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彼女の宣誓






ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴り響く。

その音にハッと我に返った私は、強張った体を何とか動かし、玄関の明かりを点けるべく薄闇の中を手さぐりしてスイッチを探す。






ひんやりとした冬の冷気が満ちる玄関でぼんやりしていたせいなのか。

それとも、もう数え切れないほど頭の中で繰り返されているのに一向に薄れることのない、あの日の事故の記憶のせいなのか。

自分の体が微かに震えているのを感じた。






「はい…どちら様ですか…?」






いつもならインターフォンで応対するけれど、今は玄関にいるので直接扉の向こうにいるであろうチャイムを鳴らした人物に声をかける。

滅多に人など訪ねてこないのに、一体誰だろう?

そう思いながら一歩ドアへと近づいたその時。






「こんばんは、千鶴ちゃん」






ドアの向こうから聞こえた、凛とした声。

最後に聞いた時は嗚咽を滲ませた泣き声だった、その声から導き出した人物に、私の体の震えは一層ひどくなった。






「ら、ん…ちゃん…?」






どくん、どくん、と自分の心臓の音が大きく聞こえる。

さあっと血の気が引くような感覚と共に、一瞬意識がぶれる。

見慣れたドアが遠のく気がした。






「ええ、そうよ。ねえ、ドアを開けてくれない?」


「え……ああ、今、開ける、ね…」






震える手をどうにか伸ばし、鍵を外す。

ガチャリ、とした音がいやに重々しく聞こえた。

恐る恐る回したドアノブは、まるで何かを拒絶するかのように無情な冷たさをしていた。






「久しぶりね」






開いたドアの向こう。

玄関の明かりに照らし出された、黒を纏った美しい人。

最後に会った時は苛烈な表情に彩られていたその顔は、今は穏やかな笑みを浮かべていた。






「久しぶり…蘭ちゃん…」


「最後に会ったのは一年くらよね?随分と久々な気がするわね」


「そうだね…」


「元気にしてた?あなた、体弱かったでしょ?」


「うん…大丈夫…」






穏やかに話しかけられているのに。

優しく微笑みかけられているのに。

あの日蘭ちゃんの胸の内を知ってしまった私は、彼女に抱く大きな罪悪感と恐怖に苛まれて、まともに彼女と対峙することができない。

だから情けなくもドアに隠れるようにして蘭ちゃんの言葉にたどたどしく相槌を打つのが精一杯だった。






「そう、それならよかった。一安心だわ」


「……心配してくれてたの?」


「当たり前じゃない」






そう言ってふわりと微笑む彼女の姿に、私は驚きを隠せず目を丸くさせてしまった。

彼女の胸の内を知るあの日の前までなら、こんなに驚きはしなかった。

笑って『ありがとう』と返せたはずだ。

でも、今は違う。

彼女は私を疎んじているはずなのだ。

最後に会ったあの日、はっきりとそう言われたのに。

戸惑いを隠せない私を見て、さらに蘭ちゃんはその笑みを深めた。

そして――――






「だって、あんたが体調を崩せば葵が看病やらで大変な思いをするんだから」






そう言った瞬間。

まるで今までの笑みなど存在しなかったかのように、蘭ちゃんは一切の表情をその顔から消した。

そしてゾッとするほど冷たい眼差しで、私を睨みつける。






「ねぇ、あんたいつまで葵の傍にいるのよ?私があの日言ったこと、理解できなかったの?」


「そんなことは…!」


「だったら何でまだ平然と葵の傍にいるのよ?この一年間、あんたに会わなくたってあんたのことは葵や陽菜さんが色々と教えてくれてたのよ。あんた、一年前と何も変わってないじゃない。私があんだけ言ったのに変われないって、どんだけ図々しいのよ」


「それは…」


「愚図で、病弱で、甘ったれで。昔っからあんたってそうよね。ほんと、見てるだけでイライラする。事故のことは気の毒な事だと思うけど、それに胡坐をかいて葵にそれまで以上に頼るあんたが、ずっと疎ましかったわ。ほんと、許せないのよ」


「…」






胸に刺さるような言葉だった。

とても、とても痛い。

けれど、それは本当のことだった。

だからこそ痛くて堪らない。






「でもね、そうやって葵に頼って甘ったれていられるのも今のうちよ」


「え…?」


「私ね、春からこっちの大学に通う予定なの。だから葵の家に居候させてもらうことになったのよ。春からは、私が葵の傍にいるわ。あんたが葵にこれ以上迷惑をかけないように、見張っててあげる」






――――ああ、とうとう来てしまった…






私からあおくんを解放するその時が。

私が思い描いていた時より少しだけ早まってしまったけど。

それでも必ず訪れる、いや、訪れなけらばならない未来が。






「あんたなんかに、葵は渡さない」






忽然と言い放つ蘭ちゃんは綺麗だった。

鋭い眼差し、凛とした声、堂々とした立ち姿。

彼女のすべてが、私が持ち得ない『強さ』を持っていて。

羨ましく思うのと同時に、自分の弱さへの嫌悪感が黒い染みのように胸に広がっていった。






「ああ、そうそう。こっちの環境に慣れとくために、これから週末は葵の家に泊まることになっているから。それだけ伝えに来たの」






それじゃあ、と言って蘭ちゃんはその身を翻して去って行った。

そんな彼女に私は何にも言えなかった。

しばらくぼんやりと誰もいない玄関先を見た後、ゆっくりと扉を閉めた。

その瞬間、体からすべての力が抜けて、ドアを背にずるずると座り込んだ。






「あおくん……」






ひとりでに零れ落ちた彼を呼ぶ自分の声に、ふっ、と自嘲的な嗤いが漏れる。

蘭ちゃんにあんなに言われても。

どれだけ自分で戒めていても。

私はやっぱり、あおくんに甘えたままなんじゃないか、と。






「ふっ、ふふふ―――――ッううう」






自嘲的な嗤いはいつの間にか泣き声へと変わって。

次から次へと溢れてくる涙が、顔を覆った掌を濡らしていく。

暗闇の中でぽつんと座りこんで泣いていると、あの事故の直後のような気持ちに囚われる。

まるで世界に一人だけ取り残されたかのような、あの気持ちに。






――――『僕がずっと傍にいてあげるから』






ふと、懐かしい救いの声が聞こえた。

それと同時に死のうとした病院の屋上でのあおくんとの思い出が蘇る。

優しい声、寄り添う温もり、包み込むような眼差し。

私を孤独の中から救い出してくれた、優しい思い出。







――――そうだ、私には思い出がある…






優しい優しい彼がくれた温かな思い出。

それは同時に彼を縛り付けてしまった思い出でもあるけれど。

でも、それでも弱い私に寄り添ってくれる、大切な思い出。

今でもこんなにはっきりと思い出せるくらい残っている、私の救い。






――――大丈夫、私はこの思い出さえあれば生きていける…






寂しくとも、もう彼の枷になんてならないから。

一人でちゃんと生きてみせるから。

蘭ちゃんのように強くなってみせるから。






「うわあああああああああああああああああああ!!!」







ねえ、今だけは。






あなたを想って泣かせてください。










お約束していた日を少し過ぎてしまいました;

すいません><




今回で一区切りつくと思ったのですが、もう少し続きます!

できたらあおくん視点の話を次に入れたいと思うのですが…ちょっと未定です(^^;)




蘭ちゃんは今回の話だけだとちょっと嫌味な子に思われてしまいそうですが、根はいい子の設定です!←

彼女は彼女なりに思うとこがあって、今回のようなことを強く言っています。

蘭ちゃん視点の話も今後入れていきたいと思ってますので、そこで理解されればいいなぁなんて思ってます!




読んでくださっている皆様、、ありがとうございます!

更新遅くて本当に申し訳ないのですが、完結までお付き合いいただけると嬉しいです><




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