⚪︎々喧嘩
「こっちはまぁそんな感じ」
「膨れ上がった予算の大きさに比例した期待に応えるために頑張らなきゃってことだね」
家に返ってからぶちょー会議の話を聞いてもらった。
糸ちゃんがお風呂から上がってドライヤーをかけてあげているところだ。
ほっとくと自然乾燥とか言って放置してしまうから私がすることが日課になってしまった。なんて手のかかる妹だろうか。ちなみにドライヤーは糸ちゃんのご両親に申し訳ないからと高級品を買ってもらって私もそれを使っている。こんなに違うんだと感動したけど糸ちゃんは何が違うのって感じで豚さんに真「猫に小判って言って」珠。もったいない。
その妹だけど、クラスは違うけど同じ部屋に暮らしているから毎日作戦会議に付き合ってもらっている。お兄ちゃんも口を出したそうにしていたけど力を貸して貰うのは本当に困った時だけに決めた。現状部員数もお金も足りているから本気の本気で困っている訳じゃない。
いや、アイスブレイク失敗して部員達とのコミュニケーションはそれなりに困っているけどまだ大丈夫。
……のはずだ。
ただ、人手はまーまーあっても知識も経験も足りない。
星の知識に関して私一人いればいいやという思考が浅はかだった。
「ふぁあぁ。あ、これ部員の皆が分からなかったとこまとめといた。私で分かるところはもう答えたよ」
糸ちゃんが気持ち良さそうにあくびをしながらタブレットPCを取り出して箇条書きにしたファイルを見せてくれた。確かにいくつか回答済みのものがある。
今日の話で分からなかったもの、これまでの人生で分からなかったもの、天文に関係するかどうか分からないもの、そもそも部活動についてなどグループ別けがされていて見やすかった。
「あとこれは天文部でやりたいことや知りたいこと。実現しやすさが横軸で個人のやりたい度合いを縦軸にしてるよ。実現しやすさは私達からみてだからのぞみが見るとまた違ってくるかも」
普段使いするものよりワンサイズ大きなノートを取り出して、見開きを全部使って付箋が貼られているページを指す。
糸ちゃんは私を焚きつけただけあってそれなり以上に本腰をいれて参加してくれている。
「あ、これ領収証。部費余ってるならノートと付箋代出して」
ちゃっかりしてるなぁ。
里暮らしが長くて俗世に疎いって絶対嘘だよね。
領収証を見たら学校の購買だった。部活で使うって言ったら領収証をくれたらしい。
「私がみんなにやりたいこと訊いた時は全然答えてくれなかったのになぁ。どうしてだろ」
「のぞみには畏れ多くて言えないことでも私になら言えるもんなんだよ」
「畏れ多いって何!?」
え、私って学校でどういう風に見られてるの?
ひょっとして浮いてる?
クラスでは上手くやってる方だと思って油断していた。部員に慕われない部長なんて一揆の対象。新設した部で幽霊部員が過半数とか絶対駄目なやつじゃん。
「それに、なんというかのぞみって私達が知らないってことが想定外みたいな反応よくするでしょ。あれアウトだからね」
「……うぅ。ちょっと心当たりがある」
雫歌ちゃんと潮汐ロックの話をした時にまさにそんな反応をした。
「疑問を言葉にすることすら慣れないうちは難しいもんなの。私も去年はそうだったからよく分かる。言わば私は姉弟子なんだよ」
ミルク色の耳をピコピコ得意気に動かして訳を説明してくれる。
別に私としてはネットで検索したら調べられることだとしても聞いてくれて構わないんだけどそういうのが気後れしてしまうらしい。
一度の説明で全部覚えろなんて言うつもりはないし、テストじゃないんだから好きなことだけ知っていればいい。
と思うんだけどなぁ。
「たった一年先に私と出会っただけなのにずいぶん先輩ぶるじゃん」
「たった一年で良かったよ。三年も一緒にいたら完全に染まり切って私ものぞみと同じ側だっただろうし」
温風で乾かし終わったので熱で開いたキューティクルに冷風を当てて閉じてもらう。温風だけだと髪が乾燥して傷んじゃうって言っても聞いてくれない糸ちゃんは困り者さんだ。
「そう言えば火星ってなんで赤いの?」
部員達の疑問レポートの中から一つピックアップした疑問があがる。
このくらい言ってくれればいくらでも応えるのに、て言うのは無しか。糸ちゃんがいてくれて助かった。
「はい、ドライヤーおしまい。もうこっち向いて良いよ。火星が赤いのは鉄が含まれてるからだね。火星の大地って酸化鉄多めだから赤くなってるの」
「ありがと。でもそれは流石に嘘だって分かるよ」
「?」
この説明で納得してもらえることが多かったから糸ちゃんに嘘と言われて固まってしまう。
なんで糸ちゃんは私の発言を嘘だと断言したのか。
思考が止まった私に糸ちゃんが言葉を続ける。
「だって酸化鉄ってようするに砂鉄でしょ。私磁石持って里を歩き回ってかき集めたことあるよ。全体に黒っぽかったもん」
「あれ酸化鉄なの? そもそも鉄って酸化したら磁石くっつかないじゃん。あれ鉄粉だよね」
「何言ってるの?」
「そっちこそ何言ってるの? 酸化鉄ってあれだよ、赤い絵の具とか化粧品の原料になるやつだよ」
「いやいや、私間違ってないよ」
「私だって自信ある。というか間違ってたら今まで説明した人に謝らないといけないし」
「……」
「……」
「「ちょっと待ってて」」
お互い自分が正しいことを証明するためにスマホ(タブレットPC)で検索する。
だって間違ってるのって絶対糸ちゃんの方だ。
慣れた手つきで画面を何度か操作。
先に端末を起動済みだった糸ちゃんの方がちょっとだけ早かった。
「やっぱりそうだ。酸化鉄は黒。磁鉄鉱の化学式はFe3O4」
「そんなことないよ。酸化鉄は赤。ベンガラの化学式はFe2O3」
……。
あれ?
結果。
「そうじゃん。地表近くにある鉄が酸化してない訳ないじゃん。純粋な鉄があるなら製鉄なんて言葉は存在しないじゃん」
私。
「そっか。鉄って錆びるよね。あれ赤いよね。見たことある。あれが空気中の酸素と結びついた結果だってのも知ってた」
糸ちゃん。
ともに沈んだ表情をしている。
耳(イヌ・ネコの方)もへにょってなってる。尻尾もたらーん。
声を荒げて言い争っていた気概はもうどこにも存在せず、あるのはただただ気まずい空間。
酸化鉄という言葉を使う時は今後注意しよう。
「ごめんなさい」
「こっちのセリフ。のぞみはちゃんと正しい知識教えてくれていたのにごめんね」
とりあえず自分が間違った情報を広めていなかったことに安堵しつつ、糸ちゃんと仲直り。
でも、不正確な情報発信はできるだけ避けなきゃいけない。
「というか酸化鉄ってもう一種類あるんだね。赤いのは少数派だった」
酸化鉄は全部で三種類あり、赤が一つで他は二つとも黒。
酸化鉄は黒というイメージがあっても不思議なんて全くない。
「そうかな。鉄が自然に錆びると赤くなるみたいだよ。鉄スタートならこっちが正統派じゃない?」
黒サビ(磁鉄鉱)はどちらかといえばサビというより酸化皮膜のような扱い。酸化皮膜自体がサビとしても扱われるみたいだけどこの辺の深堀りは今はいいや。
赤サビと違って酸素が表面の原子としか結びつかない(正確には内部の原子と結びつきにくい)から鉄フライパンみたいに身近な鉄製品はこのサビじゃない酸化鉄に覆われていることになる。
学校の勉強はそれなりにやってきたから単語の意味は全部わかる。それが生活に関わってくる内容であっても一皮むけば全然知らない。点と点が結びついていない。
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『私は不確かな情報を元にのぞみを嘘吐き呼ばわりしました』
『私は不十分な情報を元に糸ちゃんに知ったかぶりをしました』
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今後の戒めとその場の変なノリでグループチャット122に首からプラカードを下げた写真をあげる。
気分は飼い主に悪戯が見つかったペットだ。メインは私と糸ちゃんと雫歌ちゃんの三人だけどお兄ちゃんと雪月さんも一応入っている。天文部の幹部チャットだ。
「これも私から伝えとくよ。のぞみは変に畏まられているからそれを解消するところからだね」
そういえば部員の疑問がスタートだった。
私はそれに完璧に応えられる全知全能じゃないのになぁ。
「どうすればいいかさっぱり分かんないんだけど」
「んー。今みたいにムキになってる姿見せたら一発だと思うよ」
そんなもんだろうか。
仮にも部長なんだし個人的には威厳とか欲しい。
「ふふっ。でもなんか姉妹喧嘩みたいでちょっと楽しかった」
「確かに」
「糸ちゃんって手のかかる妹って感じだもん」
「のぞみは優秀だけど空回りするタイプの妹だよね」
……。
…………。
え、糸ちゃん姉のつもりだったの?
しばし沈黙。下手したらさっき酸化鉄で言い争ってた時よりピリッとしてるかもしれない。
「のぞみが姉って無理があるでしょ。そもそも本物の妹なんだし妹力高すぎ」
「妹力って何? 糸ちゃんだって姉じゃないじゃん」
「いやそもそも私長女だし妹になりようがないっていうか」
「私だって長女だよ!」
その夜、どちらが姉か話し合いが行われたが残念ながら糸ちゃんに私が姉と認めさせることはできなかった。
タイトルは妹々喧嘩
玄武岩(2話参照)「黒いのは磁鉄鉱(Fe3O4)です。赤鉄鉱(Fe2O3)を多く含むと赤っぽくなります!」
サファイア「主成分は酸化アルミニウムですが鉄がないとルビーになります! 赤い方が鉄ではありません! 青い方が鉄です!」




