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がんばりやさん

 糸ちゃんの尽力もあって私と部員のみんなとの隔たりは徐々にだけど小さくなっていっている。

 でも天文に関する疑問が一旦糸ちゃんにいってその後私に来るシステムには物申したいことがある。


 人に教えるってやっぱり難しいなぁ。雫歌ちゃんは数式見せたらだいたい分かってくれるんだけど、そのやり方通用するの雫歌ちゃんだけだった。いいじゃん。M(質量)とかa(加速度)とかRやr(半径)とか、その力がどのパラメータに依存してるか分かると便利なんだよ。それに私だって細部まで理解している訳じゃない。できることは概算だけで、何故を突き詰められると答えなんて返せない。できることなんて精々参考にした資料を提示するくらいだ。


 思えば同じ部に所属している人間という、友達とはちょっと違った関係の人と日常的に関わる経験は初めてだ。

 私は神格視されるような人間じゃないんだけど何処かで幻滅されないかちょっと心配だなぁ。糸ちゃんはどこかで化けの皮剥がれるんだから剥がれない方法より剥がれた後のこと考えた方が建設的って言ってるけどそんなのどうすればいいかなんて全く分からない。

 ……それはそれとしてその言葉(化けの皮)を選んだ理由が知りたいところだよ。


 なんて部員とのコミュニケーションを糸ちゃんに全面的に頼っていたツケが支払われる時が来た。






 そろそろ天文部も本格的に活動していかないといけないと思い始める四月終わりの朝。

 寝ぼけ(まなこ)で起きてきた糸ちゃんに一言。

 おはようを返す余裕もなかった。


「ぉはょ……」


「糸ちゃん、おでこ出して」






「発熱、寒気、頭痛、全身の(だる)さ。自律神経やられちゃった感じだね。学校には私達が連絡するから今日は絶対安静」


「できればうちの両親には黙っててもらえると……」


「昼過ぎには着くって」


「裏切りもの〜〜」


「夫婦で観光のついでにちょっと寄るって」


「そこは娘がメインであるべき!」


 パジャマのままの糸ちゃんが来て欲しいのかそうでないのかよく分からないことを言った。

 いやまぁ、その辺はこっちに責任を感じさせないように気を使ってもらった発言だと思う。あんまり病人のそばに居続けるのもあれだし、時間にすればそれこそ観光の方が長いかもしれないけど主目的は間違いなく糸ちゃんだよ。

 最近一日の寒暖差が激しい時期だから私も他人事じゃない。身体(からだ)を冷やさないように気をつけないと。


 糸ちゃんに今日一日安静にしてもらう事は確定として、一つ問題がある。

 うちの両親は共働きで私とお兄ちゃんは学校。つまり我が家の昼間は人がいない。午後には糸ちゃんのお父さんお母さんが来るとして午前中だけとはいえ糸ちゃんを一人にして良いものか。


「もう高校生なんだし一人でも大丈夫。だいたい寝てるだけなんだし誰か居たって困っちゃうだけだよ」


 意識はしっかりしてるし食欲もあった。

 お粥じゃなくて炊いたご飯を朝食にしていたし、まだ症状の出始めなので体力も残ってる。飛んだり跳ねたりができないだけで寝ていればすぐに治りそうだ。起き上がることは平気だけどいつもより動くのが三倍疲れるみたいな状態らしい。


「でも糸ちゃんこれ見よがしにゲームしそう」


「(ふぃっ)」


 目と耳(ネコの方)がそっぽを向く。

 じとーっと糸ちゃんを見るけどいつまで経っても目は合わない。


「……はぁ。まぁゲームする余裕あるんだったら大丈夫なのかな」


 結局そういう結論になってお父さんとお母さんは仕事に行って、お兄ちゃんも学校へ。私は糸ちゃんがお昼に食べれそうなものを適当に作ることにした。


 制服の上にエプロンを着ながらメニューを考える。

 風邪の時は麺類? お素麺しかないや。賞味期限は……あれ、来年まで大丈夫だ。結構持つ。


「お素麺(そーめん)あるけどこれにする? 温かい方が良いなら(にゅう)(めん)にするよ」


「素麺で。なんか久々」


「そりゃあ夏がメインだし夏前の今はそんなものじゃない?」


 風邪の時に冷たいもの大丈夫かな?

 うーん。本人が食べたいもの優先でいいや。もし駄目だったらゼリーの買い置きあるしこれで過ごして貰おう。

 最悪食べなくても糸ちゃんのお父さんお母さんに任せられるし連絡するくらいの元気もあるんだからどうとでもなる。


 お湯を沸かすと同時にきゅうりをスライサーで細切(ほそぎ)りに。

 卵をといて薄焼きにして錦糸卵に。

 後はハムでも切っとけばいいかな。

 三色の薬味を皿に盛り付けてラップして冷蔵庫に。


 いつもは私と糸ちゃん用にお弁当を作るんだけど(お兄ちゃんのは雪月さんに悪いからナシ)今日は朝からドタバタしててそんな余裕はなかった。

 今日は学食かな。初めて利用するかも。


 いろいろ大混乱な事態だったわけだけどなんとかなりそうで良かった。

 いやいや、そういうのは糸ちゃんが治ってからだね。


 お素麺をゆがいてあとは食べるだけの状態にして冷蔵庫の薬味セットの隣におく。

 時間は……まだもうちょっと大丈夫そうだから糸ちゃんの様子を見てから学校いこうかな。


 と言う訳で私と糸ちゃんの部屋に向かう。

 普段はベッドと布団を一週間くらいで交代していて、今は糸ちゃんがベッドの週。

 流石にベッドを二つ置けるほどのスペースはなかった。新しい部屋を用意する案もあったけど糸ちゃんの意向で二人部屋となった。去年の夏のお試し期間でもこのスタイルで一ヵ月なんとかなったしそのまま継続。

 なお私とお兄ちゃんで同じ部屋を使う案は速攻で却下された。


――コンコンコン。


 私達は耳が四つある分普通の人の平均値よりだいぶ聴覚の性能が良い。歩く音って結構特徴的だから誰がどの辺にいるかが簡単に分かる。つまりノックなんてあんまりする必要がないし普段は私の部屋でもあるんだから実際もしない。だけど今の糸ちゃんは病人さんなので例外だ。


 だからスマホを切った音は聞かなかったことにしておくね。

 スマホをもってからすっかりスマホゲーにはまった糸ちゃんを病気とは別の理由で心配しながら部屋に入る。

 糸ちゃんはベッドに横になりながらさも今のノック音で目を覚ましたような態度でこちらを見る。


「制服とエプロンってやっぱり合うね」


 そう言えばエプロンしたままだった。私も思ったより冷静じゃないのかもしれない。

 第一声を突拍子もないものにして話を逸らそうとする糸ちゃんに近づいて様子をみる。別に問い詰める気はないよ。

 ノックするまで私の所在を把握できなかったのはゲームに集中していた所為か体調が万全でない所為か。前者だったらまだいいけど後者だったらやっぱり心配だ。


「はいはい。りんごでもあったら剥くんだけどごめんね」


「いいよいいよ。そもそも風邪ひいたのは私の責任。のぞみがそこまで気にする必要ないよ」


 やっぱり顔少し赤い。

 熱はそこまで高くなかったけどこれから上がり始めるかもしれない。でも心配し過ぎも糸ちゃんに負担かけちゃう。もどかしい。


「はい。スポーツドリンクあったから喉渇いたら飲んで。それとも甘くない方が良い?」


「これでいいよ。ありがとう」


 ベッドで寝ている糸ちゃんにそっとペットボトルを渡す。

 ちゃんと受け取ってくれた。特に目の焦点があってないとか力が入らないとかはなさそう。空元気じゃないことは何度だって確認してしまう。


「じゃあそろそろ私も学校行くから大人しく寝てるんだよ」


 やっぱり心配だなぁ。

 でも本人が大丈夫と言って診た感じでも過剰に気にするような症状が出てない以上これくらいしかできない。


 後ろ髪を引かれる思いでベッドから離れ……



――ガシッ


 袖を引っ張られた感覚で離れられなかった。



 最初、それは私が生み出した錯覚だと思った。

 病気の糸ちゃんを残して学校に行くことへの罪悪感が私の袖を引っ張った感覚を無意識に再現したのだと。


 だけどすぐに違うと分かった。理由なんて一目瞭然。

 立ち去ろうとした私の袖を糸ちゃんが力強く掴んで離さない。


「えっ! あれ!? ちがっ……」


 その行動に一番ビックリしたのは糸ちゃん本人だ。

 無意識の行動だったことは明白。つい反射的に手が出てしまっただけ。


 考えてみればやっぱり当たり前の話だ。

 ただでさえ季節の変わり目で肉体的にしんどい時期だというのに部活で精神的な負担をかけすぎていた。私も雫歌ちゃんも口が回るタイプじゃないからそういう潤滑油みたいな働きが糸ちゃんに集中してしまった。本当なら私が倒れるまで頑張らないといけなかったのにその役目を糸ちゃんに押しつけてしまっていた。

 もともと里という、多数の同年代と関わる機会の少なかった糸ちゃんがキャパオーバーしてしまうのも当然の話。


 そんな時に体調を崩して不安にならないわけがない。

 普段底抜けに明るくて誰とでも仲良くなっちゃうから忘れてしまいがちだけど、糸ちゃんは今家族と離れ離れになっての新生活を送っている。


 親元を離れた経験のない私だってそれがとても心細いことくらい簡単に想像がつく。なんで私は糸ちゃんが平気だと思ってしまったんだろう。隠すのうますぎるのは絶対欠点。ここで気づかなかったら絶対そのまま学校に行ってた。もうお兄ちゃんもお父さんもお母さんも行っちゃったから私を除いて全員を騙しきってしまっちゃった。


(ちが)くて……」


 声に力がない。

 私が出て行くといよいよ一人になってしまう事に気づいてしまった。そんな感じだ。

 さっきまでの平気そうな顔とは打って変わって今にも泣き出しそうな顔をしている。 


「……えっと。あれ、あれ?」


「大丈夫。大丈夫だよ」


 ベッドの端に腰掛けて糸ちゃんの手をとる。

 熱の所為かちょっと熱い。


「のぞみに迷惑かけたかった訳じゃないのに……」


「迷惑ねぇ……」


 か細い涙声の呟きはまぁ分からなくもない。

 むしろすごくよく分かる。

 でもやっぱりこっちの立場からするとこれを迷惑とは呼んでほしくないなぁ。


 申し訳なさに打ちひしがれる糸ちゃんの頭を撫でる。ネコ耳の後ろ側、私が触られるのが好きな場所を優しめにすりすり。

 ここまで弱ってるの人を見るは初めてだ。張りつめていた緊張がとけて寂しがりの一面が顔を出す。一度切れてしまった(せき)は簡単には戻らない。


「なんで頑張っちゃうかな」


「だって、のぞみに天文部させたのは私だもん」


 そんなことに責任を感じていたんだ。確かに糸ちゃんにノせられて始めた天文部だけどやると決めたのは私だ。

 本来一番頑張るのは部長である私の役目だ。なのに現実私はピンピンしていて糸ちゃんはベッドで寝ている。

 私にできることは、糸ちゃんが安心できるように手を握ったり頭を撫でたりするくらい。


「だから、のぞみは私に構ってないでちゃんと学校行かなきゃいけないんだよ」


 ……この状態の糸ちゃんを置いていける人は鬼か悪魔の生まれ変わりだと思う。

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