第四話 スズラン2
「さて…どうする」
スズランを作業台に並べ、舞さんと私は迷っていた。ちなみに竜さんは店頭にいる。
「こんなに多いとスズランわき役にはできないなあ…スズランメインで白い花束にしよっかな」
そういって舞さんは冷蔵庫の中をあさり始める。ちなみに冷蔵庫の中にはもう開花してしまって店頭に出せない、いわゆる廃棄になってしまう、もしくはドライフラワーになるような花も眠っている。どうやら廃棄になる予定の花を練習台にするつもりらしい。
「橙田ちゃんはスズランをどんな花束にしたい?」
「どんな、花束…」
「花屋さんってね、お客様のどんな花束にしたいかっていうのを具体的に、抽象的に、その人に合わせて作るんだ。だからこそ難しいけど、自由なの。極論だけど、最終的にお客様が笑顔になればいいの。」
だから、聞かせて?そう言って舞さんは笑顔でこっちを見た。
「スズランは、花屋さんでは嫌われてるかもしれない…でも、そんなスズランを私は主役にしてあげたいです」
「……上等!じゃあどうすればスズランは主役になれるかな」
舞さん、学校の先生みたい。舞さんはきっと答えを知っていて、頭の中で花束が完成している。けど、私には答えは教えない、あくまで、導く。私が私なりの答えにたどり着くための道と、ヒントをくれる。
「スズランの白が目立つようにしてあげたいです。お花が小ぶりだから大きなお花が入っちゃうと目立たなくなっちゃう、でも、小さな花でも似たり寄ったりになっちゃうな」
「橙田ちゃん、スズランは一輪じゃないよ」
「……スズランを多めにして、大きな花をちょっとなら、スズランが目立つ…?」
「いいね!試してみよう!こういうのはね、頭で考えるのも大切だけど実際にやってみて目で見てみると案外まとまるのよ。服と一緒。一見微妙だったけど試着してみたら案外良かったり、その逆もあったり。お花も一緒、失敗を恐れなくていいの、作り直せばいいんだから…まあお盆とか母の人かみたいに忙しい日は作り直すのって難しいけどね」
繁忙期を思い出したのか少しだけ笑顔が曇った舞さんと私、思い出すのはやめよう。
「さて、ここのゾーンの花は店頭に出さないお花ちゃん。橙田ちゃん!自由に使っちゃって!!」
「はい!」
「「……できたあ」」
あの後、散々迷って、散々組み直した。花を選ぶのは当然なんだけど花のバランスを考えながら組むのが信じられないくらい難しいのだ。これは相当のセンスと慣れと練習が必要そうだなって思った。
「にしてもパステルカラーのガーベラとは…ガーベラって濃い色のイメージが強いけど優しい色で使うとこんな風になるんだね…勉強になったわ」
興味津々、と言わんばかりに私の作った花束を見る舞さん、舞さんの作る花束に比べたらお粗末なものだし恥ずかしいのであまり見ないでほしい
「せっかくだし竜さんにも店に行くよ!」
「その花束を?」
ソノハナタバヲ?今、多分だけど舞さんが一番恐れている声が聞こえたんだと思う。私は恐れる必要はないはずなのになぜか後ろが振り向けない。
「舞、説明せえ」
あ、舞さん終わったな。そして私と竜さんも巻き添えをくらうのだろうな、頭の片隅でそう思った。
「で、なんでスズランがあるんでしょうか舞さん」
「…花壇に、いました」
「ほおん……今年はスズランは全部駆除したって自信満々に言うとったの、どこの誰や」
「私です」
「んで、体よく橙田さんに押し付けたっちゅーことやな」
「否定できません」
なんだか尋問みたいだな、というかこの花束どうしよう…
「橙田さん」
「は、っはい!!」
「花束づくり、どうだった?」
さっきまでの般若みたいな顔つきではなく、いつも通りの優しい表情でこちらを見る店長さん。よかった、私は怒られてないみたい。ってすごく失礼な考え方をしてしまった。
「難しくて、楽しかったです」
いっぱい迷った、自分の気持ちと向き合って作るのは、難しかった。自分の気持ちですらこんなに難しいのに、人の気持ちを考えながら花束をつくるってどれだけ難しいんだろうって思った。でも、それと同時に主役を考えて、バランスを考えて、なんだか小さい頃を思い出して楽しかったのも本音である。
「その花束、俺にも見せてよ」
「初めてで、不器用ですが…」
「それでもいいの、見せて?」
おずおずと差し出す。あんな綺麗な花束を作る人に見せるなんてとても恥ずかしい。見せられたもんじゃないでしょこんなの
「綺麗だね、スズランがの白くて、小さくて、普段はわき役のはずなのに主役に見える。優しい花束だね。橙田さんの思いが詰まっててとてもいい作品だと思うよ」
「でしょ!やっぱ一期もそう思うよね!」
「静かにせえや。そもそも舞がちゃんとスズランを駆除しろって話だろ」
「大変申し訳ございません。」
「…来年は徹底的にやるぞ」
「うっす」
「てことで、舞はもう上がりの時間とっくに過ぎてるし、旦那と子ども待ってるだろうから早く帰れ」
「うっす…じゃあ橙田ちゃん!お疲れ様!!」
先ほどまでの小さく絞られていた舞さんはいつも通りの快活な舞さんに戻っていた。というかむしろこっちの舞さんの方がこちらは見慣れているのでありがたい。
「……その花束、ほんとうによくできてると思うよ。初めてとは思えないくらい。」
「でも、まだまだです。店長さんや舞さん、竜さんみたいに丁寧に早く作れないので」
「それは回数積めばなんとかなるよ、技術がちゃんとついてくるから、それよりも俺はそのセンスが天性のものだと思ってる。きれいで、上手だね」
「…ありがとうございます!」
褒められてるはずなのに、なんで店長さんはこんなに暗い顔なんだろう、すずらんのことよっぽどショックだったのかな
「あ!てか橙田さんも上がりの時間じゃん!ごめんね気が付かなくて!もう退勤して大丈夫だから!」
「え!?あ!じゃあお先失礼します!」
時計を見ると確かに今日の退勤時間はとうに過ぎていたので、あがることにする。明日は一限から授業なのが辛いなあ。
「竜さん、橙田さんの花束な…あいつの作る花束にそっくりだったよ」
「そりゃあ見たかったな」
「………センスあるんだろうなあ」