初夜に「君を抱くつもりはない」と言われるTS転生した俺「やったあああああ!」
TS転生
中身が男性の女性体に旦那がキスするシーンがあります
ギャグメインでBLではないつもりですが、抵抗のある方は回避推奨。
「新婦メレーヌ」
白んだ世界が急に色と音を伴って迫ってくる。
一体何がどうなっているのかと、視界を遮る何かを目をこらして見つめる。
白い網? レース? 実家で母が謎にあちこちの窓にかけていたカーテンによく似ている。それを頭から被っている状況とは。
目覚めと同時に混乱する思考。
視線を巡らせ、周囲を確かめる。
咳一つしない静まりかえった空間だが、複数の人の気配がした。……気のせいだろうか、うなじにびりびりと来る視線に敵意を感じる。
目の前のご大層なキンキラ衣装を着た偉そうなおっさんが、淡々と言葉を紡ぐ。
「汝、病める時も、健やかなる時も、夫ファブリスを愛し、支え合うことを誓いますか」
はあー?
誰だそいつ。オットって何。
幾ら考えてもそんな消臭剤みたいな名前の知り合いはいないし、そもそもこの状況を理解できないんだが。
ぼんやりした頭で考える。
今日は土曜日、休みのはずで……しかしいつものごとく貧乏くじを引かされ、職場に呼び出された。
ようやく全てを終わらせ、会社を出たのが午後三時。
ふてくされた勢いのままコンビニでつまみと弁当、缶チューハイを買って帰った。
適当な動画を見ながら飯を食い、便所に立った途端、猛烈に胸が痛くなり──
頭が割れそうに痛む。
吐き気がした。息が出来ず七転八倒する苦しみ、俺はあの後どうなった?
「コホン」
静まりかえった空間で見知らぬおっさんが咳払いをする。
やけにこっちをチラチラ見てくる。少し経ってようやくこちらの反応待ちである事に気付いた。道理でさっきから何やらごちゃごちゃと言っていた訳だ。
でも俺、何も知らないんだけど。
何故ゴージャスなキラキラおっさんの前でカーテンを被っているのか、皆目見当も付かないね。
「いてて……」
い、痛い。
思い出そうとすると酷く頭が痛み、たまらず眉を顰める。
口を押さえようと、無意識に動かした手から何かが落ちた。
痛みに思わず漏れた声が妙な感じに聞こえて動きが止まる。
何か、変だ。
「メレーヌ」
囁く声に呼ばれる。
メレーヌ? そうだ、俺……私は、メレーヌ。
メレーヌ・シムノン。ルセロ王国シムノン伯爵家の娘。
美貌で知られるエメリーヌお母様とそっくりな、妖艶な美女イザベルお姉様と、シムノンの妖精と呼ばれる可憐な妹コンスタンス、そして地味で取り柄のない容貌を持つ平凡な次女の私。
……なんだこれ。
頭の中に女の声がこだまする。
知らない筈なのに知っている、奇妙な感覚。
溶けるように染みていく女の声は、ひたすら自身を恥じていた。
麗しいお姉様でも愛らしい妹でもなく、何故私なのかと。
苦悩と恐怖にさいなまれ、消えてしまいたいという啜り泣きは遠く、徐々に薄れていく。
「は?」
おいおいどーすんのよこれ。
呆然としていると、顔の前に白くて丸っこい何かが現れた。生花の香り……手元から落ちかけたそれを、誰かが拾ってくれたらしい。
「あ、すみませ」
「頷け」
上から押し掛かかられるような、圧のある声だった。
反射的に頷いてしまったこちらの肩を掴み、くるりと向きを変えた相手がベールを剥ぐ。
「……っ」
見上げるような長身に、恐ろしいくらい綺麗な顔がくっついている。
淡い金髪に、瞳は紫がかった青。
眉間に皺が寄っているけれど、目鼻立ちの整ったまごうことなきイケメンだ。同性とは言え画面の中でしかお目にかかれなさそうような美貌に、一瞬思考が停止する。
「っ!?」
その顔が何故か急に距離を詰めてきたので、思わず一歩下がる。
高身長イケメンだろうが男と密着する趣味はない。
しかし相手はまったく動じる様子はなく、ギリギリと力尽くで押さえ込み、顔を傾け、無理矢理唇を合わせるという無残な所業をしてきたので叫びそうになる。
ヴォエエ……生ぬるい……きもちわりぃ……
「むぅ!」
何をしやがるこの変態野郎。
精一杯抵抗したが、一方的に押さえ込まれ身動きが取れない。
力を込めたつもりが全然伝わってない。逆にこっちの足が浮き、体ごと持ち上げられる始末。
は? 動けないんだけど!? 物理的に不可能なんですけど?
そりゃこの年で初キスなんて言わないし、それなりに経験もしてきた。
でも男とはない。こいつツラは綺麗だけど男じゃねーかふざけやがって、と腹を立てている間もしっかり口と口を合わせ……やばい、泣きたくなってきた。なんだって俺がこんな目に。
「……っ、う……」
叫ぶ寸前に離れていった顔は、不機嫌そのものといった有様。
そんなのこっちも同じ気持ちだ。
震えながら急いでベールを戻すと、頭上からため息が降ってくる。
俯く俺の腕をしっかり掴んだ男は、例の高圧的な口調で『来い』と言う。
このDVクソ旦那! と心の中で罵り──愕然とした。
ええ、この人、おおお俺のだん……
「おめでとうメレーヌ!」
「メレーヌ様、おきれいですわ~!」
「おねえさま、素敵です!」
振り返れば場が湧き歓声が響く。
立ち止まりかけた俺を、腕を組んだ男が強引に引き摺っていく。
腰に手を回し一見優雅に見えるものの、殆ど無理矢理である。
気配で何かしろと言われた気がしたのでおそるおそる右手を持ち上げた。
微かな振れ幅だが観客は大喜び。
そりゃそうだ、結婚式だし。今正に夫婦は誓いの言葉とキスを交わし結ばれたのである。ヴォエ!
涙で濡れた顔はベールが覆っている。
此処にいる奴らは俺の気持ちなんて一つもわからないし、知るはずもない。
何しろ国内有数の名門公爵家との婚姻だ。縁が出来た中堅貴族のシムノン家は言わずもがな、ようやく気難しい嫡男が花嫁を迎えたと号泣するルデュク家の皆々様におかれましても、良いことだらけの万々歳。
何処を見ても笑顔、花嫁花婿よりはしゃいでやがるぜちくしょうめ。
メレーヌ・シムノン十七歳、正に結婚適齢期。
眠たげなヘーゼルの瞳に焦茶色のくせ毛の、うら若き乙女。
趣味は刺繍と絵を描くこと。
勉学はそれなり、自己主張は苦手。
同じ年頃の娘が集まれば自然と聞き役にまわる、大人しい少女だ。
生まれが美男美女で有名なシムノン家でなければ、そこそこ幸せに暮らしたかもしれない。
しかしお披露目式に出席して以来──いや、己の容姿を客観的に見る事が出来るようになる年齢から、その人生は劣等感という薄暗いベールに覆われていた。
母譲りの美貌で社交界の話題を席巻した姉と、どうしたって比べられる。
本当に血が繋がっているのかと、陰口を叩かれる程にメレーヌの容姿は地味だった。
ありふれたダークブラウンの髪。
主張のないヘーゼルの瞳。
肌にはうっすらそばかすが浮き、小柄で目立つ所がない。
一方的に当てこすりや悪口を言われても、黙って引っ込んでしまうよう内気な性格。
弁が立つタイプではないので家庭教師や親からは馬鹿だと思われている。そこまで酷い成績ではなかったのだが、何をしても正当な評価を受けにくい環境にあった。
実家では華やかな姉妹の影に隠れ、忘れられた存在。
特に意地悪をされた訳では無いが、なにかにつけ優先されるのは美しい姉と甘え上手でかわいらしい妹。
たまに思い出したように呼び出されるが、親の用事はいつも同じだ。もっと努力なさい。
またはその約束すら忘れられるかのどちらかで、メレーヌはますますこもりがちに育つ。
本人の消極的な性格も相まって、友人はおらず社交界にも居場所はなく。
目立った求婚者が現れないまま、更に父を失望させた。
貴族の娘へ期待する事はより条件の良い結婚……逆を言えばそれ以外に価値はない。メレーヌは『使い道のない娘』だった。
──この見てくれでは良縁など望める筈もない。
──社交の道は捨て、いっそ領地に引っ込んでしまおうか。
お相手は両親に任せ、これまで通り息を潜め、大人しく生きるしか道はないように思えた。
育ててくれた親への恩返しに、せめて家の為になる結婚が出来れば。
だがそんなメレーヌに、どうしたことか名門ルデュク家から結婚話が舞い込んだ。
しかも相手は美貌で知られた嫡男で、全貴族女性の憧れの的。
二十代半ばまで独身を貫き、仕事に邁進してきた男がとうとう身を固める決心をしたらしい。
ファブリス・ルデュクは若くして宰相の地位について以来、実に様々な改革を成功させていた。
外交・内政・軍事と国の中枢を担う、王の最も信頼厚い重臣であり、彼なしに王国の夜は明けぬと言われている。
つまり超絶有能かつ美男という高スペックチートであり、国内一の良物件。
気難しく多忙ゆえに社交は必要最低限。愛想のない冷たい態度と不安要素もあるのだが、そもそも侯爵家の女主人ともなればその地位と裕福な生活は保障済み。
公式の場に顔を出す度、女性から秋波を送られる美貌も健在だ。
そんなのがいきなりメレーヌをご指名した訳で……驚きを通り越し本人はひっくり返った。
相手は会った事話した事もない、この国の宰相様。
極度の緊張で震えながら対面したメレーヌと、ファブリスの会話は一分にも満たず終了。
コンプレックスの固まりであるメレーヌにファブリスは理解できないし、また逆も然り。
メレーヌは蚊の鳴くような声で定型の挨拶を述べ、後は頷くかずっと下を向いていた。
いたたまれない時間を過ごし、自身の失礼極まりない態度に『これで向こうから断ってくれるはず』とメレーヌはやりきった気分だったが、どうしてかファブリスはこの結婚話を通してしまい、シムノン家も否やは無かった。
婚約話が来て以来、父は何度も確かめた。
相手は長女のイザベル、または三女のコンスタンスではないでしょうかと。
不器量な次女が望まれるなど、シムノン家においてはあってはならない事なのだ。
しかし再三の問い合わせに返ってくる答えはいつも同じ。
顔合わせの日もわざわざ三姉妹並べて出迎えさせたにもかかわらず、ファブリスはその場でメレーヌを指名した。
間違いはないという事だ。宰相の美貌に頬を染める姉妹の眼差しは、幾らも経たずに失望と疑念に染まり、青ざめ立ち尽くすメレーヌを見てそれはますます強まった。
どうしてこの子が?
私達の中で一番醜くパッとしない、取るに足らないメレーヌが。
その夜メレーヌは新たな生活に対する緊張と恐怖に震え、ベッドに入っては枕を濡らし、結婚までの日々を鬱々と過ごしたのだった。
「うわ……」
なんだこれ、どうなってる。
この世界で伯爵家の娘メレーヌとして生きた記憶、そして現代日本で暮らした記憶。
俺の中には十七歳のメレーヌがいる。しかし同時にブラック会社にこき使われていた三十二歳独身男性SEでもあって、完全にこんがらがっていた。
式の後は速やかに馬車に乗せられ、クソでかい屋敷に連れ込まれた。
初めて見る景色、見知らぬ使用人。隣には仏頂面の旦那。
そう、旦那だ。考えるだに恐ろしいが、俺は新婚ホヤホヤの花嫁なのだった。
この後の事を考えると震えてしまう。
嫁ぎ先に来た嫁の役割なんて一つだろう。嫡男……跡継ぎ……うげえ、考えたくねえ。
しかし今更帰る場所はない。メレーヌは既にルデュク家の人間。
『奥様』などという鳥肌の立つ呼び方を、今この場では受け入れるしかないのだった。
「ではまた後で」
「は、はいっ」
式では密着していた二人だが、乗り込んだ馬車では微妙に距離が開いていた。
これが現実の距離感。いや、むしろありがたい。
よく知りもしないしかも男と寄り添いたくはない。
「失礼いたします」
侍女とメイドに付き添われ、自室で豪華な婚礼衣装を脱がされる。
いきなりかと慌てている間に専用の浴室に連れて行かれ、湯の張ったバスタブの中で全身を洗われた。
……どうしよう。
バスタブの縁を掴んでいた右手が、ぱしゃりと水に沈む。
感覚がある。間違いなくこれは自分の体。
とはいえ十七歳女子の裸を許可も無しに勝手に見るのはマズい気がした。
かたく目を瞑り、四方八方から伸びてくる手に耐える。メイドの手つきは意外に遠慮がない。人を世話するのに慣れている、そういう動きだ。
「ひゃっ!」
その内の一つがきわどい場所に触れ、思わず声が出た。
女以外のなにものでもないそれに動揺してしまい、たまらず浮いた体が近くのメイドにそっと押し戻される。
見た所元の自分と同年代、メレーヌであれば一回り年上であろう優しそうな女性。
柔らかな笑みと雰囲気に、少し気持ちが落ち着く。
「いやだ、お湯を跳ね散らかさないでよ」
唐突に投げつけられた言葉は、離れた場所に立っていたドレス姿の女性から。
これが侍女というやつなのだろう。使用人に比べると着る物が上等だ。
しかし何故か憎々しげに睨まれる。はあ? なんだお前、メイドさんでもないのに人の風呂に勝手に入ってくんなや。
「ご実家とは違うのよ。嫁がれた以上、ルデュク家に相応しい振る舞いでなくてはね」
さっきまで大人しく後を着いてきたのに、態度が違い過ぎるだろ!
これが女のやり方か。男もネチネチ粘着質なのがいるが、女の外見で言われるとそれはそれで心臓に来る。感情がストレートなんよな。
ぽかんと見上げるメレーヌを一瞥し、馬鹿にしたように笑う女には、明らかに悪意がある。
メレーヌは実家から侍女はおろかメイドさえつけられなかった。
不器量な次女には使用人すら期待していないという事だろう。伯爵家から侯爵家へ嫁ぐというのに、誰も着かねえとか正気か。
それがおかしな事だという自覚はあったけれど、親に頼む事も、誰かに相談する事もメレーヌは出来なかった。
彼女の孤独は根の深いもので、環境が変わっても周囲はもちろん、彼女ですら対応できなかったのである。
その事をファブリスがどう受け取ったかは知らない。
忙しい彼は家の事は家令に任せているのかもしれない。とにかくメレーヌの為にルデュク家は幾人かの侍女を雇い、ここでの暮らしを補佐してくれるという説明だった。
ぼんやりと霞んだようなメレーヌの記憶が、そんな事を伝えてくる。
金髪に緑の目をした侍女は、メレーヌよりも背が高い。
胸はやや残念だが十分に美しい。コルセットで締め上げた折れそうな細い腰といい、並んで立っていたらこっちが奥様と誤解されそうだ。
しかもメレーヌの事をあからさまに見下している。若干の嫉妬も──ひょっとしたらこの家の主人に思いを寄せているのかもしれない。勤め先にロマンス求めるタイプ? めんどくせー女だな。
メレーヌであればその露骨な態度に傷ついたかもしれない。
しかし意識上は男、更に現代日本の感覚が抜けないもので『女って怖ぇ』『つか雇われてんなら仕事しろよ侍女なめんな』くらいしか思わない。
大体人を見て態度を変える人間は信用できない。部下としても上司としても願い下げだ。
こんな高慢な態度では下の者への態度は推して知るべし。場に余計な不和を生じさせるトラブルメーカーと見た。
かろうじて舌打ちを飲み込み、それでも思わずため息を吐いてしまう。
こいつ面倒臭い上に俺にとっては敵でしかないんだが。
仕事上の関わりと仮定して、こっちとしても目に余るなら注意はするが、躾け直す程の手間はかけたくない。
家にいるのも嫌なのに、それが私生活まで一々着いてこられたら……本気で嫌いになってきたぞ。
思いがけず大きな音となったため息は、部屋の空気を凍り付かせた。
生意気な顔を見上げ、できるだけ冷静を心がけて言う。
「不満があるのなら此処にいなくて結構よ」
開き直って見返すと、女は目を見開いた。
反論されると思っていなかったのだろう。あからさまに動揺し、何か言おうと口を開いたが、言葉が出てこないようだ。
「それで? どうするのあなた」
名前を知らんのよ。適当に言うしかないんだわ。
だが名を呼ばない事で『オメーなんか眼中にねえけど?』的なニュアンスが伝わったらしく、女の顔がさっと紅潮する。
「なっ……」
絶妙なタイミングで年嵩のメイドが咳払いをする。
女はむすりとした顔のまま身を翻し、足を踏みならして部屋を出て行ってしまった。
「……ふう」
態度の悪さに思わずため息が出るが、意外にも場の空気は悪くなかった。
多少あたりがキツくなってしまったが、これで正解のようだ。
体や髪の手入れをするメイド達は安心したように作業に集中している。
なるほど、家の中にも序列があると。
仮にも伯爵家から嫁いできた嫁と、雇われた侍女では明確にメレーヌの方が立場が上らしい。
言葉や態度にしなければならないのは慣れないし面倒だが、その方が此処ではうまく回ると見た。後輩指導みたいなものかと、そう思えば面倒でも避けては通れない道だ。
見た目はかわいらしい娘さんなのになあ。結い上げた金髪の、うなじの辺りの毛がほつれてるのなんか結構色っぽくていいよな。
男の意識のせいかどうもこの体が自分であると実感がない。
まるで夢の中にいるようだ。
湯から上がり、クリームやオイルを塗られ、ぐらぐらと揺さぶられるせいで余計ふわふわする。
丹念にもみほぐされた後、レースの下着と薄物の夜着を着せられた。
え、これだけ? と思った頃には既にメイド達は退出済みであった。
「うええ……」
いよいよ準備が整い、一人部屋に残される。
誰もいない部屋。
蝋燭の明かりを頼りに立ち上がり、ゆっくりと歩を進める。
逃げ出せる可能性は万に一つも無いが、窓が開くかだけ確かめさせて欲しい。一応地面までの距離も見ておくか。
だが途中にある大きな姿見の前で、俺の視線は釘付けになった。
鏡に映る自分の姿。
俺、いや、メレーヌ、俺?
この体、なんて──なんて、
「嘘だろ俺、すっげえエロい」
地味で平凡な容姿を散々嘆いていたメレーヌ。
しかしメレーヌちゃんはとんでもないどすけべボディの持ち主だった。
飛び出すロケット乳、くびれた腰、でかい尻。
見ているだけでない筈の股間が熱くなるような。
「うおおおっ!」
こうなると話は違ってくる。
コンプレックスの癖毛はセクシーなカーリーヘアに、眠そうな瞳は滴るような色気を漂わせ、到底十七歳の眺めではない。
浮いたそばかすさえ色っぽく、たまらず胸をわしづかみにしてしまった。何というボリュームとハリ! これは十七歳! つーかこれで十七!? 将来有望すぎる。
「やっべぇ……」
おいおいメレーヌちゃんクッッッソ俺の好みなんだが~?
花嫁衣装も普段のドレスもでかい胸潰して首元までぴっちり仕様だったから気付かなかった。すっげえよこれ。もはや芸術だろこれ。
思わず立ち止まってポーズを取る。
腰をくねらせた俺はその場で悶絶した。我ながらなんて大胆な。
この罪作りなプロポーションよ!
でかいがきゅっと上がった丸い尻、やわらかそうな太もも、形の良い脚。
世の女性は必死で細さを追求するが、男としてはこういうのメリハリのある体がたまらない。背中から尻から足にかけてのこの曲線。胸を張らずとも突き出す巨砲二つ。支えが要るんじゃないかと両手で掴むと、いともたやすく形を変える柔らかさ。
つーか形がエロい、神。神おっぱい。
鏡の中の体をうっとり見つめる。
これを好きなだけ触れるのはヤバい。
悪戯心でちょっと揉んでみた。
「わお」
思ったよりくすぐったい、けれど続けているとクセになるような感じもする。
鏡を見ているとめちゃめちゃエロい気分になってきた。自分なんだけどな! でもこれは見るだろ、男なら視線外せねえよ。
「はぁはあ」
くそ、なんで俺は此処にいないのか。
鏡の前で息を乱し、身をくねらせ下唇を噛みしめるメレーヌに視線は釘付けだった。
目の前にこんなにイイ女がいるのに。いっそ見抜きでいい!
しかし三十二年来の相棒は今ここにない。
「ハッ!」
棒が無いって事はつまり別のものがあるって事だよな!?
性欲の高まりを感じるぜ。
「フヒ、ヒヒヒ……」
下を向くが胸が邪魔で股間が見えぬ。いやでけえ! 何カップあるのコレ!?
もう勘弁ならん。そっと細い指を滑らせる。
「わわっ……」
元の体のような直接的な刺激ではないが、きっと触れ続けたらどうにかなるんではないか。
期待に胸を膨らませて目を閉じた時、部屋の扉が開いた。
「きゃああああー!」
女の声帯を通したせいか、やけに可憐な悲鳴だった。
完全に不意を突かれ、あらんかぎりの悲鳴を上げて後ずさる。
「一体どうしたのだ」
「いやっ、来ないで!」
ノックもなしに入ってくるのはマナー違反だぞ!
せめて声をかけろどういう教育してんだ親は! ……と怒鳴りたい。切に。
プライベートタイムに不意打ちはありえないだろ。慌ててセクシーボディを隠すがメレーヌのスタイルが良すぎてこの細腕では全然隠せていない。溢れんばかりのこの肉感、自分の体なのにドキドキする。
「何を言っている?」
逃げようとした俺の前に、旦那となる男が立ち塞がる。
あの豪華絢爛な花婿衣装ではなく、質の良さそうなガウンを着て髪も下ろしている。すっかりおくつろぎモードじゃねえか。
揺らめく蝋燭の明かりでぼんやりと浮き上がった男の怪訝な顔。しかし旦那だろうがこのエロボディを触らせたくはない、だって中身は俺だから!
しかし結婚した花嫁と初夜を迎えるべくやってきた男をどう帰せばいいのだろう。
悩む間にも消臭剤みたいな名前の男はズカズカ寄ってくる。ちょ、おま、待てや!
「馬鹿な事を」
馬鹿はお前だ見んなバカ!
なんとか距離を取ろうとするが、肩を掴み、腕を取ったファブリスが固まった。
「きゃっ」
支えを失い、こぼれ落ちる二つのかたまり。
レースの下着とうすい布でしか覆われてない爆裂巨乳が、遂に晒されてしまった。
もうぼろんって感じのこぼれ方で、他人事なら俺とて身を乗り出していただろう。
ほぼ裸、いやいっそ裸よりいやらしい。
式では澄まし顔のファブリスくんもこれには驚き、無言で俺の胸部を凝視している。
国の中枢を担う敏腕宰相様ですらこのザマだ。この乳で王国征服できないか?
まあ宰相だって男だもんな……いきなりこんな最終兵器を前にしたら誰だって思考止まるわなと納得。動揺が顔に表れまくっているのがちょっと面白い。
「いや」
だがいい加減恥ずかしい!
男であっても男に体を見られるのは嫌なのだ。しかも今自分は妖艶な女性の体。
気持ちは分かるがジロジロ見まわさないで欲しい。ファブリスくんのえっち!
「……」
クソ、視線が強いし離れない。
気持ちは分かる。息するだけで揺れる巨乳、自分の体じゃなかったら顔を埋めたい。乳ダイブは男のロマン。
しかしされる側となると、これは結構な恐怖である。
ろくに知らない男を受け入れられるかというと……まず男の時点で無理だし、怖いし、なんとか初夜は回避したい。
「見ないで……」
ああああちょっと間違ったかも。
目の前の男の息が乱れ、目にぎらついたような光が宿る。
メレーヌのキャラ的に精一杯の訴えであって他意はなし! いやよいやよも、じゃなく本当に嫌なので。
だが予想に反し、ファブリス氏は言葉通りに目を逸らし、深呼吸を一度して引き下がった。
「お前を抱くつもりはない」
「……へ?」
ななななんですとーッ!
嘘だろここに来て大逆転大勝利? 俺あんな目やらこんな目に遭わされなくて済む?
「この結婚は形式的なもの。現状どの相手を妻に迎えても国内のバランスが崩れてしまう。毒にも薬にもならないシムノンの娘よ、これは致し方ない処置なのだ」
「やったあああああ! えっうそ神様ありがと~~~! 募金箱に一万入れてくる!」
ぴょんぴょん飛び回る嫁をあっけにとられた顔で見つめる旦那。
部屋を一回りした俺は、無駄にでかい男と強引に肩を組み、親指を立て笑って見せた。
「話がわかるねキミィ! 流石若くして宰相様ですよあまりにもご慧眼すぎますうへへへへ。いや俺もね、これっぱかしもそんな気ないから超助かるわありがとね!」
「は?」
思わず元の口調がもろ出しになってしまったが、形式的にも結婚したんだから最初に言っといた方がいいかもしんない。
だって向こうだって夜の生活ナシ希望なんだろ? これって貴族家当主の弱みだよね?
取引完了ありやとやんしたー。
「俺はそれで全然構わないしむしろありがたいんだけど。ファブリス君的には他に希望とかある? 表向き奥さんとして頑張っとくわ」
「……随分と態度が違うな」
「まー色々あるっつーわけよ。美人の姉と美少女の妹に挟まると色々大変なんだよね。でもこの結婚のおかげでクソ親父の不快な面見なくて済むから結果的に万々歳だわ」
勝利! とVサインを出すと『はしたない』と額を押さえていた。
どうやらこっちの世界ではあまりよろしくないみたい。
「貴族の女なんて一皮剥いたら化けモンだから」
「それはわかるが、想定外の化け方だった」
「おっ宰相様の意表突けちゃった感じ? やるじゃん俺」
うーん、はしゃいでるな。
でも目覚めたら女でいきなり結婚式からの絶望初夜、しかして神回避よ? 奇跡にも程がある。
「シムノン伯とは険悪なのか?」
「知らんけど向こうが一方的にキツくあたってくる。器量が悪いだの愚かだのろくに使えないだの、いやお前に言われたくねーよ! どんなクソ経営したらあの領地で借金する羽目になるんだ馬鹿なのか。優秀な領民に地場産業に鉱山もあってここ十年目立った災害もないむしろ有事には支援に回る側だと思うんだけどなんか無能。無能当主」
「……ふむ」
「どうせ女だからって見下してんだろ。でもその女だってお前のガバ経営の穴には気付くから! 領民の為にもうちのオネーサマにはどうにか優秀な婿迎えてもらってさ、とっとと引退して欲しいんだけど、オネーサマもお花畑なんだよね……馬鹿に経営させても利益なんて出ない上使い込むから下手したら二十年もたないかも」
やべ、うちの領お先真っ暗?
妹はまだチョロチョロしてる年齢なのでわからない。甘やかされてるからなあ。でもまあ姉よりマシか。
「だから親父から何か言ってきても無視していいぜ。俺もそうする」
「既にいくつか話が来ている」
「やめとけやめとけ! アホだからろくに精査もせず紙に書かれた金額だけ見るんだ。それも都合のいい数字だけ、下にちっっっちゃく書かれてる奴は読まないよ」
「フッ、そうだな」
契約書あるあるだよな。細かく長く書いて読むのを諦めさせるパターン。
「私もよく使う手だ」
「おぬしも悪よのう……ま、その辺は読まない奴が悪いよな。しつこく言ってきた時は俺のたいしたことない持参金使えばいいんじゃない? あいつどうせ数年で戻されるとか言って持参金倍にして取る算段してたから。クソ、思い出したら腹立ってきた」
「いいのか? 仮にも父親だろう?」
一応育ててもらった恩みたいなのをメレーヌ『は』感じている。
俺? 無関係。当然一切情はない。
一番キツいのは、男としてまったく尊敬できないって事だ。父親としてだけでなく、人として。オカンの尻に敷かれてるうちの父ちゃんより情けないぜ。
能力がないのに手を伸ばす。
馬鹿なのに人の話を聞かない。
請けた恩は忘れるくせに逆の場合はしつこい。もう取引絶対したくないタイプの馬鹿社長なんだよ。シムノン家って建国当初からのそこそこ名家のはずなんだけど、親父が継いでからあからさまに落ち目だよね。
「貴族に土地与えるのって最低限余所から守る名目だろ? 背後に山抱えてるからって油断しすぎ。しかも国境守護ってもらってるダイバル爵に協力するどころか嫌がらせしてるからな。あの山抜かれて穀倉地帯荒らされたら死ぬの自領なんだけど」
この辺りの事情はメレーヌがよくまとめてくれていた。家庭教師にレポート提出したらしぬほど怒られて即暖炉に投げ込まれたけど。
十三歳でこれを書けるんだから、メレーヌは優秀だ。
視野が広く貴族特有の偏りがない。メレーヌが婿取ったら最強だったかもね。でもその芽はもう摘まれてるんだよなあ。
「しかも王都まで一直線に街道が敷かれてる。跳ね橋や城の補修の財源もこっそり投資につぎ込んでやがるから、動くかどうかもわからない」
ファブリスの目つきが変わった。
ゾッとするほど冷たい目をしている。対象が俺ではないのでセーフ。
「つまり何かあったら是が非でも止めなきゃならないが、親父腰抜けだし戦じゃ役にたたねーぞ。使えない当主据えても国力落ちるだけなんで、ここは……放置してやらかした後に始末する?」
「ククッ……」
うお、なんだいきなり。
急に悪の宰相ムーブかますなよ。うっかりメレーヌの顔にも影が差しちゃうだろ。
「近頃国境の辺りがきな臭い。帝国も代替わりで多少ごたついたからな。その勢いでこちらに来られては困るのだが……据え置くとしたら軍人か? 頭の方は補佐をつければなんとかなるか」
「誰かいいやついる? ダイバル男爵と顔合わせも込みで」
「検討しておこう」
目先の金に惑わされ、結婚を認めた時が親父の最後だ。
恨むなら己の無能を恨め。仕事しない上司は要らないんだよ。
「とはいえお前の姉の意向も気になる所だ。男の好みを知らないか?」
「姉貴顔はいいんだけど男を見る目が無くてな……」
大体の男は顔で釣れるが、その中から一番ろくでもないのを選ぶのがイザベルだ。
役者崩れに子爵家の庶子とかいう生粋のヒモ、旅芸人の時もあったっけ。
「流石にあんたが来た時はぽーっとなってたけど、元々の好みは正反対の駄目男だ。大抵だらしなくて女好きで、人生に挫折して酒に溺れてる」
「妹のお前に言うのもなんだが……酷いな」
自分に寄ってきた中でも特にダメなやつを世話して依存させるのが好きなのだ。
だがあくまで『イザベルがいないと生きていけない』という心持ちでなくてはならない。少しでも調子に乗ると捨てられる。ペット扱いである。
姉なりの基準があるらしく、浮気はセーフだが浮気相手に養われるのはダメ。服や装飾品を買ってもらうのも。手垢が付いた気がするんだろうか?
調子に乗った挙げ句捨てられる男を散々見てきた。
姉は悲劇のヒロイン気取りで一月ほど落ち込むが、また次の犠牲者を見つけてくる。
「癖が強い」
「なんで『当主の座ゲットしたら美人がついてきた』くらいのテンションの男がいいかもな。イザベルはチヤホヤされるのに慣れてるから、『おもしれー男』路線でいけ」
「なんだそれは?」
「他と違う反応をして興味ひけってこと。男でもあるだろそういうの」
「成る程。今がその状況という訳だな」
「お、おお」
なんだお前、にじり寄ってくんな。
近づかれる分後ろに下がると、とうとう壁に背がついてしまった。
「なにしてんの?」
「気が変わった」
「えっ……ギャー! なにすんだてめえふざけるなこの」
迫る顔を手のひらでばちんと打ち返すと、不満気な眼差しが注がれる。
「話が違うじゃねえか!」
「女性とここまで話が通じるとは思わなかった。会話が出来るのであれば夫婦としてやっていけるだろう」
「そういう理由!?」
ファブリスの婚期が遅れていたのは忙しさではなく、会った女とろくに会話にならないという、根本的な問題であった。
「私が話し出すと大概の女性は意識を何処かにやってしまう。後から聞くと何も覚えていないと。失礼だと思わないか?」
「大体顔のせいだろ! あと声な! ンな低音ボイスでボソボソ話されたら男でも意識飛ぶわ!」
「君とはこうして話が出来ている」
「絶対やだ! 男は無理!」
体は女だけど心は男。このままだとBのLになっちゃう!
式のキスだってあれだけ辛かったんだぞ。
「君は女性が好きなのか?」
「当たり前だ! おっぱい大好き!」
「……ふむ。娶らせる事は出来ないが、意中の相手がいるなら愛人にして構わない」
「ふぁっ!? い、意中とか、そういうのはいないんだけど」
思いがけない展開だ。女の子と仲良くしてOKってこと?
なんて話のわかる旦那様。俺おまえのこと好きかもしれん。あ、そういう意味じゃないです。
「あの金髪の侍女の子……とか?」
「アリスの事か?」
「アリスちゃんって言うんだ、へえ、可愛いね」
あのうなじ、なめまわしたい。
すごく嫌がるんだろうな、興奮してきた。
「遠戚の娘だ。婚約者が決まらず行き場が無いというので侍女として雇ったのだが」
「それひょっとしてあんたの嫁候補だったんじゃ……?」
「興味が無い」
ひどい! アリスちゃん振られてるじゃん! よしよし慰めてあげるからねぐへへ。
「構わんぞ。あれなら家の中で片付く。余所に漏れる事もあるまい」
「すげえ、旦那公認であんな可愛い愛人持てるなんて、人生の絶頂期かな?」
「だが跡継ぎは産んでもらう。それが条件だ」
「ゲッ」
すうと目を細めた男の、背後に冷気が立ち上る。
平穏無事な結婚生活の条件。可愛い愛人が……だからって子供……でも実家には死んでも帰りたくねえし、っていうかそのうち親父が社会的に死ぬ。
俺、詰んでね?
「うーぇええ……あー……ぅうん……」
中身男って教えた方がいい?
でもこいつの場合『それがどうした』で済ませそうな気もするんだよな。やだなあ、男とどうこうなるなんて。
「何も今すぐという訳じゃない」
一生唸る俺を見て、ファブリスは苦笑した。
「今君がすべき事は、ルデュク家の女主人としての振る舞いと、私の社交の付き合いだ。なるべく減らしているが、年に数回ある」
「数回で済んでるの奇跡だろ」
貴族の当主ってそんなもんじゃないぞ。
国王より仕事してるから仕方ないのか?
「家の事はまた相談しよう。他にも色々と意見を聞かせてくれ。君と話すのは楽しい」
「それはいいけど……」
こうしてなんとか夜のおつとめを回避したい俺と、『愛人を認めるから夫婦生活を受け入れろ』と主張するファブリスの、戦いの火蓋が切られたのだった。