が全知全能でないことの証左でもある。
だからと言って決して侮っていいわけではない。皇帝は僕らが思うよりずっと多くの眼で僕らを監視している。それが絶対じゃないからと言って油断していいわけじゃない。
僕は集まった火を球状にしてそれを徐々に大きく、ソフトボールぐらいにまで育てる。それを全力で飛ばせばプロ選手が投げる球より速いが銃弾よりは遅い。銃弾より遅くても簡単に避けたり受けたりできないし、なにより銃を持っていなくても好きなとき、好きな場所に出せるメリットは大きい。
魔法使いは探知機に引っかからない武器を携帯しているようなものだ。だから素養があると分かっただけで登録義務があるんだろう。
僕は自分で言うのもなんだが世間的には天才レベルの魔法使いに当たる。
ただし、それを知っているのは両親だけ。伯父さんも知っていたが今はいない。
小さい頃、目覚めたばかりの僕の能力に気づいた伯父さんは決してそれを人に見せるなと言った。練習する場所もうちの地下室に限定した。両親もそれに賛同した。
魔法使いだと判明すれば届け出の義務がある。そして能力によっては皇帝直轄の組織に徴用される。
宮廷魔法使いと呼ばれることが多いけど正式名称じゃない。一般的には超エリート扱いで待遇は良いらしい。自由はないけど。
ロボットのような絶対服従を求められ、違反した者はいなくなる。
処刑されるらしい。研究のための検体として解剖されるという話もある。なんにしろ、宮廷魔法使いとして徴用されるとそれまでの生活とはさよならだ。家族との縁も自動的に切られる。面会の自由もない。
ただ宮廷魔法使いを輩出した家には相当な額が支払われる。
安定した生活と家族の生活の保障。それらのために子供に才能があると当局へ差し出す親も珍しくない。
まあ、大体がそこまでの才能はないらしいけど。
魔法使いとして公務に就くのも検体にされるのも嫌な僕は、伯父さんと両親の判断に感謝だ。
皇帝が現れて以来、魔法はお伽噺のものじゃなく実在のものになった。と言うけれど、僕にとっては生まれたときから当たり前に存在するものだ。
昔は魔法なんて無かったと言われてもね。実感はないよ。
魔法のメカニズムは解明されていない。飽くまでも一般的には。
先天的なものとされる一方で思春期に力に目覚めたとか、成人してから魔法使いになった例もある。が、これも噂の話だ。本当のところははっきりしない。
はっきりしているのは世界初の魔法使い、衆人環視の中でそれまでの科学では説明できない事象を最初に起こして見せたのは初代皇帝で、魔法の真理を理解しているのも皇帝だけ。
その皇帝は魔法の研究を禁じた。
だから、皇帝以外の誰も魔法の正体を知らないことになっている。魔法を使える僕もどうしてそうなるのかは知らない。
何故それが起こるのか。説明はできなくとも実演はできる。いや、実演できても説明ができないというべきか。
車のエンジンを組み立てる知識、もっと基本的なエンジンの構造や仕組みを知らなくても車は運転できる。それと同じだ。知らなくたってできるものはできる。
魔法は自然界のマナを利用しているという人もいれば、精霊の力という人もいる。新人類に備わった超能力。
噂はいくつもあるけれど、噂だけで終わってる。主流はマニュアルに記載があるから精霊派だけれど真相は分からない。
だって、魔法を研究することは禁止されているから。
非公式に、例えば自宅の地下なんかで密かに研究している人は他にもいるかもしれない。ただ、禁止されている以上は表立って発表できず、同じ研究をしている人たちと交流もできない。閉じた世界で孤独に調べることしかできない。
自分自身、或いは身内が魔法使いの人はこっそりと研究もできるが、周囲に魔法使いがいない人はどれだけ興味を持っても深く調べることが不可能な状況だ。
科学分野の進歩は皇帝の命令で止められていても、人類の人口における知能の高い人たちの割合が減ったわけでもない。多くの専門家たちが集まって研究すれば魔法の原理も解明できるだろうに。
皇帝は科学の進歩を止めただけではなく、数十年前まで巻き戻した。
科学信仰によって穢れた世界を少しでも浄化すると言って。
僕らは特に困っていない。生まれたときにあったものが使えなくなったわけじゃないから。
ただ、初代皇帝時代の人たちは困ったらしい。それまで使えていた文明の利器が使えなくなったんだから。
尤も、今じゃすっかり昔話で、当時を体験したのはお年寄りばかりになっている。
皇帝は世界を相手にたった一人で戦争を起こして勝利した。
凄いことだ。
独裁や人権蹂躙についてはともかく、一人で世界中の軍隊を敗走させたことは素直に偉業だと言ってもいいだろう。
その後に神様気取りで君臨しても、人類は黙認するしかなかった。働かずに各国から上納される税金で遊んで暮らし、ハーレムを作り、やりたい放題して暮らしている。それでもたった一人のやることだ。強制的にハーレムに呼ばれた女性や家族は気の毒だが、人類全体からすればそれは小さな損失だった。だから、どの国も甘んじて受け入れた。少数の犠牲の上での多数の幸福を選んだ。
少数の犠牲で多数を幸福にって、
少数に選ばれたら……




