第五話 バラ2
「はあ、ほんとにもう!」
まだ怒りが収まらないのか舞さんは少し息を荒くしていた。
「何かあったんですか?」
「…いつものことなの、いつもは一期って温和な感じだから譲ってくれることのほうが多いんだけどね。ウェディングブーケだけは絶対に譲らないっていうか、頑固っていうか、とにかく自分が100%で納得する意見を出さない限り絶対に譲らないのよ。そのくせに案が出てこなくて勝手に悩んでるの。ほんとめんどくさい性格よね」
「そういえば、ウェディングブーケについて教えてくれた時もすごい熱量でした。なんか、本当にお花が好きなんだなって思いました」
そういうと、舞さんは珍しく少しだけ曇った表情でこちらを見た。
「そうね、本当に一期は花が好きなのかもね」
「……舞さん?」
「まあその花に対する妙なこだわりもこっちとしては困ったもんなの!大体の案考えとかないと発注に間に合わないしそれじゃ商品届けられないし!まじで!!変なこだわりはさっさとなんとかしてほしいの!!」
どうやら本当にお怒りらしい。そろそろ怖くなりそうな気がしたし、今日は私は中番という特殊なシフトなので30分休憩、なんとなく仕事に戻ろうと思ったが店頭に行ってまた舞さんと店長さんの声を聞きながら作業するのもあまりよろしくないと思ったので加工場の掃除とかバケツ洗ったり冷蔵庫の整頓をすることにした。こっちは作業が多くて大変助かる。まあ店長さんと舞さんの仕事は進まないかもしれないけど今日は許してほしい。バケツを洗うのは気持ちがいい。本当は晴れてるときに外で洗うのが一番心地よかったりするんだけどあいにくの雨なのでしょうがない。今日の朝は仕入れだったらしいからバケツの量は意外と少ないけど使ったバケツはそのままになっているから汚いバケツばかりである。まあいわゆる量より質ってやつだ。全く違うけど。そういえば4月の雨の日は天球だけど6月は雨でも関係なく営業する。ずっと気になっていた点である。実際4月は数日ほど店休の連絡が朝突然やってくることもあった。その分の給料は4月に説明されていた通り幾分かは支払われていたしそんなに問題はなかったがなんでだろうな、と不思議で書が無かった。でもなんだかんだで聞く機会を逃していたし、私は竜さんと一緒に遅番をすることが多く、付き合いが長いとは言えど舞さんと店長ほどではない竜さんに聞くのもなんか違う気がして聞けないでいた。店長さんは意外にも二人きりになる機会が少ないし、店長さんはプライベートなことを聞いてこない。私もそんな積極的に話すタイプではないから花の事や業務について、もしくは沈黙、どちらかが店頭でどちらかが作業台、なんてころも多かった。開店当初どころか幼いころからの腐れ縁、幼馴染だと話す舞さんなら店長がなぜ4月の雨の日を店休日にするのか知っているのかもしれない。
「舞さん、質問良いですか?」
「いいよ、どうしたの?」
「4月の雨の日ってなんで店休日なんですか?店長さん、雨とか雷が苦手ってわけではなさそうですし…」
「…………それは、一期に直接聞きな。私から言っていい事じゃないからさ」
雨の音が作業場に響いていた。どうやら雨脚は強くなりそうだと思った。あんなに静かな舞さんは初めて見た。作業中でも口が止まらない舞さんがあんなに沈黙をみせるのは初めてで、少し怖くなった。店休日の理由なんてどうでもいい、いや気になるけど、かんたんに触れていい話題ではないということは私でも分かるくらいだった。一瞬、ほんの一瞬だけ、怖いと感じた。
一週間たった今日も相変わらず舞さんと店長さんはピリピリしていた。竜さんが仲介して何とか業務はこなせているけれど私は二人が怖くてなかなか近寄れない。竜さんも配達とかで外に出るなどお店にいる時間が多いわけじゃないし、私も仕事が少しづつできるようになってきてるから話さなくても問題はなくなってきてるけどその職場の空気がなんとなくやだなって思うこともあった。
「俺、中田さんのとこに配達行ってくるから店頭たのんだ」
頼みの綱だった竜さんが配達に行ってしまった………
別に舞さんと店長さんが嫌いになったわけじゃない。ただちょっと、空気が…
「もういい!じゃあ勝手に作ればいいじゃない!」
また堪忍袋の緒が切れてしまった舞さんが店頭に戻ってきた。舞さん、基本的に面白くて元気で面白い人なんだけど怒ると怖い、ほんとお母さんみたいな人だ。だからピリピリしてる舞さんには極力近づきたくないのが本音。実際にピリピリしているのに先週聞いてしまったことがさらに私の恐怖心をあおっている。
「まったく……」
いらいらしています、と直接は言わずだがオーラがもうぴりぴりしている。店長さんはまだ作業場にいるみたいだし休憩にはまだ早いため店頭にいるしかないけれど正直いますぐ逃げたいくらいだ。
「お疲れ様です…」
それでもなんとか挨拶だけして店頭作業を続ける。
「まだ進んでないみたいですね」
「ええ、まったく意見が合わなくていらいらしちゃう。いっつも言ってるのよ、あんたの未練解消のための花束じゃない。花嫁に最大級の幸せを送るための花束なのにあなたは何を考えているの?って…まあそんな簡単にできることじゃないけどね」
「多分、店長さんもそれを分かってはいると思います…前、ウェディングブーケについて教わったとき同じようなことを言っていたので…」
「そうだ!せっかくなら橙田ちゃんも今回一緒に考えてみましょうよ!私だけじゃ同じことの繰り返しだし!」
「……へい!?」
おもわず変な返事をしてしまうくらいこちらも焦ってしまった。どうやらあの戦場に繰り出されることになりそう。
「一期!助っ人連れてきた!第三者意見も大事でしょ!」
引っ張られながら加工場に行くと店長さんがさまざまな花や写真とにらめっこしながらうなっていた。
「あ、橙田さん…助っ人はありがたいね。ところで早速だけどあの日見た女性にはどの形の花束が似合うと思う?ちなみにドレスはこれね」
そういって女性が着る予定であろうドレスのサンプル写真をこちらに渡してきた。おとなしそうな女性だったしドレスも女性の雰囲気通りふわっとしたプリンセスラインのドレスで式場も可愛らしい雰囲気の場所だった。
「うーん…私としてはこの丸い感じの花束が似合いそうだと思います…」
「ラウンドブーケだね…そこはやっぱ舞と一緒なんだね」
「あの日来た女性の雰囲気的に可愛らしい物とかナチュラルなものが似合う印象を受けたので…しかもドレスも可愛らしい雰囲気だしこれが一番なのかなって思いました…第三者の意見なのであんま参考にしないでください…」
「いや、こういうのって意外と女性の方がいい案出したりするし…あとは若い子の意見も参考にしたいからさ……多数決でラウンドブーケにしよう」
どうやら第一関門は突破したらしい、というかそんなに大事なものを多数決で決めていいのだろうか
「女性の意見は参考になるし、多分このままじゃいつまでたっても舞と戦争だったからむしろ橙田さんが決めてくれた方が助かるよ」
少し場の雰囲気が良くなってきたきがする。でも肝心の花は何一つとして決まっていない。
「さ、次は実際に使う花とかリボンの色だね。どうしようか…」
そんな時、すみません、と店頭から声が聞こえてきた。
「あ、俺にいかせて。そろそろ考えすぎて頭が痛くなってきそうだから一回リセットしたい。」
そう言って店長さんはさっと加工場を離れて店頭に向かった。心なしか老けたような背中が見えた。
「やっぱ若い子の意見て重要よね。一期は結婚してないし私も結婚したのなんて10年も前だから覚えてないし…10年もすれば流行も感覚も全然違うし…ありがとね!って言いたいけどまだ花選びが残ってるのよ…」
一番のメインが残っていた。そしてたくさん並べられている花の資料を見る。その資料には花言葉と写真が並べられていた。
「見た目が可愛くても不吉な花言葉をもつ花は使えないからね。だからこうやって花の写真だけじゃなくて花言葉も使って考えるようにしてるの。例えばスノードロップは可愛らしいし白い花だけど花言葉は『あなたの死を望みます』だから絶対に使っちゃいけないよね。白いゼラニウムも『私はあなたの愛を信じない』だし。ってなるとバランス、花言葉、色合いを考えるとなかなか難しいんだこれが。」
「…多分ですが、あの女性は珍しいものを好む派手な女性には見えませんでした。だったら、シンプルかつきれいなものにするべきだと思います。主軸を白いバラにして他を可愛らしい花で彩るとかそれで差し色をリボンや他の花で調節するのはどうでしょうか…」
「………ふむふむ」
「あと、あの女性は来店したときどこか不安そうでした。私が見たのはその一瞬なので地震が無い性格、心配性や内気が本当のあのお客様とは断言できませんが、白いバラ、『私はあなたにふさわしい』を主軸にして盛大に送り出すのはどうでしょうか」
「だって、一期店長、それ聞いてどう思った。」
「いい案だと思うよ、俺も話し合いしたときに結婚にどこか不安そうな印象を受けたからね。にしてもすごいね、バラの花ことばを全部覚えているなんて」
振り返るとそこには店長さんが立っていた。どうやら接客は終わったらしい。
「じゃあ、白いバラを主軸に、他の花やリボンで色を付けよう。俺的にはピンクのラナンキュラスなんてどうかなって思うんだけど…」
この話し合いはいつの間にか私の休憩時間まで続き、何とか三人で意見をまとめることができた。
「あ!竜さんのことほったらかしじゃん!」
「俺の事なら心配いらねえよ、むしろみんなが平和そうに真剣に議論する姿を見ながらの仕事はこっちもはかどるもんだぜ」
やっぱ竜さんって結構大事なポジションだよな、と改めて感じた。いつでも任せられる安心感というかなんというか基本ひとりで何でもできるのでありがたい。見た目は怖いけど。
「しかも今日は暇だったからな!」
これは励ましなのか余計な一言なのかは分からないけど。
後日、花束の受け取りに来た女性は、優しそうな男性を連れてやってきた。花束に込められた意味を聞いた女性は、少し恥ずかしそうだけど嬉しそうにはにかんでいた。ああ、こうやって人を笑顔にできる仕事って素敵だなって思った。