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いかないで染井吉野  作者: 花田 黎
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第一話 スイートピー

 金欠少女、橙田 柴乃(とうだ しの)。今年から華のJDとして上京したものの、いいバイトが見つかりません。大学で出来た友達は皆そろって実家暮らしのため、高校からバイトを続けているらしいが、私は大学のために上京したのでそんな縁はない。つまりこれから自力で探さなければならないのです。今年はサークルの歓迎会は先輩のおごりでなんとかなっているものの、服や化粧品、教科書代でマイナスが続く日々、いつ底を尽きてもおかしくない貯金残高。どこにでもいる普通の女子大生が考え就くことなんてバイトしよう、である。見た目も中身も普通の女だ。しかも性格も決して前にでるようなタイプではないと自負している。水商売、風俗、そんなことしたって稼ぐことができるような女ではない。ありがたいことに節約は以外にも得意な方、まあ物欲がそこまでないだけであるが…じゃあなぜ今月出費がマイナスなのかというと上京したら周りの女の子たちが予想以上におしゃれだったので焦った。それだけである。

 脱線したが節約が得意なので毎月コツコツバイトをすればそれなりにたまるので教科書や外食代など突然の出費にも耐えられるように貯金できるであろう。しかし問題はそこではない。新しいバイト先である。先ほども言った通り私は前にぐいぐい、なんてタイプではないのでバイト先で同級生と鉢合わせ、なんてことがすごく嫌なのだ。私は大学から二駅ほど離れた場所に部屋を借りており、そこから晴れた日は自転車で通学しているのだが、大学の最寄りにはバイトにはうってつけの大型ショッピングセンターがある。テナントもそれなりに多く、絶対うちの大学の先輩だろ、と思うような年齢の若者が大量にバイトをしている。まあ、そこでバイトをしたくはない。となると大学よりさらに向こうか我が家の反対側、それはそれで面倒である。何が面倒かと言うと学校終わりが面倒なのだ。それだとバイトがある日は晴れていようが飴だろうが関係なく電車通学になってしまう。通勤ラッシュではないものの次の講義に合わせてくる学生であふれかえった電車にはなるべく乗りたくないし電車代を考えるとなるべく乗りたくないのも事実。かといって学校から3駅以上離れた場所に電車で行くかと言われたらそれも微妙である。バイト先にたどり着く前に己の心身が付かれてしまうだろう。きっと退職するころにはスポーツインストラクターになってしまう。それかロードバイクの選手。文系の私には難しすぎることである。

 つまり、大学と家の間にバイト先があればいいのだ。そうしたら帰りは歩いて帰っても問題ないのでお金が節約できてしまう。まだ通りかかる程度にしかいったことのないあの場所、ほぼ住宅街だけど探せばスーパーとかありそうなので今度の土曜日、探検がてら探そう。それで無理だったら家の反対側に行こう。   


 ということで晴れた週末、さっそく行く、けれどゆっくり歩着た気がするので今回は自転車は留守番。疲れたらその時考えよう。

「行ってきます」

 誰もいない家にそう声をかけるのはまだ慣れない。防犯対策だと母に口酸っぱく言われたのでしぶしぶ行っているが正直たまに忘れる。遅刻しそうなときとか。今日は余裕があるので覚えていたけど。

四月もそろそろ終わり頃、ここに越してきた頃は満開だった桜も今はすっかり葉桜、全力緑色。音もみずみずしい葉が重なり合う音で気分がいい。上京してきたものの都心より少し離れているおかげか、車や人の声より風や自然の音が心地よくて、少しだけ故郷に近い。まあ隣まで歩いて数センチの都会とは違いもはや町内一つが我が家ではないのかと思うくらい住宅の感覚が離れた実家とは全く似ていないのだが。

 少し歩くと桜並みであろう道についた。葉桜なのであくまで推測だけど。花見をするには止まることができる敷地はないが散歩をするにはさぞかし風情がいいのだろう。来年が楽しみである。少し歩くとカフェ、おしゃれでいい感じである。あまりうるさくない住宅街の桜並木のカフェ、大学生がエモいと喜びそうな要素満点で、自分はここで勤めるのはちょっと無理だなって思った。たまに来るぶんにはいいけどいかにもおしゃれな大学生を相手に出来るほど自分は強くない。貴様文句ばかりだな、と思われても仕方がないくらい面倒な性格である。さらに少し奥まで歩くと一件の花屋。花屋、か…高校の頃華道部だった程度で花の知識はそこまでではないが、花は結構好き。そして花屋なんて同級生はそうそう来ないであろう場所であろうと仮定した私はバイト雇ってないかな、なんて浅はかな希望だけでこの花屋に入ってしまった。


「いらっしゃいませえ」

 女性店員の声、どうやら店員は女性らしくて安心する。男性が苦手なわけじゃない。けどなんとなく花屋って女性のイメージがあるからね、そこでムキムキの男の人が出てきたら怖いじゃん。

「お、初めて見る顔、どんなお花お探しですか?彼氏?友達?自分用?」

「え、あ、え…と…バイトしたいです!」

 こんな風にてんぱってしまう自分が嫌になる。雰囲気が素敵で入りました。バイト募集はしていませんかと素直に言えたらいいのに、こんな女、自分が店主だったら則不採用である。ああ、いい感じだったのにな…黙ってスーパーのレジしよう

「えーと、ごめん、私店主じゃないからそこらへんは分かんないんだわ!今店主呼んでくるからちょっと待ってて!」

「へあ、は、はい!」

 優しすぎます。きっと店主もさぞかし優しいのだろう。ここでならやれる気がする。お母さまが言っていた。賃金も大事だけど結局大事なのは人間関係だって。ああ、母に会いたい。にしてもきれいな花たち。きっときちんと管理されているのだろう。色とりどりで、絵画のような一面を見れて、見てるだけで幸せになれているような気がして嬉しくなってしまう。もし不採用でもここに来てよかったなって思える。不採用でも定期的に通おう。心の栄養になりそう。焦りじゃない、必要じゃない物欲は久しぶりで少し嬉しくなった。

「えーと、店主です。君がバイト志望?」

 めっちゃきれいな人じゃん…じゃなくて、店主男?

「は、はい!雰囲気が素敵で、ここでバイトしたいなって思いました!ここでバイトさせてください!」

「おお、元気いいね君。じゃあ早速面接しちゃおうか。まずあれだ、先に名前だけ教えてもらっていい?」

「橙田柴乃です!」

「し…の……」

「はい、紫に乃ちで柴乃です」

 なんでそんな豆鉄砲食らったみたいな顔してるんだろう?そんなに珍しい名前でもないはずだ。

「……そうか、まあとりあえず奥あがってて、俺ちょっとこいつに店番でやること頼んでから行くから」

「はい!」

 まあとりあえず突然だけど面接になってしまったので頑張るしかないんだろう。頑張ろう。




「じゃあ改めて、面接って言ってもあんま気難しい物じゃないから緊張しなくていいよ」

「はい!」

 いやそんなこと言われてもこっちはがちがちである。緊張しかない。まじで受験以外の面接したことないんですけど。

「本来なら履歴書とかいるんだろうけどまあ採用したらでいいよ。とりあえず年齢とある程度の住んでる場所、あとは今何してるか、学生とかフリーターとかね。」

「橙田柴乃、十八歳、逢沢四丁目に住んでます。東京福祉学院大学の学生です。」

「逢沢って隣町やんな。それで東京福祉学院大学ってば一つ向こうの駅の大学だし、ちょうどうちが真ん中なのか。」

「はい」

「それだと確かに移動時間が少なくて楽だね、大学終わりとか土日もすぐこれそうだしいいじゃん。交通の便では申し分なし。」

「はい!」

 第一関門突破なのかな、とりあえずいい感じなのかな?名前で明らかに動揺されたのがすごい引っかかるけど。

「じゃあ次、どれくらいの頻度で入れる?ちなみにうちの定休日は毎週水曜日と四月十日。あと年末年始。臨時休業は俺の体調が悪い日と四月の雨の日ね」

「毎週水曜日はちょうど大学のサークルで入ることができない日なのでありがたいです。大学の授業で変動はありますが基本的に土日がメインになると思います。土日は終日入れます。えーと…四月の雨の日?」

 不思議だ、突然すぎる。気分屋?それとも片頭痛なのかな?いやだったら梅雨シーズンの方が休むべきだ。

「あーと、俺の事情、休みは当日の朝に知らせるから。開店してから雨が降ったときは営業するけど朝から雨だった日は基本的に予約以外は休みだよ。予約はしょうがないからその時だけ空けるけどバイトは休みだよ」

 不思議だけど、店長が利くなって顔してるから聞いちゃいけない事なのだろう。名前の件と言い気になることが多い不思議な店長だけど、別に悪い日とではなさそうなんだよね

「まあ休みになった日は特別手当で五割出すよ。本来働いてもらう予定だったし、その人の生活もあるからね」

 訂正、めちゃくちゃいい人じゃん。休みって〇円になると思ってた。半分でももらえるだけありがたいものである

「全然大丈夫です。」

「あ、あとお盆シーズンの八月はなるべく出勤してほしい、花めっちゃ売れるからその分忙しいんだよね、三月と九月も彼岸があるからよく売れる。そのシーズンは彼岸が重なれば水曜日も開けたりするからなるべく出勤してもらえると嬉しいんだけど大丈夫?」

 そっか花屋にも繁忙期はあるもんね、彼岸…そっかお供えか

「まあ十二月はクリスマスでプロポーズする彼氏客も来るから新年の仏花とクリスマスのブーケで地味に忙しいからそこも出てくれると心強いかも」

「意外と繁忙期多いんですね」

「そう、花屋って暇そうに見えるけど母の日のカーネーションとか卒業式の花束とか彼岸…行事が意外と多いんだよね」

「知りませんでした」

 意外と大変なのかな

「まあ繁忙期には来てくれる短期バイト達もいるから安心して大丈夫だよ。橙田さんは新人さんだし短期バイトたちも毎年来てくれてるんだけどいじめるような奴らじゃないから安心して?」

「はい、ありがとうございます。」

……いまなんかすごい採用の流れだったね。繁忙期の話とかめっちゃなんかそこまでいる前提で話進んでるじゃん。

「じゃあとりあえず連絡先だけ教えてもらっていい?あ、シフト提出は基本的に半月ごとで、一か月前の提出、提出先は俺のショートメッセージ、あ、グループ追加しとくね」

 採用なんだ…なんか実感ないな、すごいヌルっと採用されちゃった。

「はい、緊急のときはこっちの携帯番号に電話して、店電と俺の携帯どっちも教えておくね」

なんてさくさく話が進む。てか大事なことが何点か抜けているような…

「店長さん、お名前、知らないんですけどなんとお呼びすればいいですか?」

「え、俺、名前教え取らんかった!?」

「…はい………」

「あ!まじすまん!これだからあかんねんな!俺、黒木 一期(くろき いちご)。イチゴって果物じゃなくて一期一会の方ね。これからよろしくお願いします。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

「んで、これがグループメール。俺とさっきの女ともう一人のバイトしかいないから従業員はだいぶ少ないけどね。」

「…ふらわーず?」

「花屋だから」

 凄い単純だ

「すごい単純だ」

「おい」

「あ、つい本音が」

「おもしろい性格してるね橙田さん」

「はじめて言われました」

 おとなしいね、とはよく言われる。あとはそんなに緊張しなくても大丈夫だよも言われる

「あとでグループメールに自己紹介しておいて。名前と後は意気込み程度でいいよ。んで、いつから出勤する?」

「えーと、いつがいいですかね…水曜日以外は来週はいつでも空いてます」

「うち、水曜定休だからちょうどいいね。じゃあある程度時間を空けすぎず空けなさすぎずで木曜日の午後は?」

「授業終わり三時からでよければ空いてます」

 授業は二時半終わり、そこから自転車で十五分何かあるかもしれないので十五分の予備。

「お、いいね、じゃあその日準備含めて三時からラストの片づけまでやってみようか。うち閉店七時だから閉店作業あわせて八時までだけど大丈夫?思ったより長いよ?」

「大丈夫です。頑張ります。」 

 初バイトだけどそれくらいしないと覚えられない気がする。確か五月に母の日があるって言ってたけどそれまでにそこそこ使い物になるくらいに覚えないといけないと仮定しても時間が足りなさすぎるのだ

「じゃあ三時にお店に来てもらえるかな、持ち物はペンとメモ帳と水筒、あと履歴書も一応持ってきて。エプロンと手袋はお店で貸すから動きやすいパンツスタイル、上は華美じゃなくて動きやすい服、靴はスニーカーがベストかな、髪の毛は結ぶ必要はなさそうだから大丈夫って感じかな。何か分からないことはある?」

「特に無いです?」

「じゃあ何か困ったことがあったらさっき教えた連絡先に電話頂戴。今日は特別に採用祝いにお花プレゼントしてあげる。四月だしスイートピーかな。」

「スイートピー?」

 あの有名な曲にも使われている花。名前は知ってるけど見た目も色も全然わかんないや

「花はそれぞれいろいろな花言葉を持っているんだよ。バラの花ことばはとても有名だよね。花は色、本数、月日によってさまざまな意味を持つ。スイートピーにはね、『門出』の意味があるんだよ」

ピッタリでしょ、といいながら赤いスイートピーを一本だけ包んでくれた。何気ない一本のはずなのに、少しだけ嬉しく感じてしまったのは、久しぶりに居心地のいい人の温かさに触れたからだろう

「今日はコップで代用して、明日花瓶を買ってきな。水は定期的に変えてあげてね。」

「あり、が、とう、ございます。」

「じゃあ、木曜日に」

 なんて手を振った黒木さんこと店長に一礼して店を去る。そういえば明るそうな主婦さんはいなかったな、休憩とかかな。まあいいや、とりあえず就職も決まったし今日は母に電話して今日のことを話そう。あと、明日は花瓶と動きやすい服を買っておこう。乗降生活も案外楽しくやれそうだなって思った。


「あれ?ちょっとトイレ行った隙に帰っちゃったの紫乃ちゃん」

「ああ、採用して木曜日から働くことになったから。」

「へえ、いいじゃんまじめそうだし、竜さんなんていうかな」

「まあ、まじめそうだしすぐになれるだろ。竜さん見た目は怖いけど中身は世話好きなおじさんだよ」

「確かにそうだけど…あ、来週の火曜日、雨予報だって」

「……そりゃ臨時休業にせんとな」

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