白い結婚のはずが愛人が亡くなり、落ち込んだ夫を立ち直らせるために我が身を捧げた。
5月19日一行ほど文を足しました。
「私はお前を愛することはないだろう。お前も俺に愛を求めないでくれ」
「なんて素敵な申し出でしょう!!では私たちは白い結婚でいいのでしょうか?」
私の返事に戸惑うように視線を彷徨わせ一つつばを飲み込む夫の顔が見える。
「いや、子供は必要だ」
「他の方を愛していらっしゃるから私を愛せないということなのではないですか?」
「いや、そ、そうだが・・・」
「だったら愛している人を裏切るべきではありませんわ!!」
「そう・・か?」
「そうです。そうです!中途半端なことをすると本命の方に愛想をつかされますよ」
「そ、それは困る」
「でしょう。だから!愛している人以外に手を出すべきではありません」
「いやでも、子供が・・・」
「相手の方とはどうして結婚されなかったのですか?」
「男爵令嬢で身分が低くて父上に認めてもらえなかったのだ」
「そう、なんですね。なら、私と白い結婚を貫き通して子供ができないからと言って離縁するのです!!」
「な、なるほど?」
「再婚ならば爵位の低い相手でも認められるかもしれませんよ!!」
「認められるだろうか?」
「駄目ならまた同じことを繰り返すのです。それを繰り返している間にいつかは認められますよ!!多分、きっと・・・!!」
私の言うことは無責任この上なかったけれど、愛してもいない男と肉体的接触を持つなんて御免被りたいと思っていたので、渡りに船だった。
「そうだろうか?」
「先のことは解りませんが、ここで私と関係を持つのは本命の方を裏切ることになりますよ。ここは誠実でいるべきだと思います!!」
「わかった。取り敢えず今日は何もしないことにしよう。エリアナと話し合ってみる」
その翌日。
「君の言ったとおりだった。エリアナは昨日一晩寝ずに私を待っていた」
「そうでしょう!!」
「で、二人で話し合った。君の提案もエリアナに伝えた。最初は私が我慢すればいいと言っていたんだが、最後には可能なら君と白い結婚でいて欲しいと泣きながら訴えられた」
「そうでしょう!そうでしょう!!」
「君とは白い結婚を通そうと思う」
「勿論です。ですが私のここでの生活は保証してくださいませ。白い結婚だからと蔑ろにされるのは困ります」
「そうだな。妻としての仕事はしてもらおう。私を助けてくれ。家の者たちにも君を尊重するように伝える」
「これなんですが・・・今日、ご用意させていただきました。よく読んでサインしてください」
書かれている内容は白い結婚で婚姻破棄することと、屋敷の中ではきちんと尊重すること等が書かれていた。
カトリーナは正直離婚後どうすればいいのか今はまだ考えが及んでいないけど、好きでもない上に不誠実な男と同じベッドに入らずに済んだことを心から喜んだ。
離婚したら家に帰っていいかと手紙を送ると帰ってくるなと返事が来た。
帰る家を失った私はどうすればいいのか必死で頭を巡らせた。
夫に夜会に誘われて仲よさげに見えるようにそつなくこなす。
実際は夫とは男女の関係ではないものの夫婦としてはかなり仲が良かった。
互いに共犯者としての意味でのみ信頼し合っている。それに私がエリアナの味方なのも大きな要因だろう。
離婚後の生活をどうしたらいいか夫に相談すると小さな商売の一つを私の名義に切り替えてくれた。
他所の国から商品を仕入れて自国で高値で売りさばき、自国の商品を他国で高値で売りさばく。
商品を見極められなくなったら大損してしまう。
私には商売の知識などないので知識のある人たちで周りを固めて、それを一つずつ教えてもらっているところ。
夫の力を使える間に、この商売を自分のものにしておかないといつ何時自分の手からすり抜けていくかわからない。
必死で商売のこと他国のことを勉強した。
結婚から二年が経つ頃、エリアナが子供を産んだ。
夫は両親に愛人が子供を産んだことを伝えたようで義父母が屋敷に乗り込んできた。
その頃には子供を産んだこともあり、エリアナもこの屋敷で住んでいた。
私はエリアナとも仲が良くこの家の妻として恥ずかしくないと思われるように教師役も買って出ているほどだった。
「カトリーナ!あなたまだ子供はできないの?!」
「お義母様、お義父様・・・。遠いところをいらっしゃいませ」
エリアナに義父母が来たこと、部屋から出てくるも出てこないもエリアナの好きに選んでいいと伝えてもらった。
私としてはエリアナに出てきてもらって、義父母の相手をしてもらいたいところなのに、エリアナは部屋に閉じ籠もる方を選んでしまい、面倒なことを押し付けられたと心の中でため息を吐いた。
「愛人が子供を産んだというのに何を呑気にしているの!」
「エリアナですか?いい子ですよ。確かに身分は低いですけど。子どもの顔を見られましたか?デルトアにそっくりで凄くかわいいですよ」
「カトリーナ!妻の意地を見せなさい!!」
「そんな意地ありませんよ。エリアナが私に気を使って今まで妊娠しなかったようですけど、もっと早く子作りをして欲しかったくらいですよ。私ではデルトアの子供が産めませんからね」
義父母の視線が厳しくなる。
「子供を産めないってどういうことなの?!」
「私たち寝室を共にしたことありませんからね」
「どういうことだ?!」
「政略結婚なので政略結婚らしく寝室では互いに無関心に生活しています」
「そんなこと許されないぞ」
お義父様が般若の顔をして私を睨みつける。
「ご両親に寝室の中のことまで口出されましても・・・。外では夫婦らしくとても仲良くしていますよ。最終的に決めたのはデルトアですので、デルトアにお尋ねになったほうがいいのではないですか?」
義父母は夫の管轄だ。私が相手をしなければならない理由はない。
なのに・・・義父母は夫をここに来るように呼ぶように言いつける。
義父母が来ているのは知っているだろうに夫は完全無視している。
誰も彼も厄介事は私に押し付けるんだから。
その日、私の寝室にデルトアが義父に押されてやってきた。
「何しにきたんですか?」
「すまない・・・父に無理やり押し込まれたんだ。どうも部屋の鍵を外から掛けられたようで出られないみたいだ」
「ちゃんとエリアナさんのことを話し合ったんですか?子供の顔は見せました?」
「エリアナが怖がって部屋から出てこないんだ」
「あの・・・それでこの先大丈夫なのですか?私、後10ヶ月ほどでこの家出ていきますよ?」
「はぁ〜それで困っているんだ。エリアナがまさかここまで何も出来ないと思っていなかったんだ」
「何も出来ないとは?」
「君に任せている仕事も君がいなくなれば引き継いでもらわなくてはならないだろ?だから、過去の資料を読んでもらって同じように差配する練習をさせているんだけど、やることなすこと意味が分からないと言って・・・」
「家庭教師を付けて事細かに教えてさしあげたらどうですか?」
「家庭教師にもどうにも出来ないっていうんだ」
「それは大変ですね・・・」
「エリアナには女主人の仕事は任せられない・・・家格というのはこういうところに現れてくるんだな」
その日はベッドを挟んだ向こう側とこちら側で朝までエリアナの教育をどうするかとか、今度の夜会に出席するためにドレスを注文したとかの話をして朝まで健全に過ごした。
義父母が寝室の鍵を開けて、私達の様子を見てこれは男女の仲にするのは骨が折れそうだと感じたらしいことは後々聞かされることになった。
初めはエリアナのことを拒否していた義父母もエリアナの子供のアールと会ってからは目の中に入れても痛くないほどに可愛がり始めた。
いびつな4人(デルトア、カトリーナ、エリアナ、アール)家族が歪なのに自然な形で出来上がり、そこに義父母が参戦してもっと歪な家庭が出来上がっていた。
義父母はアール可愛さにデルトアとエリアナの結婚を認めてもいいと思い始め、私は用済み間近でそれなりに心弾ませていた。
その一報がもたらされたのは清々しい一日で、誰もが日向ぼっこをしながらだらりとしているときだった。
デルトアとエリアナの結婚を義父母が認めて、親子三人で幸せに暮らす未来が目の前にちらつくようになっていた。
その報告に行ってくるとエリアナが実家に帰ったことから始まった。
エリアナは両親に報告して両親に喜んでもらい、帰りの馬車の中で突然苦しみだし御者がおかしいと感じた時には既に事切れていて、エリアナを助けることが出来なかった。
御者は屋敷に戻るか、医者につれていくかで悩んだが、距離的に医者のほうが近いからと医者へとエリアナを運んだ。
既に死んでいるエリアナを生き返らすことなど医学では当然無理で、原因不明の突然死と診断された。
毒を盛られたとかそういったことはなく、多分心の臓が止まったのではないかと思われると判断された。
デルトアは悲しみに打ちひしがれ、アールを見ると辛いと言ってアールの養育は私に任されてしまった。
暫くすると落ち着くだろうと思っていたデルトアは酒に溺れ、貴族とは思えない失態を外で繰り返した。
白い結婚で縛られる期間がそろそろ終わる頃、酒に溺れたデルトアを介抱している時にソファーの上に押し倒され、涙をはらはらと流すデルトアの背に思わず手を回してしまった。そのため白い結婚を諦めることになってしまった。
デルトアは一度してしまえば二度も三度も同じだと思っているのか私の下に通うようになった。
事が済むと「すまない」と何度も謝る。謝るくらいなら手を出さなければいいのにと思ってしまうが、今夜もまた私の寝室の扉は開かれ、それが嫌ではない自分がいることも間違いなかった。
結婚してからちょうど3年目の私が自由になれるはずだった日、私の妊娠が発覚した。
義父母は大喜びだったけれど、私はただ憂鬱でしかなかった。
私の妊娠を知ってデルトアはお酒を止めることができるようになった。
私とデルトアで何度も何度も話し合い、結婚生活を続けることを選ぶしかなくなってしまった。
エリアナが亡くなる前のデルトアに戻ったものの、私達の関係はあくまで友人でしかなかった。
今まで放って置かれたアールがデルトアに抱きしめられ我が子として受け入れられた。
私は女の子を産みセリカと名付けられ、相続問題はアールが引き継げばいいと思っていた。
これっきり私の寝室に訪ねてくることはしないだろうと思っていたのに、デルトアが何を考えているのかわからないままは私は求められ受け入れてしまい二度目の妊娠で男の子、ヴェネデイクを産んだ。
義父母は私が産んだ男の子が嫡子であると言い出した途端、アールは家の中で軽んじられるようになってしまった。
義父母は可愛がっていたはずのアールをどこかに養子に出してしまえと言い出し、それならばとエリアナのご両親がアールを引き取っていった。
デルトアはアールを手放すことに何も言わなかった。
本当にいいのかと私が何度訪ねても「あの子をこの家の嫡子として扱うことは出来ない。君が産んだヴェネデイクが嫡子だ」と言い残してエリアナの元へと旅立った。
デルトアが自分の胸を短剣で突いて暫く意識があり何度も何度も私に謝り、子供たちを頼むと言い、最後にエリアナと呼んで事切れた。
義父母は見るからに憔悴していたが、この家をヴェネデイクが継ぐまでお義父様に頑張ってもらわなくてはならず、義父母を叱咤激励して政務をこなしてもらった。
セリカとヴェネデイクが大きくなり、そろそろ婚約をという年齢になった頃、お義父様が好きな相手を選びなさいと二人に自由恋愛を認めた。
セリカは同格の嫡男と恋に落ちて、私と義父母が後押しして婚約することができた。
幸せそうなセリカを見ているとこちらの心まで報われるような気がした。
ヴェネデイクはなかなか一人の人に決められなかったが、学園を卒業する年に一つ格下の三女の可愛らしい子を選んだ。
アールも同格の嫡女の元に入り婿に入れることが決まったと連絡が来た。
そしてセリカが結婚して、ヴェネデイクも結婚して、家を継ぐことになり、私はこの家を出て行くことを選んだ。
結婚して3年で出ていくつもりが、この家に23年も居座ってしまった。
義父母に引き止められたが別れの挨拶をして、私はデルトアに貰った商売をするために平民になった。