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いかないで染井吉野  作者: 花田 黎
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第三話 カーネーション2

「いらっしゃいませ、どのようなお花ですか?」

「え、と、今日、母の日って学校で言ってました。お母さんにいつもありがとうする日って言われました。母の日はカーネーションをプレゼントする日だって習いました。カーネーションください。」

「え、と、あ…」

どうしよう、聞かなきゃいけなことがいっぱいある、予算は?色は?そもそも私は花束を組んだことが無い、どうしよう

「お客様、今日は何円ありますか?」

「今日は、千円です」

「じゃあ千円以内でカーネーションを買いましょうね。さてお客様。カーネーションは色がいっぱいあります。お母様は何色が似合いますか?」

「お母さんは、いつも真っ赤なお洋服と、真っ赤なお口でお仕事行くので、赤が似合います」

「じゃあ、赤いカーネーションにしますか?」

「はい!」

「じゃあ、おじさんが作ってくるからちょっと待っててください。」

「うん!」

「橙田ちゃん、カーネーション三本、レジ打ちよろしく頼んだ」

「は、はい!しょ!少々お待ちくがさい!」


「合計で九八〇円です。」

「……あれ?お金…どこ……どこ…」

「どうしたの?」

「お金、なくなっちゃった。どうしよう、買えないよ。お母さんのプレゼント…どうしよう」

小さな鞄を、小さな手で握りしめ、大きな粒のような目にはきらきらとした雫を貯め、時折えずきながらこぼしていた。

「どうしよう、どうすれば、」

「かねがねえんじゃ売れねえ。心がねえって言われるかもしれねえが。そこはお客様だ。」

「でも、そしたらこの子は…」

「じゃあ、代わりに払うか?」

「……ごめんなさい、帰ります。」

「まって!一緒に探そう?もしかしたらおうちにあるかもしれない、来る途中のどこかで落としたかもしれない!きっとある!きっと買えるよ!」

「……ほんと?」

「うん!だから泣かないで?一緒に探そう?お母さんにプレゼントしようよ」

「……店番しとくから閉店までには帰って来いよ?」

「はい!」


「どこの道を通ってきたの?」

「ここ、まっすぐ。まっすぐ行ったら公園あるの、その先を右。」

「じゃあ、そこを見ようか」

「でも、早く帰らないとお母さん心配しちゃうから早く見つけて早く帰ろうね」

「お母さんは、心配しないよ」

「…え?」

「お母さんはお仕事に行っちゃうもん」

「でも、もう夜だよ」

「お母さん、僕がおうちに帰ってきたらお仕事に行っちゃう。お昼は寝てるの。お母さんね、大変なお仕事してるからお母さん寝てるときは静かにしなきゃいけないんだよ。でもね、お母さんがお休みの日はお洋服とおもちゃいっぱい買ってくれるの。だからね、お母さんにいつもありがとうしたいの。」

「…そっか」

子どもとは、時に健気で残酷である。平和な田舎、仲のよい両親。きっと私は何も知らない世界で過ごしてしまったんだろうな。

「……ない、お母さんにいつもありがとうできない。」

「まだ、探してない場所いっぱいだよ…公園も見てみようよ!」

「うん」


「あった!お姉ちゃん!あったよ!」

「よかった!じゃあお店に帰ろう」

急いでお店に変える、閉店時間ギリギリである。

「お、ぎりぎりだな、財布は見つかったか?」

「うん!あったよ!」

「そういって千円札を一枚出す。子どもらしいキャラクターの書かれた財布には、子どもが持つには似合わない額の札が入っているように見えた。

「…お客様、お金持ちなんですね」

「お母さんがね、これはご飯のお金だからご飯以外に使っちゃだめだよって言ってた。」

夜の仕事をしていても、子どもの教育はしっかりするタイプなのだろうか。それとも、この子が一度言われたことを律義に守る子どもなのか。私が子どもの頃にこんな大金を渡されていたらきっと無駄遣いするだろう。

「そうなんですね。では、これはお釣りです。ちゃんと鞄にしまったら商品を渡しますね。」

「うん。」

「では、こちらが花束です。大切に持ち帰ってくださいね。」

「ありがとうおじさん!」

「…橙田ちゃんはこの子を家に帰してやってくれ、夜が遅いからな、不審者に襲われちゃ花もこの子もかわいそうだ。」

「でも、片づけが」

「いいよ、今日は片づけはいつもより少ない。なんたって売れてるからな。」

「はい、じゃあ、行ってきます。」


「良かったね、買えて。」

「うん、朝になったらお母さん喜んでくれるかな」

「お母さんは今日もお仕事?」

「うん、お母さん、真っ赤になってお仕事行ったよ。」

「そっか……お母さんの事、好き?」

「大好き!僕はお母さんが大好きなんだ!」

「そっか、そっか…」

そうしていると、何かを探すかのように必死になって歩き、周りを見渡している女性が見えた。

「……あ、お母さん。なんで?」

こちらを見た瞬間、走ってくると、隣の少年が吹っ飛ぶのではないかと思うくらいバチンと大きな音が響いた。

「……どこに行ってたの!」

「え、と、」

綺麗な女性なのになぜか、その美しさも狂気に加担していて、美しさも醜さに変えていた。

「どれだけ探していたと思っているの!」

「ごめんなさい」

「門限も守れないの!?」

「ごめんなさい」

「どれだけ心配してたと思っているの!?」

そういうと女性は男の子を強く抱きしめていた。まるで宝物をとられたくない子どもだ。きっと少年の腕にあるカーネーションもつぶれてしまっているだろう。

「………ほんとうに、心配したんだから」

「ごめんね、お母さん。」

あんなに痛そうな平手打ちをくらってもなお幸せそうな顔の男の子、愛されているんだろうな

「……よかったね、じゃあお姉さんお店に帰るね」

「うん、ありがとうお姉さん、ばいばい」

「…ありがとうございました」

二人は手をつないで奥に消えていった。さあ、私も店じまいの手伝いをしなければ。

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