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いかないで染井吉野  作者: 花田 黎
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第三話 カーネーション1

「さて、今月は何がありますか」

「はい、母の日です。」

少しづつ慣れ始め、花の名前も覚え始めた五月の初旬。竜さんや舞さん、店長さんや常連の方に見守られながら、なんとかレジ打ちと水やりはできるようになった。まあ、花はまだ覚えられていないので花束づくりはできてないけど…

「そうです。母の日です。つまり、この前後はカーネーションがとてもよく売れます。」

「ふむふむ」

今は休憩時間ではないけどお客さんが来ていない落ち着いでいる時間。というか花屋は繁忙期以外は意外と暇な時間の方が多かったりする。舞さんは予約の花束を作っていたり店長さんは発注の書類とか諸々のことをしているので忙しそうにしていることの方が多いけど。竜さんはなんだかんだすぐに配達とかに行ってしまうし…私以外みんな忙しそうでした。でも店長さんは時間を見計らっては私に花について教えてくれるので大変ありがたい。

「さて橙田さん、カーネーションについて説明してください。」

「はい…え、と、カーネーションは一年中出回っていて、母の日に最も売れるのですが…仏花にも使用されて、えと、母の日に用いられる赤いカーネーションの花言葉は、母の愛、純粋な愛、真実の愛…で、どう、で、しょうか…」

カーネーションは白や黄色などさまざまな色がある。正直全部を覚えられる気がしない…

「母の日に合わせてばっちりですよ。よく覚えてきました。」

そう笑顔で手をたたいてくれた店長の様子に少しほっとしつつ、この知識でなんとかなるのか不安になる。

「そう不安そうな顔をしないで。当日は全員出勤するし、予約の花束は事前に作って奥の冷蔵庫に入れてあるし、値段と名前と電話番号を書いた予約表を貼っておくから安心してレジ打ちをお願い。」

はい…新人として過ごして三週間が経とうとしている。まだまだ新人なのはわかっているけど、こんなに無力なのが申し訳なくなってしまう。

「俺と舞は店頭でブーケづくり、竜さんは店頭補助と裏作業、橙田さんはレジ打ちと予約対応をお願い…まあお盆よりは暇だから安心して、むしろ新人にはちょうどいい肩慣らしだって思って。」

「いやお盆とは比べ物になるわけないでしょ。お盆は残業早番休日出勤、おまけに大量の臨時バイト達…花屋のお盆は福屋の初売り、ケーキ屋のクリスマスよ?母の日なんて比べものにしちゃだめよ。まず臨時を雇ってない時点でまだましな方なんだから。」

奥で予約の花束を作っていた舞さんが店長さんをどついた。店長さんの事こんな扱いできるの舞さんくらいだよ…

「確かに、お盆は思い出したくないよね…今年もあの人たちを呼ぶ季節が来たね」

「ほんと毎年お世話になってるからね」

「あの人たち…?」

「うん、俺のお友達が手をかしてくれることになってるんだ。みんないい人だから安心してね」

そういえば面接のとき、言ってたな…舞さんと店長の言葉を聞く限り、その臨時さんたちは大丈夫なんだろうけど、残業早番休日出勤という言葉だけ聞くと恐ろしいんだけど…

「そうそう、お盆前、お盆期間は授業とサークル以外はここにいるって覚悟でいた方がいいと思うよ…あ、もちろん学業が一番だしテストもあるだろうから……ほんと無理をしない範囲だけどいつもより多めにいてくれるとありがたいな…」

「え、と、まだ分からないんですけど、八月の前半は補修機関なので、多分大丈夫だと思います…サークルは、やめたので…問題ない、です…」

「「えっ!?サークル辞めたの!?」」

「え、あ、はい」

元々双子の友達になんとなく誘われただけだったし、なんか飲み会が多いし、私みたいな引っ込み思案の性格には合わないキラキラ大学生集団の集まりだったし…二人には申し訳ないけど合わないなって感じて辞めさせてもらった。二人には少しは止められたけど強制はされなかったし、今でも友達でいてくれるから結果オーライである

「じゃあ、ちょっと多く出勤できそうだね」

「はい、頑張ります」

「でもほんとに無理しないでね、私たちは橙田ちゃんが来てくれたことだけでありがたいから、やめられるよりお盆全然いない方が全然耐えられるから!ほんとに!ね!?」

「や、やめないですし、みなさんのお役に立ちたいので、頑張ります」

圧が……すごい圧…

「舞、橙田さんが怖がってるから、ね?」

「え、と、落ち着いて、ください…」

なんとかして舞さんを引きはがした後、少し興奮状態の舞さんを店長と私でなだめ、今日一日が終わった。


ということで母の日当日です。

「橙田ちゃん!お会計お願い!カーネーション二十本!」

「橙田ちゃん!これ!予約表!」

「これ、新しい桶、中身追加しておくからな」

花屋、行列でございます。運がいいのか悪いのか、まさかの母の日は日曜日。きっと午前から夕方まで混み、逆に閉店前はそんなにこまないだろうという店長さんの予想は今のところ的中。休憩できない可能性すらあります。

「お次のお客様、大変お待たせいたしました…予約のお客様ですね、橙田ちゃん!」

「は!はい!」

「予約の客様お願い!」

「はい!では持ってまいりますので予約表をお願いします!」


「……ふう、やっと一息って感じね」

「思ったより早く人の波が引いたね」

時間は四時半あんなに裏の冷蔵庫に合ったカーネーションたちはすっからかん。

「舞はあがりで大丈夫。竜さんと橙田ちゃんは休憩して、俺はその後休憩行くから。」

「でも、店長さんもだいぶお疲れじゃ…」

「大丈夫、橙田ちゃんも疲れたでしょ。まだまだ慣れない環境なんだから、少しでも疲れ貯めないようにしないと。忙しくなったら呼ぶから 」

「…わかりました」

店長さんのありがたい言葉を受けて竜さんと私は休憩に向かった。

「今日、橙田ちゃんは初めての繁忙期だけどどうだった?」

「すごい大変でした……」

「お盆はもっと大変だよ……あのショッピングモールにも花束を卸すから余計に花を作らなきゃいけないもん…お盆は一週間前から働きづめ、橙田ちゃんにも簡単な花束をいくつか作ってもらうことになるから頑張ろうね!」

そういった舞さんはそれじゃ!っと言って颯爽と帰っていった。あれが十年も繁忙期を乗り越えた主婦…パワフルさが違う……

「俺も何年も繁忙期を乗り越えたつもりだったが、いかんせん年齢かな…疲れがたまるぜ」

「竜さんはずっと力仕事とか配達とか、動いてらっしゃったじゃないですか…」

「まあ、俺は表にいると怖がられるし、舞ちゃんや一期くんみたいに綺麗な花束を素早く作れるような腕はまだない。」

竜さんの目は、私を見ていなかった。遠く、私より奥を、慈しむような眼で、寂しそうな目で見ていた。


「さ、お前も休憩してこい。昨日の夜からずっと働きづめだろ。休め。明日も営業するんだから」

「ありがとう竜さん、じゃあちょっと休んでくるよ。」

でも今日はしゃきっとしていて、ああ、この人まだ切り替えできてないなって思った。いつも休憩に行くときはいっきに疲れたような背中を見せるのに、今日は、まだ疲れちゃいけないって思っているような背中だ。

「ありゃ、休む気ねえな…」

「そうですね、私ちょっと様子見てきま」

その時、ガラガラとお店の扉が開いた。小さな子どもである。もう時間は五時すぎ。良い子はおうちに帰る時間である。

「あの…お花ください」

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