第四話 スズラン1
「暇だねえ」
「暇ですね……」
無事に母の日も終わった週半ば、今日は授業変更で大学が休みなので一日中バイトである。ちなみに今日は開店から閉店までのシフト。今日は竜さんは遅番で今は舞さんと二人である。まあそんな舞さんも夕方になれば帰ってしまうのだが。
「……暇だね」
「暇ですね」
今日はこれしか言っていない。近隣に住んでいる常連さんだって毎日通ってくれるわけではないので当たり前なのだが。
「……そうだ!花壇の雑草抜けって言われてたの忘れてた!」
そういって舞さんはバタバタと外に飛び出していった。ちなみに今日は店長さんはお休みである。と言っても店長さんの家は二階にあるので休みだけど休みじゃないような感じがするのは私だけなのだろうか。まあ今のところ出てこないので問題なく休みを過ごしているのだろう。なんて考えながら私も外に出る。申し訳ないけど今の私は給料泥棒と言っても過言ではないくらい暇なのだ。手伝った方がこの罪悪感は消える。
「舞さん、何か手伝うことはありますか?」
「あ!ちょうどよかった!ちょっと困ってたの!」
そういわれたので花壇を見ても特に変わった様子はないような…あ、スズラン
「スズラン生えちゃって…除草剤撒くにしても他の花にもかかったら枯れちゃうな…でもこのままだと…うーん……」
「スズラン、このままにしちゃだめなんですか?綺麗だしそのままでも問題なさそうですけど…」
四季折々の花が咲く店の花壇は今、春の花としてチューリップが咲いている。そこにアクセントのようにある白いスズランの粒たちは花束のカスミソウたちのようで可愛らしく、チューリップの邪魔をしているようにも見えない。
「スズランね、すっごい繁殖力なの、そうやって放置してたら痛い目見るわよ。いやあ去年ちゃんと駆除しきれてなかったか…今年もなんだかんだ母の日ですっかり花壇の手入れサボってたしな…どうしよ、これ一期にばれたら怒られるな、去年やったの私だし」
「だったらいっそのことスズラン畑にしちゃうとかどうですか?」
「ちょっとそれもね……」
どうやら並々ならぬ理由があるらしい。そういえば確かに、うちの店では切り花でチューリップは売っているけど鉢植えでは売っていない。そこにも何か理由があるのだろうか。
「いやあまいったね…どうしよ、一期に言ったらさすがに怒られるね…竜さんに相談かな…ちょっと残業して、竜さんも花壇サボった同罪として…」
どうやら舞さんは連帯責任にするらしい。そんなに重罪なのこの花。
「スズラン、そんなに害悪なんですか?」
「うん、見てるのは可愛いし花言葉も可愛いし、ゲームだといい環境の証拠だったりするけどさ、実際は結構害悪でさ…数年放置するだけであたりがスズラン畑になっちゃうし、本体だけじゃなくて根っこの球根ごと取らないとまた生えてくるし、毒もある。ほんと困ったちゃんよ。」
「へえ……」
「まあよくあることよ、とてもきれいな女の子の友達が実はとんでもなく性格が悪かった。みたいなね、しかも清楚系で人を嫌うってことを知らなさそうな菩薩みたいな子ほど悪口がとんでもない、みたいなもの。」
「……経験あるんですか?」
「そりゃあね!伊達に長く生きてないわよ!この花屋以外にも勤めてた経験あるし、子どもを産んだらママ友とか保育園とか女社会で生きていかなきゃいけない。そういう時はいかにも性格悪そうな女よりも性格よさそうな女に注意よ。」
スズランの話から人生経験の話になってる…でも確かにそうかもしれない。実際に私が前にいた大学のサークルは、いかにも性格が悪そうな女の子よりも優しそうな清楚な顔をした女の子の方が陰湿だったし男の取り合いをしていた。私も目をつけられたことが一瞬あったけど男の先輩に興味がなかった、というか好みではなかったのであまり近づいていないことが分かられたとたん眼中にないです、といった扱いをされた。まあそんなことがあったのも一つの要因でサークルを抜けたのだけれども…
「まあそんなわけで、この子をどーするかだね…他の雑草はまあ抜けばいいとして、こいつはなあ…抜いてもまた来年増えて生えてきたらやだな…でも掘ったときに他の花も一緒に掘れちゃいましたなんてこともあったらやだし…うーん」
どうやらスズランは相当根深い問題らしい。
「どうしよ、やっぱ竜さんに相談しよう、うん。そうしよう。私がちょっと残業すればいいだけだし。旦那にはちょっと忙しくて帰り遅れるって連絡すればいいだけだし。」
「そんなに深刻な問題なんですね」
「うん。どうやってこのミスを一期にばれないように処理するかってのが問題よ。もし来年花壇の世話が一期だった場合、私と竜さんはすっごく怒られるわ。それだけは避けないといけないのよ。」
「問題点そこなんですね」
「当たり前じゃない。もし来年も花壇の担当が私だって知ってたら今年は葉だけ刈って来年土事耕して除草剤ばら撒きまくって球根探すわ。」
どうやら舞さんは意外と雑らしい。
「それに今年掘り返したり除草剤なんて撒いたら他の花が枯れちゃって見栄え悪いじゃない。だったら葉だけ刈るわよ。それに、この花壇低いから万が一お散歩中の子どもがスズランに触ったら怖いのよ。しかもそんなことする年頃なんて何口に入れるかわかったもんじゃないし」
訂正、舞さんは雑だけど気配りができる人らしい。
「てことで、竜さんがくるまでに策を考えつつ他のことしましょ、例えば…そこの鉢植えにいる青虫の処理とか…」
「お、めずらしいな、進藤の嬢ちゃん。旦那はいいのか?」
竜さんが出勤してきた。あの後なんだかんだ青虫と格闘したり、お客さんが来たりしてバタバタしていたのでもうそんな時間なのかと少し驚いた。
「あ!やっときた!もうそんな時間なんだ!?」
「やっと来たってなんだよ、俺は遅刻してねえぞ」
「違う違う!ちょっとやばくてさ、これがばれたら私たち一期に怒られるよ…」
「は!?ちょっと待て舞ちゃん、冬に散々探して抜いたじゃねえか」
「まだ残党がいたの!私もびっくりよ…」
「やべえな、あいつに胸張って今年は大丈夫だって言っちまったもんな」
あ、すごい目に浮かぶ。その光景を見ていないのにすごい目に浮かぶ。
「とりあえず残党をなんとかするしかねえ。とりあえず見に行くぞ」
「そうだね、見ないと分かんないもんね…本当に卒倒するかと思ったわ。」
「多分俺が舞ちゃんの立場だったら泡吹いて倒れてるぞ」
そんなに?あの植物、そんなに強いの?
「いい?橙田ちゃん。ここでバイトする時に気を付けなきゃいけないものは虫とスズラン。あとはカスミソウだからね」
「それはお前の独断だろ、俺はカスミソウよりバラが怖い」
「「あとはピンポンマム」」
ピンポンマムが怖いのは確かにうなずける。お盆前なのでそんなに頻繁に目にしているわけじゃないし仕入れのときに少し触ってる程度だけど花がとれそうで毎回ひやひやしている。
「まあそれ以外にも気を付けなきゃいけないことはたくさんあるんだけどな」
「冷蔵庫の温度管理とかね」
「食品じゃねえから衛生管理ってほどでもねえけど夏場は特に気い遣うんだよな」
だいぶ慣れてきたと思っていたけどまだまだ知らないことはたくさんあるらしい、まあこの二人がベテランってこともあるんだけどひよっこの私には難しい事と想像がつかない事ばかり。二人が冷蔵庫の温度管理は私はまだやってない。店長さんか舞さん、2人がお休みの日は竜さんにやってもらってるしバイトで新人の私には責任が取れない。店長さんはそんな難しい事じゃないよって言っているけど私には訳が分からない。店頭の冷房ならともかく裏の冷房なんてほんとわかんない。
「そんな話より、まずスズラン!」
「ああそうだった、とりあえず全部抜くか…」
「球根どうする気なの」
「冬に探すぞ、来年の花壇当番は俺が引き受ける。あと橙田ちゃんも道づれな」
「………はい」
「……粗方抜いたな」
本当に疲れた。私はまだ花をすべて覚えたわけじゃないので舞さんや竜さんに確認を取り、雑草なのか花壇の花なのかスズランなのか分からない状態だった。6月も間近のこの頃なので雑草の中にはきれいな花を咲かせているもある。そんなきれいな花が咲いていたら雑草なのか花壇の花なのか分からなくなるからやめてほしい。ミミズも出てきたりよくわからない虫が眠っていたり本当に大変だった。力仕事なのはもちろんなんだけど今日は体力より精神がやられた気がする……花壇の花覚えとこう。
「さて、今日の成果は」
「スズラン5本、雑草いっぱいです」
「橙田ちゃんは綺麗に抜いたな、俺なんか雑草ってわかった瞬間ぶちぶちにやったぜ」
「雑草ですが、きれいに咲いていたのでなんかもったいなく感じちゃいました」
「雑草にも名前はあるからね。雑草だから、じゃなくて雑草だけれどもの気持ちは素敵だと思うよ」
突如後ろから聞こえた声。舞さんと竜さんは多分一番聞きたくなかった声だろう。なんだか背中に敦を感じて私も後ろを振り向けないでいる。
「舞、竜さん。説明せえや」
「ほお、抜ききったと思っていたスズランが実はまだ生きてましたってことか」
竜さんはいつもの大きな体が心なしか小さく見えてしまうくらい縮こまっている。舞さんは開き直ったのかもはや仁王立ちの域である。ちなみに店長さんは椅子に座っている。よく竜さんに見下ろされながら説教できるな…私だったら怖くて説教やめちゃう。そこは上下関係がしっかりしていることと長年の付き合いとそれぞれの性格なのだろう。
「まあ、確認しなかった俺も悪いわ。長年の付き合いだし自信もって言われたら信用するしな…でもプライベートと仕事って別問題だよな…今回は全員悪いってことで喧嘩両成敗ってわけじゃないけど解決な」
「いや橙田ちゃんは許してあげてよ」
「いやそこは最初から怒ってないけど。そもそもスズラン駆除したの橙田さんが入る前だし。入る前のこと怒るわけないじゃん」
どうやら私はそもそもこの話には参加すらしていなかったらしい。
「ところで……橙田さん。せっかくだし雑草とスズランで花束作る練習してみよっか」