番外編 紫乃の門出
「ほんっとに忘ぃもんねえな?」
家具の搬入のために少しだけ早く行くことになった3月半ば、駅の前で母親は何回も何回も確認していた。私の家はド田舎なので何個か電車を乗り継がないと空港までたどり着けない辺鄙な土地そのため駅でのお別れになる。
「大丈夫、家出る前に何回も確認したじゃん」
「けど……」
「なんも心配ないって」
「東京なんて危ねぇとこえっぺでしょ…」
なんてやり取りをしているうちにアナウンスが聞こえる。この電車を逃すと間違いなく飛行機には乗れない、2時間に1本の大切な電車、本数は少ないけど雪で遅延しないのはありがたい限りである。
「だめだめって言ってたらいつまで経っても行けないだろ」
見かねた父親の助け舟、心配性の母親と意外とドライな父親に育てられた私は、母親のいっぱいの愛と父親の不器用な愛に包まれて育った箱入り娘なのは自覚済みである。
「電車もうすぐ来るから行くね」
「気ぃつけてな」
「いつでも帰っておいでね」
後ろは振り返らない、振り返ったら、泣いてしまう気がした。
めいいっぱいの愛を受けて育った、その巣から出たいわけじゃない。むしろ居心地が良くていつまでも居れてしまう。それじゃダメだ、自立しなきゃと思って選んだ大学。どうせ家から通える範囲に大学なんてないんだから進学が決定した時点で一人暮らしは確定していた。それならうんと遠い場所に行こう、親に甘えられないように、自立できるように、と思った結果が上京だった。
『まもなく…』
扉が閉まる。涙ぐみながら手を振る母と少し寂しそうに手を振る父が見えた。
「大好きだよ!行ってきます!!」
少し寒いけど、電車のドアを開けて叫ぶ。人が居なくて助かった、いたら恥ずかしかった。でも、感謝の気持ちを伝えないといけない気がして、大声で伝えた。これが私のいっぱいの感謝と敬愛。そして、ここまで大切に育てて貰えたことに対する誇り。
お母さん、お父さん、世間知らずの娘、今飛び立ちます。
がたんがたんと電車が揺られながら窓を見ると、たくさん見た風景が一瞬で流れていく。1年の半分までは行かずともほとんどを雪の中ですごした。お父さんと作ったかまくらも、かまくらの中で家族みんなで食べたお餅も、凍った湖に穴を開けて魚を釣ることも、多分減るし、もしかしたらもう無いかもしれない。クラス替えのない学校で過ごした同級生もほとんどが地元から出ることになっている。私もその中の一人、暑くて寒くなくて、人がいっぱいいる、全てが初めての経験だけどそれも楽しみでしょうがないし不安でいっぱい。いい人がいたらいいな、そう思いながら、森と雪の中を走っていく窓の外を眺めていた。
都会の電車って広告多いしドアの開け閉めボタンないですよね。未だに慣れません。
あと3分に1本ペースで電車があるのに走る理由が分かりません。こちとら2時間に1本の電車に命かけてるんですがね。