72話
「……では行ってきます」
俺は東門のところまで見送りに来てくれたオリビアさん一家にそう言うと御者台から馬にムチを入れる。馬車はギイと音を立て、ゆっくりと動き出す。
目指すはローエンからガープ銀山とは逆の南東方向、馬車で一週間の距離にある魔導都市オルフェン。中々の長旅になるだろう。
「「お姉ちゃ~ん!」」
声に振り返ると弟くんたちが走り出した馬車を追いかけてきているのが見える。それを涙で目を真っ赤にさせたアーノルドさんとマリーさんが危ないから止めている。
荷台でマメを抱っこしているオリビアさんも目に涙を浮かべながら、追いかけてきている弟くんたちの名前を呼んでいる。別れは辛いな。
俺もついついもらい泣きしてしまった。
オリビアさんはローエンが見えなくなるまで目に焼き付けるかのように後ろの風景を眺めていたが、ついに見えなくなり、涙をぬぐって前を向いた。俺はオリビアさに元気を出してもらうために、今日の晩ご飯何を作ってご馳走するべきか、などと考えていた。
日が暮れるまで馬車道を走った後、馬が落ち着くのに丁度良い木立を見つけたのでそこで野宿をすることにした。
俺はオリビアさんとパーティを組み、彼女の商人スキル【次元収納Lv1】と自分のインベントリを共有してあるので、次元収納にある物資をインベントリ経由で取り出すことができる。
インベントリは神様が俺に与えた固有初期スキルのようなもので、こちらの人にはないものらしいのだが、普通に食べ物は常温で放置するような速度で腐る。一方で次元収納内は、スキルの仕様なのか時間の流れが遅いらしく、Lv1の段階で冷蔵庫で保管している程度には生鮮食品ももつ。
というわけで、初日の晩御飯は町を出る前にグレートディアーのシカ肉を譲ってもらったものが大量にあるので、シンプルにそれを使ったバーベキューにしよう。
……その前に。
俺は木立の近くに【ファランクス・システム】を出し、中に簀子、その上に綿を布で包んだマット、藁を布で包んだクッションを置く。【ファランクス・システム】内部はグレートディアーの皮で盾のつなぎ目を防御力の面から補強してあるので、実は二人くらいは余裕で寝れるサイズのテントとしても使える。
「オリビアさん、色々あって疲れたでしょう。準備作業は俺に任せてこの中で休んでいてください」
「え? でも……」
「いいからいいから」
俺はファランクスシステムにオリビアさんを押し込んだのだった。
馬を木につなぎ、水とエサをやって休ませる。水は鉄を薄く伸ばして作ったタンクに入れて次元収納に保管してあるものがあるが、実はペットのマメがEランク時に取得していたスキル【水球】を進化の際に失わず使うことができる。【水球】で生み出された水は飲料水として使うことができる水なので、タンクに貯めておくなど工夫すれば水に困ることはないと思う。
次に俺は、二人掛けの木製テーブルセットと俺が丹精込めて作った鉄製のバーベキューグッズ(焼き台、鍋、まな板、包丁、お玉、トング、長箸、スプーン、フォーク、コップ)とグレートディアーのシカ肉、野菜、小瓶にいれ木のフタに穴をあけて振りかけられるようにした自作調味料セット二種(塩、タイムに似た香草を乾燥させ粉にしたもの)を取り出し、木製テーブルの上に並べて食べやすい大きさに切って下ごしらえ。
今回焼くグレートディアーの鹿肉の部位はロース。脂身がとても少なくて、キメの細かい部位なので噛み切りやすく、それでいてクセがないのが特徴だ。これを炭火で焼き、塩とタイムで味を調えれば絶対美味いはず。
焼き台に着火剤と木炭を入れ、火を起こす。うん、いい感じだ。
まずは焼き台に鍋を立てかけ、少し時間のかかる鹿肉と野菜のスープを先に作る。粗い目の清潔な布で作った茶こしに生のタイムやローリエに似たハーブを入れブーケガルニ風にする。味見をしてみたが、中々いい感じにできた。
テーブルの上にオシャレな色合いのランチョンマットを二枚敷き、グラスとお皿を乗せる。それにいつかカーミラさんが出してくれた赤ワインと同じものと口直し用の水を二人分注ぎ、二人分のパンを置く。
足元にマメ用のお皿も置いて水を注ぎ、エサのカリカリも入れる。
……よし、こんなもんかな。
「オリビアさん、飯の準備ができました~」
そう声をかけるとオリビアさんは軽く眠っていたようだった。疲れていたんだろう。
それから食べた夕食はとても美味しいもので、オリビアさんも目を丸くしていた。こういう落ち込みそうな時こそ上手い飯を食って元気を出すべきなんだ。
それから俺は焚火を前にアコギを取り出し、十八番の「Fly Me to the Moon」を歌った。オリビアさんが昨日のライブに触発されたのか、「私も歌いたい! 教えて!」と乗ってきた。
それから二人で眠くなるまで新曲の練習をした。
その後俺とオリビアさんがテントの中で眠り、マメを外にカゴと藁を敷いたところで眠らせテントの番をさせることにした。まあ当初の【ファランクス・システム】そのものの運用ではあるな。
実戦でのテストがまだだけど、別にしたいわけじゃない。
「モンスターが襲ってきませんように……」
俺とオリビアさんは二人で一つの毛布を被り、眠りについた。