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『ただいま』











「ただいま」






手を繋いで帰り着いたのはあおくんの家。

広い玄関から奥に続く廊下にあおくんの声が静かに響く。

だけどそれに応える声はなく、家の中は暗く静まり返っていた。






「陽菜さん、また籠もってるの?」






陽菜さんとは、あおくんのお母さん。

彼女は売れっ子の恋愛作家さんであって、よく仕事部屋に籠もっている。

その状態になると、仕事が一区切りするまで絶対にそこからは出てこない。






「三日前くらい前から籠もってるからそろそろ出てくるとは思うけどな」






そう言いながら玄関を上がり、廊下の電気をつけていくあおくん。

その姿をぼんやりと見ていると、訝しげな顔であおくんがこちらを振り返った。






「ちづ、何してんだ?早く上がれよ」


「え…?ああ、うん!お邪魔します・・・」






ぼんやりしすぎたと慌てながらも、靴をそろえて玄関を上がる。

あわあわしながらもあおくんの元に辿り着いてその顔を見上げると、あおくんの顔はひどく不機嫌そうに歪められていた。






―――ああ、私がのろまだからイライラさせちゃったのかな・・・・






自分で思い立ったあおくんの不機嫌さの理由に、自分で落ち込む。

私はどうしてこうも迷惑しかかけられないのだろう。

つくづく自分が嫌になる。






「あの、あおくん―――」


「何で『お邪魔します』なの?」






とりあえず謝ろうとした私の声は、あおくんの不機嫌さ丸出しの声に遮られた。

予想してなかったそのタイミングと言葉の内容に、一瞬何を言われたのか分からなかった。






「え……?」


「だから、何で『ただいま』じゃなくて『お邪魔します』なの?」






『ただいま』っていうのは自分の居場所に帰ってきた時に言う言葉。

ここはあおくんの家であって私の家ではない。

つまり、私の居場所ではないのだ。

だから『ただいま』って言うのはおかしいはず…。






「だ、だって、ここは私の家じゃないし…」






思いがけないあおくんの言葉に、戸惑いつつも返事を返そうとする私を見て、あおくんは盛大な溜息を漏らした。

心の底から呆れたというようなその溜息に、体に緊張が走った。






――――ど、どうしよう…!また何か気に障ること言った…!?






何をしようとも。

何を考えようとも。

「私」という存在はあおくんの枷にしかならない。

そんな私が彼に嫌われることなんて、当たり前で仕方のないことなのに。






それをひどく恐れているなんて………






―――こんなこと思っちゃダメ…!私はあおくんから離れるって決めてるんだから…!






強くならなくちゃいけない。

自分自身のためにも、そして何よりもあおくんのために。

一人で生きていくと決めたのだから。






「ちづ、お前が毎日うちに通うようになってもう5年経つんだぞ?」






ぽん、と頭に乗せられた大きな手と優しく響く声に我に返る。

知らず知らず俯いていた顔を上げると、どこか困ったような顔をしたあおくんと視線が合った。






「それだけうちに通ってたら、ここはもうお前の家だろ」






その言葉に、胸がきゅーっと痛む。

飛び上がりそうなくらい、嬉しい言葉。

けど、これから先ここから離れることを考えたら聞いてはいけなかった言葉。






「だからうちに上がる時は『お邪魔します』じゃなくて『ただいま』だろ。ずっと気になってたんだよな、ちづが『お邪魔します』って言うの。いつか直してくれると思ってたけど…5年経っても直んなかったからな。強制的に直す」






「これは命令だ」とか言いながら悪戯っ子のようににやりと笑うあおくん。

茶色の瞳が木漏れ日のように温かな色を灯して、私を見つめる。

優しく、労わるように。






――――ダメ!!ダメなのに!!






どうしてそんな顔を見せるの?

どうしてそんな優しいことをまるで自分の我侭のように言うの?

どうして、どうして、どうして。






――――これじゃあ、あおくんから一生離れたくないって思っちゃうじゃない…!






お願いだから私の居場所をあおくんの傍に作らないで。

私は離れなくてはいけないの。

遠く、遠く、あおくんのいない場所まで。

私という枷の鎖が届かぬ所まで。






あなたという優しい世界に寄り添いはしても、その中に私の居場所を望んではいけないの。






「わかった、ちづ?」






本当は叫びたかった。

そんなこと言わないで、と。

離れることが、そして離れた後の世界が余計に辛くて怖いものになるから、と。






「……うん、わかった。ありがとう、あおくん」






私は、またひとつあなたに嘘を吐く。

きっと離れるまでの僅かな時の中で私はたくさんの嘘を吐くだろう。

私は嘘を吐くのがすごく下手だけど。

優しすぎるあなたをこれ以上縛り続けないために、精一杯嘘を吐く。






「当たり前のことなんだから、お礼なんていらない。それよりほら、言ってみ?『ただいま』って」






私は心に誓う。

あおくんの家が私の家だなんて、絶対に思わない。

いや、思ってはいけない。

どんなにそれを望んでいても。






「……ただいま」






ねえ、あおくん。

私は今、ちゃんと笑えていますか?






この嘘を隠せるくらい、綺麗に。



















大変遅くなりました!!

もう、本当にすいません…;





こんな遅い作品をお気に入り登録してくださっている方々、本当にありがとうございます!

これからもよろしくおねがいします!








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