第二話 フジの花3
「………」
「………」
気まずい、非常に気まずいです。前に出るような性格じゃない、引っ込み思案にはレベルが高すぎます。てか竜さんは何読んでるんだろう……経済研究っぽいな、経済学の先生だったのかな?経済学の先生がなんで花屋?花の輸入とか経済に影響してくるのかな
「……橙田ちゃんはなんでここに応募したの?」
「え、と、家と大学の近くなのと、あと…雰囲気が良くて……」
「確かに雰囲気はいいな、ここは居心地がいい」
「りゅ、うさんは、なんでここで働いているんですか?」
竜さんは見た目でこそ勘違いされるけど頭もいいし性格もいい、きっとどこでもやっていけるだろう。
「あいつの師匠が俺の友達なんだ。大学の教授を定年で退職して、研究だけだと頭より先に体がダメになっちまうと思ってたんだ。そんで、ある日友達と飲んで、職を探してる、なんて話をしたら、ちょうど俺の弟子がアルバイトを探してるっつーもんだからよ。昔なじみのよしみで紹介してもらったんだ。それが三年前の話だな。」
「へえ……」
五年前………結構経っているような、まだまだ新人のような……
「橙田ちゃんは進藤の嬢ちゃん、舞ちゃんつった方がわかりやすいよな、もう一人の女性のパート。あいつとは会ったか?」
「はい、あの元気な……」
快活なお母さんって感じの人……
「あいつはなげえぜ、開店からいるからかれこれ十年はいるんじゃねえか」
長い…すごい長い…
「橙田ちゃんは大学の間だから四年間か…まあ俺がそれまでもつか分からねえけど、よろしく頼むな。」
「さ、さみしいこと言わないで下さいよ!もたせてください!」
人が死ぬのは恐ろしいことだ、一度知ってしまった人がいなくなるのは、余計に恐ろしい、何度体験してももう二度と体験したくないって思う。
「橙田ちゃん、そりゃあ無理だ。俺だってできないことが増えてる。もしかしたら明日突然車に轢かれちまうかもしれない。だけどまあ、そういわれちまったらなるべく元気でいねえとなあ」
そういって席を立つ竜さん
「さ、俺はやることがまだ残ってるからな、そろそろ一期くんも休憩しないと死んじまうだろ」
「へあ、は!はい!」
私もレジとか花を覚えるとかできることがあるはず。何かあったら竜さんに教えて貰ったりメモを見返すことだってできるし。
「一期くん、休憩。おまえ今日ずっと働きっぱなしだろ」
「ありがとう、でも橙田さんの…」
「とりあえず店内のことはさっき教えてるんだろ?まあいろいろ見て覚えることも大事だな、花の名前とか。それくらいだったら俺にも教えられる。あとは接客のときはレジだけやらせる。それでどうだ?」
竜さんがニヤッとしながら言うと、ふっと肩をおろし、一気に疲れたような顔になった店長さんはのそのそと裏に行った。疲れたような顔をすると老けて見える。誰だってそれは当たり前なんだけど、綺麗な顔をしていたから老けた顔が余計に新鮮に見えた。
「ってことで、花の名前だよな…苗のところは花の名前は書いてあるが、育て方とかを聞いてくるお客さんも多いからな、まずはそこから覚えるとするか」
大丈夫かな…覚えられるかな
「覚えた?……なんとか…」
途中、お客さんの接客もしながらだったけどかなり大変、覚えれてる気がしない。
「まあ今日だけで覚えろって言ってないしな、年中使う菊、バラ、カーネーション、カスミソウとかは覚えておくとこれから楽だと思うぞ、あとは入れ替わりするから意外と覚えてなくても何とかなる」
「はあ、そうですか…」
入れ替わりしたとしても覚えてないと大変だろう、接客すらまともにできない可能性だってある。竜さんだってとてもいい人なのだ、使えない人材だと思われたくないし、迷惑かけたくない。
「てかあいつ、寝てるな。まあ仕方がないか、昼過ぎまでは一人だったらしいもんな…今日は進藤の嬢ちゃんは休みだったみたいだし」
「一人だと大変なんですね」
「ああ、花屋って暇そうに見えるけどよ、花の管理、売り上げの管理、掃除、片づけ準備、予約、来店対応ってこなすと一人じゃ難しいんだよ。あと、うちは近隣住民に肥料の配送もしてっからさ、ひとりじゃきついんだよ。」
「けどこいつなかなか人を雇わないんだよ。あんな風に来てくれたら面接したりするけどさ。だからあいつの負担でけえの。バイトのことはすぐにねぎらう癖して自分のことは無頓着。あれじゃ早死にするぜ。」
「そうなんですね。」
「だから一人でも多くのバイト採用して、早く楽になれって思うね俺は。人生、効率も大事だからな。感情論で生きれるのは政治家と子どもだけだ。」
「……そうなですね?」
「まあ、いずれわかるさ」
気が付けば閉店までのこりわずか、空も心なしか青から黒に変わっている。
「悪いけど、肥料のこととか残りの聞いてないことは後日あいつから教わってくれ。閉店作業は俺が教えられる分は俺が教える、メモとれよ、追いつかなくなったらすぐ報告しろ?それで聞かないと後で困るのは自分だ。迷惑になるとかじゃない。むしろ今のうちに聞いておかないと迷惑につながる。新人のうちはとにかく報連相しとけばなんとかなる。」
竜さんは生き方も教えてくれるらしい。どこまでも人にやさしい人だ。大学教授ってヒントはくれるけど答えはくれないイメージだったからちょっと意外。なんて考えているうちに閉店時間の七時になっていた。そこからは怒涛の閉店作業。必死になってメモを取りながら(置いていかれて何回か聞き返した)一日が終わった。
「金銭の管理だけはバイトはしないようにしてる。何かあったら大変だからな。ってことで一日が終了。これが閉店の流れだな。」
「今日一日ありがとうございました」
今日は店長といた時間よりも竜さんといた時間の方が多い気がする。でもいい人だったなって改めて実感した。
「おうよ、初バイト頑張ったからな、俺が記念に買ってやる。」
そういうとおもむろにショーウィンドウを開けた竜さんは何やら花を取り出した。
「藤の花。花言葉は歓迎だ」
「歓迎……」
「歓迎するぜ橙田ちゃん。きっとあいつもそう思ってる。」
「そう、橙田さんはまじめに仕事をしてくれる子だからね、大歓迎だよ」
「お、一期。ようやく起きたな」
「だいぶ寝すぎたよ…竜さん、寝てたの知ってたなら起こしてよ。」
「店長はだいぶお疲れのようだったからな。幸いにも今日は暇な方だったからそのままにしといた。」
「ほんと竜さんは優しすぎるんだよ…ね、橙田さ、ん!?」
「あーあ、一期が泣かせたな。」
なんだか目の奥があついな、とは思っていたけどどうやら私は泣いていたらしい。だって感動したのだ。今日なんて、全然役に立ってないのに。それでも、竜さんも、店長さんも、歓迎だって言ってくれる。こんなにうれしいことはない、必要とされていることが嬉しくてしょうがない。
「ちょっと!絶対竜さんじゃん!?……でも、本当に、来てくれてありがとう。これからもよろしくね?」
「はい!!よろしくお願いします!…精一杯、頑張ります!!」
まだ夏には早く、羽織が無いと寒いこの季節。でも、心は暖炉のそばのように暖かかった。