猫も木から落ちる?
「ミステリアスな美人教師に呼び出されるイベントが私にも発生するなんて里にいた頃の私じゃ考えもしなかったなぁ」
「いや、私と雫歌ちゃんにとっては普通に担任の先生なんだから勝手にミステリアスにしないでよ。糸ちゃんも授業で会うでしょ」
「そうだよ。糸、ちゃんと授業聞いてる?」
入学早々担任の先生に職員室に呼び出された。
呼び出したのは私と雫歌ちゃんの担任の先生で、なんとお兄ちゃんが一年の時の副担任でもあったらしい。
つまり去年の文化祭騒動で(比較的)当事者だから暗くなってからの散歩については理解があるはず。
他には何か悪いことをしただろうか。でも一緒に糸ちゃんと雫歌ちゃんも一緒に呼ばれたのだから違う気がする。でもこの状況、悪いことしてないはずなのに悪いことした気になるのはなんでだろう。
私はお兄ちゃんと違って(まだ)校則違反なんてしてないはずだ。
「えっと天辻さん。わざわざ時間いただいてありがとうございます」
「いえ」
「今からする話は天辻さんが聞きたくないことだと思います。だから今すぐ帰ってもらっても構いません」
「えぇ……」
それなりに身構え、覚悟を決めた私に差し出されたのは一枚の裏返しにされた紙と帰って良いとの言葉。
どうすれば良いんだろう。
なんて立ちすくんでしまったけど、二人はそうではないらしい。
「のぞみ、私これ何か分かるよ」
「私も。私達としてはのぞみちゃんの意思を尊重したいけど、できれば聞くだけ聞いて欲しい、かな」
「そうだね。私達の答えはもう決まってる」
二人は心当たりがあるらしいけど私にはさっぱりだ。とりあえず雰囲気からして悪いものではなさそうだし、雫歌ちゃんの言うように話を聞くだけ聞いて見ようかな。
そう決めて差し出されたその紙をスッと表にする。
「創部届け、ですか?」
「はい。今年の新入生でこちらの予想以上に入部希望者が多く、職員の中で新しく部を作るという話がありまして」
既に顧問に先生の名前と印鑑がある。部長や部員の欄は空欄だけど部の名前欄にはこうあった。
「天文部……」
え、私手芸部に入部届け出さなかったっけ?
まだ仮入部期間だからそこまで効力はないのかな。
「学校として、貴女に不義理な事は理解しています。それでも今年天文部に入ろうとする新入生が多くて、それに応えることができないのが現状です。教師の中で天文に詳しい人がいないし、貴女への負担がとても大きくなってしまうことも分かっています」
「不義理、ですか?」
素人さんが多いと負担が増えるのはなんとなく分かる。
実際やるなら大変そうだ。それこそお兄ちゃん並みのカリスマがいる。
「そもそも私より適任がいませんか?」
今学校で一番星について詳しいのは間違いなく兄だ。
確かに受験生だから天文部にかかる時間は少ないかもしれないけど、天文台のバイトだって毎日ある訳じゃないし、少なくとも夏くらいまでは全く時間がない訳じゃない。
「貴女のお兄さんが一年生の時、天文部の創部を潰したのは私なんです」
あぁそれは。
確かに私達に不義理と言って良い。
ようやく話を聞かずに帰って良いと言われた意味がわかった。
とはいえお兄ちゃん最初から部を作るつもりなかったから先生はあまり関係ない。とはいえその事実は先生からすると謝罪する機会を失ったに等しい。こっちが全く気にしてないのにいきなり謝られても困る。
「もちろん見なかったことにして白紙にしても構いません。おそらく貴女が入らないならすぐに立ち消えるでしょ……」
「欲しいのは天辻の名と星空案内人の称号ですか?」
お兄ちゃんは頼れない。
今更どの面下げてという話だ。でも残念ながらお兄ちゃん以上に星に精通している適任はいない。
そしてベストが駄目ならベターを狙うべきだ。幸いにして星の人の妹が今年入学してきた。それも、兄と同じく星空案内人の資格を有していて天文部に適していることは証明済み。白羽の矢を立てるには充分だ。
「正直に言いますとその二つの理由は大きいです」
「ねえのぞみ。星空案内人って何?」
「んー。民間の資格。ちょっとカッコいいでしょ。去年の文化祭で星空案内人完全監修、とかやってたの覚えてる?」
「あー。いや、何か書いてあったのは思い出したけどそれが星空案内人って単語だったかは自信ない」
「私は覚えてるよ。のぞみちゃん、いくつかクイズも作ってたよね」
「うん。私も星空案内人だからね。手が足りなさそうだったし結構手伝ったよ」
雪月さんが今年挑戦するらしい。
資格といっても講義を受けて、あとは実際に人前で夜空を紹介できればそれでいい。知識はほとんど要求されないし、年齢制限もない(私は小学生の頃に合格した)。受験勉強の息抜きレベルだ。
「のぞみのぞみ。私はのぞみと一緒に天文部やりたい。むしろそのためにまだ入部届けを出してないくらい。だからこれはその立場での発言だよ」
わざわざ自分にバイアスがかかっていることを宣言。
そっか、糸ちゃんがやりたいなら別にやってもいいかな。
「今回職員会議になるほど存在しない天文部に人が集まったのはなんでだと思う?」
「待って、え? 職員会議?」
「漫研顧問の先生が教えてくれたんだ」
「あ、調理部の先生も言ってたよ」
……。
「ひょっとして外堀埋まってる?」
「のぞみが断ったら全力でまた掘り直すから大丈夫!」
それは果たして大丈夫と言うのだろうか。
というかここまでお膳立てされて本当に断っても良いのだろうか。
別にそこまでやらない理由はない気もする。
「ちなみにやっても良いとやりたいは違う意味の言葉だからね」
「ここまでやっといて?」
「それは確かにごめんだけど、でものぞみの意志が一番大事なことは分かってる。半端な意志だとただ失敗して嫌な思い出だけが残るだろうね」
それでずいぶんと回りくどい真似をしてたのか。
身内だけでメンバーを固めることができない以上、はいかいいえでそれ以外の答えは認めない。肯定よりの保留とかは全部いいえとして扱われる気配がする。
「それで、どうしてだと思う?」
「あ、入部希望者が増えた理由?」
「そうそう」
存在しない天文部に人が集まる理由はそれほど多くない。
何か天文関係で大きなイベントがあったんだ。
MMX? SLIM? アルテミス計画?
いやもっと身近なイベントのはず。月は月食みたいな大きな動きはないし、火星なんて今の時期は日の出前くらいじゃないと碌に見えないから関心は高くなりようがない。
「……。ひょっとして去年の文化祭?」
「去年の文化祭を天文部がジャックしたって一年生の間で噂になってるのは知ってる?」
「そりゃあ知ってるよ」
でも天文部がないことを既に知っている身としては噂ってやっぱり当てにならないことを再確認するだけの出来事だった。
いや、事実はもっとひどいか。
実質一人の生徒によって文化祭の形が歪められたようなものだ。
「つまりそういうことだよ」
「え、本当に!?」
「のぞみのお兄さんが頑張った結果だよ。ただ、のぞみのお兄さんは半年も面倒を見れない。どんなに頑張ったとしても一年後には卒業しちゃうでしょ。でもなんと」
「私だったら三年間一緒にできるって?」
確かにお兄ちゃんの後を引き継ぐのはアリだなぁ。
でも私にできるだろうか。中学は特に部活動やってなかったし、部長という立場で人と接したことはない。
「ちょっと違う。私達、だよ」
「あれ? そもそも天文部って何やる部活だっけ?」
中学も天文部なかったからなぁ。
いまいち何すれば良いのか分からない。
「残念ながら……、それを考えるのものぞみの仕事になっちゃう感じなんだよね」
「いやよくそれで私達なんてドヤ顔できたね……」
どっちかといえば確かに頼もしいけど、糸ちゃんの知識は全部私由来でしょ。
いやまぁ知識は私一人いれば充分だとは思うけど、それでもなんだかなぁなんだよ。
「まあまあ、猫も木から落ちるって言うじゃん」
「降りられなくなるなら昇らないでよ」
何故木に登るのか。
気になったらって?
やかましい。
脳内が普段はしないような思考に汚染されている。
それもこれも糸ちゃんの所為だ。
にゃはーと笑って誤魔化そうとする糸ちゃんに責任転嫁と分かりつつ半目を向ける。
「で、どうする? 猫の手なら二人分、全力で貸すよ」
「本物の猫の手ほどの癒し効果はないけどね。肉球もないし」
雫歌ちゃんは何故か猫の手を持ち上げているようだけど、流石に人の手の方が必要だと思うな。だって人の手は自分の名前を書くのに苦労しない。
「文化祭乗っ取ったりはしないよ。というかできないし」
「えー」
「まぁ、ね」
「でも、せっかく星を好きになってくれそうな人達がいるのならその人達に星との関わり方を教えるくらいはしてあげたいな」
結局私は糸ちゃんにのせられて、天文部の初代部長をやることになった。




