表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いかないで染井吉野  作者: 花田 黎
14/15

トルコキキョウ1

お盆の繁忙期が間近に迫った7月下旬。今日は土曜日の日中だけど外は炎天下で日差しも気温も出歩けるようなものではないからなのか店頭は凄く暇だった。今日は舞さんも竜さんもお休みである。ちなみに店長さんはさっきから作業場でお盆に向けた書類づくりをしていた。先ほどからずっとうなっているのは聞かないことにしている。花束も練習の甲斐あって作れるようになったし夏の花も大体覚えたし、基本的な業務は一人でできるようになったので今ではこうやって店番を一人で任されるようになることが増えてた。でも蝉と一緒に閑古鳥が鳴きそうなくらい暇な今日は給料泥棒をしているような感覚になるのでとりあえず外の花壇に水やりをしたり虫を追い出したりする作業をしようと思う。暇な午前中にやったけど。でもお花もこんな天気じゃいくら水やりをしてもからっからに乾いてしまうのではないかと思う。ちょっと多めに水をやるくらいなら店長さんの仕事も減るしいいだろう。

「ふう、あっついなあ今日も」

天気予報では今日の最高気温は32℃だと言っていた。これじゃあどんなに水やりをしても花は枯れてしまう。実際この時期は閑散期らしいのでしょうがないことだ。

「お、橙田ちゃん。今日も精が出てるね。いいねえ、フレッシュな若い子を見ると俺もまだまだ頑張らないとって思うよ」

外の苗に水やっている最中、声をかけてくれたのは常連さんの重本さん。毎月下旬、ちょうどこのあたりに花を買いに来る。特に竜さんと店長さんと仲良しで何やら楽しそうに話をするのを遠くから見ていたこともあるし、重本さんは明るい性格なのでこちらにも気をかけてくれて話題を振ってくれるのだ。毎月仏花を買っていくから誰か家族が亡くなっているのかもしれない。まあこれはあくまで推測だけど。でも散歩中に店の外から挨拶してくれることもある。この時期は微妙だな、どっちだろ。まあどっちでも暇な店番の時間つぶしにはなるだろう。

「今日は橙田ちゃん一人で店番かい?」

「はい。あ、奥に店長さんもいますよ。呼んできますか?」

「ああ、頼んだ。店長さんには重本が来たって伝えてくれねえか」

「かしこまりました」

いつもの仏花だったら店に置いてあるしなんなら私にも作れるからきっと何か店長さんに伝えないといけない用事があるのだろう。そう思ってちょっと急ぎで作業場に向かう。

 作業場では相変わらず苦しそうな顔をしながら書類やパソコンと向き合っている店長さんがいた。

「店長さん、重本さんが来ました」

「…あ!そっかその時期か!了解、先に行ってて!」

そう言うと店長さんはバタバタと書類を片付けながら冷蔵庫へ向かっていった。


「お待たせしました。店長さん今来るそうです。」

いつものように胡蝶蘭を見上げながら待っている重本さんにそう伝えると、重本さんはおしゃれそうなハンチング帽をとりながら笑顔でうなずいた。

「きっと店長さんは例のものをもってきてくれるんだな」

例の物?私にはわからないけどきっと予約している商品があるのだろう。なんて不思議に思っていると店長が白いトルコキキョウをもってやってきた。

「どうも重本さん。いらっしゃいませ。もうそんな時期ですか。季節が巡るのは早いものですね。」

「おう店長さん。そうだよ、もうすっかりこんな時期になっちまった。いつものやつ、準備はもちろんできてるんだよな」

「ええ、今日はどんなものにしましょうね」

「そうだな…」

何やら話し始めた。ここからはきっとまじめな話になりそうだから私は裏方に徹しようとその場を去ろうとすると

「せっかくだし、今年は橙田ちゃんにお願いしてみませんか?俺、ずっと前から思ってたんですよ、重本さんの奥様、橙田ちゃんみたいな女の子大好きだよなって。きっと奥様喜びますよ。」

「そりゃあ賛成だ!確かにカミさんは橙田ちゃんみたいな女の子が大好きだな、きっとカミさんも橙田ちゃんが花束作ったって言ったらとても喜ぶに違いない!名案だ!よし橙田ちゃん、とびっきりのを頼んだよ!」

なんだかよくわからないけど難しいことが巻き起こりそうです。



「このトルコキキョウは重本さんのリクエストなんだ。それで、他の花はお任せなことが大体だけどどんな雰囲気の花束にしたいのか毎回聞きながら作ってるからここからは橙田さんが接客をお願いね。ということで重本さん、橙田さんが担当します。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします!」

「橙田さん今日はよろしくね。今日はカミさんの誕生日だからトルコキキョウは絶対入れてもらっているんだ。カミさんの誕生日はトルコキキョウとおはぎは絶対だからね。あとはお任せでいいよ」

「私は重本さんの奥様にお会いしたことが無いのですが、重本さんの奥様はどんな方なんですか?」

いままでは割とどんな花束を作りたい、とかその人のイメージに沿ってなんとか花束を作れていたが、その人に会ったことが無いうえにおまかせで誕生日の花束、と言われてもまだ新人なので困ってしまうことが多い。しかもお客さんの大体はお供え用の仏花だったりすることが多い。あとは家に飾りたいから少な目で、とか色は何色がいい、とか割と花屋さんはリクエストが多いのだ。あとはリクエストの少ないお客様は店長さんや舞さんが担当してくれることが多かった。まだ新人だという甘えがこんなところで裏目に出るなんて…こんなことになるんだったらどんなお客様も積極的に対応するんだった、と少し後悔した。消極的な甘えが今危機を呼んでいた。

「そっか、橙田さんはカミさんに会ったことないもんな!うちのカミさんはとにかく別嬪でな!出会ったときは天女が空から降りてきてくれたのかと思ったよ!いやあ思わず綺麗と言ってしまったんだ、そしたらカミさんはありがとう、って言って優しく微笑むもんで、その微笑み方も上品でとにかく美しいの言葉以外には出てこなかったよ!俺はなんて美しい人を見付けてしまったんだと、こんなきれいな人に巡り合わせてくれた神様に感謝したね」

心底惚れている、という情報しかない。少し困った。天女のようなほほえみとは言うが人によって天女の捉え方や美人のジャンルって違うんだよな。快活な美人もいれば物憂げな美人もいる。トルコキキョウの花言葉はたしか「清々しい美しいさ」のはず。花言葉をあてにしようと思ったけどそれでも美しいという情報しか出てこない…

「あとカミさんはあまり言葉は口にしないんだが顔に出るんだ。例えば結婚する前のことだから何十年も前になるが、初めて二人でぱふぇを食べに行ったとき、大きな目がこぼれるんじゃないかってくらいキラキラさせながら見開いていたね。いやああの時は一緒に行ってよかったって思ったよ。おはぎとかぜんざいとか和菓子ばかり食べていたからてっきりそういった洋風なものは好かないと思っていたら、とうやら彼女は甘いものに目が無いだけだったんだ。その発見をしたときは嬉しかったね。それから彼女とのでーとは甘いものを食べに行くことが増えたんだ。高いケーキでもなんでも、彼女のキラキラした宝石のような笑顔が見られるのなら安い買い物だったね。どんなダイヤモンドにも負けない笑顔が見られるのなら高級ホテルのデザートだってタダみたいなものだ。」

凄い語るが結局のところ分かる情報は重本さんは奥様が大好き、奥様は甘いものが大好き、瞳が大きい、無口?だけである。逆にここまで語ってもらってこれしか情報が集まらないのもある意味すごい。こんな文章量だと普通はその人の人となりが分かったりするんだけどそれしか出てこない。でも無口?言葉数が少ないというのは少し情報である。ひまわりよりトルコキキョウが選ばれた理由が分かった。きっとユリとかが似合う系の女性なのだろう。あとカスミソウも似合いそう。白いカーネーションはどうなんだろう。でも緑のカーネーションも白のトルコキキョウのアクセントになるし花言葉は「純粋な愛情」なので重本さんから奥様への贈り物としてはぴったりなのかもしれない。提案するだけしてみよう。

「重本さん、この緑のカーネーションを加えてみるのはどうですか?花言葉は純粋な愛情なので重本さんの愛情を送るのにぴったりだし、トルコキキョウの白が映えて見えるのでいいアクセントになると思うのですが。」

「お、いいじゃないか!花言葉にそんな意味が含まれているのはちょっと恥ずかしいが色を見ると確かに淡くて可愛らしい、カミさんにぴったりだ!」

どうやら気に入ってもらえたらしい。花言葉の説明をすると意外とウケがいいのはこれまでの舞さんや店長さんの接客を実際に見たり、自分でやってみて感じたものだ。一つ一つ覚えるのは大変だったけど覚えてしまえば損はない。実生活には使えないけど綺麗な知識なので割と友達に自慢できたりする。まあ実生活には何も使えないけど。

「いやあ、真剣に花を選んだり、俺の話を一生懸命聞いてくれるところ、橙田さんは俺のカミさんを思い出すよ。俺のカミさんの真剣な顔は素晴らしくてね。小さな顔と大きな瞳をこちらに向けて真剣に話を聞いてくれるんだ。あとは料理をしているところもとても美しくてね。無駄のない綺麗で上品なしぐさを思う存分みられるんだ。でも硬い瓶のふたは開けられなくてね、こちらを子犬のような表情で見つめて『開けてくださいな?』ってお願いするんだ。いやああの時は自分の持っている力をすべて使って全力で瓶のふたを開けたね。そしたらありがとうなんて天女のようなほほえみで感謝されるもんだからたまらないよまったく。」

あ、青いバラもアクセントによさそう。重本さんの惚気を半分聞き流しながら必死になって花を考える。花言葉には特に意味はないけれど、別に悪い花ことばじゃないしトルコキキョウを映えさせるにはもってこい。ウェディングブーケや仏花には使いづらい色合いだけど誕生日の花束では良いアクセントになる良い花。私はこの花を案外気に入っている。

「重本さん、花束が完成しました。これでどうでしょうか?」

白いトルコキキョウを主役にしつつ、青いバラと薄緑のカーネーションで引き立て、カスミソウをアクセントにした花束を重本さんに見せる。初めてのほぼお任せ、私の中で少しだけ緊張が走る。重本さんは良い人だ。いい人だからこそ微妙でも承諾してしまいそうだからこそ手が抜けない。というか接客で手を抜いたことはないのだけれども。

「………ああ、俺のカミさんをそのまま花束にしたみたいだ。とても綺麗だよ。」

その一言で体の緊張がふわりと解けた。どうやら心からお気に召してもらえたようだ。

「白いトルコキキョウはね、俺のカミさんが大好きな花なんだ。花言葉もカミさんから教わった、花言葉までカミさんにぴったりでびっくりしたもんだ。ああ、美しいなあ…カミさんに会いたくなっちまう。」

重本さんは花束を見ているはずなのに、花束を見ていないような気がした。花束のもっと奥深く、そう、まるで重本さんの奥様をみているようだった。

「あの、重本さん…」

「橙田さん、終わった?」

私の言葉に重なるように店長さんが店頭にやってきた。どうやら思ったより時間を長く書けていたらしく時刻はおやつ時になっていた。今日は早番、もうすぐ帰る時間である。

「はい、ちょうど出来上がったところです。」

店長さんにも一応完成した花束を見せる。重本さんがおっけーを出したので基本的に手はくわえられないけれど何かしらのアドバイスがもらえるかもしれない。これは新人期間にアドバイスをもらっていたので完全なる癖である。

「良い花束だね。重本さんの奥様を花束にしたみたいだ。」

「やっぱ店長さんもそう思うか?いやあ腕のいい新人が入ったね。これじゃ店長さんが追い越されちまうのも時間の問題なんじゃないか?こんな腕のいい新人がいるなら毎回お願いしたくなっちまうね」

店長さんの腕前には敵わない、敵うわけないんだけど少し嬉しくなった。同じ土俵に立てた気がした。

「ほんと、越されそうでひやひやしてます。若いとなんでも吸収してくれますからね。俺みたいなおじさんはすぐに置いてけぼりですよ。」

「店長さんがおじさんなら俺は老いぼれですよ…いやあ長居してしまったね、ついついカミさんの話をたくさんしてしまった。早く帰ってやらないと…」

「あなた」

後ろから鈴のなるような声がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ