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南に1km、東に1km、北に1km進んで同じ場所に辿り着きました。ここはどこでしょう?

 雫歌ちゃんと演奏会を終えたあとは、近所のスーパーに夕飯の材料の買い出し。

 途中で糸ちゃんを拾ったので一緒に周っている。

 郷に入っては郷に従えということで糸ちゃんも料理当番してもらうつもりで修行中(しゅぎょーちゅー)。今は私とセット扱いだ。


「流石にこの辺は慣れたみたいだね」


「まぁ去年の夏休みに体験ホームステイしたからね」


「そっちのクラスはどう? カラオケは楽しめた?」


「うん。なかなかいい感じ。でもやっぱり耳と尻尾がないって変な感じする。こっちだとのぞみと雫歌、雪従姉(ゆきねえ)くらいだもん」


「私は逆だなぁ。そういうのは今までお母さんしかいなかったからてっきり私達以外は滅んでるのかと」


 同族なんて御伽噺と(おんな)じだったのに今ではこうやって一緒に買い物に来ているんだから人生分からないものだ。

 よっぽど霊感強い人でも私達の耳が見えはしない。


「勝手に滅ぼさないで」


「ごめんごめん」


 カートを押しながら話をする。

 野菜の値段を見ながら進んでいく。今日はトマトが安いから買っちゃおう。


「そうだのぞみ、問題。南に1km(キロ)、東に1km、北に1km進んで同じ場所に辿り着きました。ここはどこでしょう?」


 玉ねぎも安いなぁ。

 今日鶏肉が特売なことは知っているし鶏のトマト煮込みでも作ろうかな。


「南極側の1kmで地球一周できる場所から1km北に進んだ場所」


「え?」


 糸ちゃんには悪いけどこの問題は模範解答のその先まで知っている。


 同じ距離だけ南、東、北と進めば普通は西にも進まないとスタート地点には戻れない。ただしそれは平面の場合だ。

 実際の地球は丸いから例外が発生する。


「糸ちゃんが想定してた答えって北極? こんな感じのルートだよね」


「……うん」


 比較的丸い形の玉ねぎを手に取る。


 そして手に持った玉ねぎの頭(?)から表面を指をなぞって下に。

 そこから少しだけ指を反時計周りに滑らせ、最後にまた頂点へもっていく。


 クラスの子に教えて貰ったのかな。

 だったら北極だけじゃ詰めが甘いと明日のネタにしてもらおう。


「実は北極以外にも答えがあるんだよ」


 玉ねぎをひっくり返して裏側を見せる。さっき芽の部分を北極代わりにしたからこっちは南極側ということで説明を続ける。

 根っこの周りを円を描くように一周。


「ここ、真東にちょうど1kmで一周できる場所だとするよ。そこから北に1kmの地点がスタート地点ね」


 簡単に見つかる場所じゃないと思うけど、絶対にその条件を満たす場所は存在する。そも北極点が正規の答えなんだし思考実験で現実的かどうかなんて考える必要がない。

 仮定が成立するならそれで充分だ。


 指を少しだけ玉ねぎの赤道(?)に近づける。


「まずは南に1km」


 指を戻す。


「東に1km」


 1周。


「北に1km。ほら、戻ってきた」


「……ホントだ」


 解説に使い終わった玉ねぎをカートのカゴにいれる。

 糸ちゃんは私が入れた玉ねぎを取り出して自分で私が示した経路をなぞっている。


「あれ、それなら北極側でもよくない?」


「北極だと最初に1km南に行った時点で円周1km超えちゃうから当てはまらないよ」


「あー、なるほど」


 正確に測るならちょっと違うだろうけど、北半球で()()1()k()m()だと絶対に東へ1km進んだだけでは一周できない。

 半径1kmの円と考えて大丈夫なくらいには地球は大きいから最小の円周は6kmちょっとのはずだ。


「あ、なら南極側は? 南に1km行ったところだってそうじゃ……」


 言いかけて自分で気付く。


「駄目か。南に1km、北に1kmで違う地点に辿り着いちゃう」


 途中で特異(なんきょく)点を経過すると前提が崩れてしまう。

 南極点を通過した瞬間北に進んでいることになるから南に1km移動することが達成できるかどうかも怪しい。

 でもそこは問題文次第でクリアできる。ちなみにクリアできた場合は南に1km、東に1km、()()()()に1kmでスタート地点に戻れることになる。


「東に1kmの方は一周に限らないけどね。何周しようがスタート地点に戻れるならそれでいいんだよ。1mで一周できるなら千周することになるけど問題の条件だけだとこれも正解」


「今度こそのぞみに一泡吹かせられると思ったのになぁ」


 玉ねぎをカゴに戻して残念そうにつぶやく。


「別にそこまで全部知ってる訳じゃないよ」


「ダウト! のぞみクイズ番組でもよく答えてるじゃん!」


 私の家(うち)ではよく夕飯の時間にクイズ番組を見ている。

 春休みからずっと私の家で暮らしてる糸ちゃんも我が家に合わせて見るようになった。

 遡るなら去年の夏休みが最初で、そこから春まで少しはクイズのセオリーを学んだみたいだけど(受験勉強はと訊いたら目を逸らされた)まだまだ基礎が足りてない。


「だから全部じゃないって。それにコツがあるの」


 もちろん素の正答率で糸ちゃん(初心者)に負けるつもりはない。

 だけどそれを差し引いても私を上に見過ぎている。


「どんな?」


「間違ってた時は三回に一回くらい間違えた、知らなかったって言って残り二つはさも知ってましたよって雰囲気だして黙っておけばいいの」


 誰も知らない専門知識を問う番組ならいざしらず、世のクイズ番組は常識問題を答えさせることが多い。

 そして常識を全て言える人はごく少数。数秒の制限時間内で解をださないといけないから正答率はもっと低い。


 でも常識を六、七割答えられる人ならざらにいる。それを九割に見せているだけだ。


「うーん。いやでも、こうやって私が出した問題を全部答えてるから分からなかったって言われても説得力が……。これが噂にきく、私全然勉強してないって奴か」


「テスト勉強を意識してやったことはないかなぁ。はっきり順位が出た訳じゃないけど範囲が決まってる中間や期末よりは学力テストみたいな奴の方が校内順位は高かったみたいだよ」


「ぜったい頭良い人の発言。雫歌の勉強が趣味とはまた違うタイプ」


「あ、テスト関係ない勉強はするよ。最近お兄ちゃんが相対性理論とか量子力学に手を出したみたいで大変なんだよね」


「聞いただけで理解を諦める単語」


「光という波が物質の性質を持つなら物質も波の性質を持つとか聞いても分かんないよね。これ理解しようとすると高校の古典力学がすごく簡単に思えるよ。だって実際何が起こってるか想像できるもん」


「ねえまだ授業始まってないんだけど。今日入学式やったばっかりの一年生の自覚ある?」


「あ、やっぱりテスト対策してた。理系科目はお兄ちゃんが一年生の時の中間テスト解けるようになったよ。兄妹ってこういう時便利だよね」


 お兄ちゃんは学校で優等生として認識されてるみたいから私がその顔に泥を塗る訳にはいかない。

 半ば使命感すらもって兄を誇る一人の妹として、既に備えは万全。


「ブラコン怖い」


「一緒に通える期間は一年しかないし、謳歌するためには勉強に気を取られてる暇はないんだよ」


 勉強を教えてもらうという手も考えたんだけど、雪月さんに悪いからテストの問題と答えだけ貰って自分でやった。

 妹とはいえ彼女持ちになった兄に甘え切るのはよくない。

 私が生まれた瞬間からずっと家族だ、距離感の掴み方くらい分かる。


「こっちのクラスでも聞いたよ、星の人の話。のぞみのお兄さんホントに有名人だったね」


「何言われても私はお兄ちゃんを誇るだけだよ?」


「……そうだった」


 悪目立ちだけだったらダメダメさんだけど、去年の文化祭でまとめ役をやった人物がそれだけな訳がない。

 本人は祀り上げられただけと言っていたけど、周囲の人間だって担ぐ神輿くらい選ぶ。ちなみに一番持ち上げたのは雪月さん。そりゃそうだ。


「一生徒の趣味で学年のテーマが普通決まる?」


 当時二年生だったクラス全てが星に関連する出し物をしたことは事実だ。自作プラネタリウムをやっているところもあれば宇宙食喫茶なんてのもあった。

 ちなみにお兄ちゃんのクラスの出し物は星座盤や簡易的な望遠鏡作りをする体験教室。私が過去作った望遠鏡も飾らせてもらった。


「まぁお兄ちゃんだからね。実際うちの中学でも雫歌ちゃんの中学でも人気だったしあの文化祭で志望校きめた人も多いよ。なんにも問題なし!」


「これが事実だからなぁ。帰ったら握手でもしてもらおうかな」


「たまーに観望会で握手求められてるよ、雪月さんと私で全部止めてるけど。糸ちゃんには特別に優待券を進呈しちゃう」


「……。やっぱり遠慮しとく。これからの学園生活で変に目を付けられそう。主に従姉とかルームメイトとかに」


 そんなことないよ。

 私も雪月さんも手荒な真似はしないよ?


「学園生活……糸ちゃんどの部活入るか決まった?」


「えっ。うーん。いろいろ読んでみたんだけどちょっと難しそう」


「? どういう意味?」


 訳が分からないと首をかしげる。

 なんだろ。入部条件が厳しい部とかあるのかな。


「のぞみにだけは内緒」


「えー。本当に何もしないよ」


「いやそれ関係ないから。え、まさか何かするつもりだったの!?」


 しないしない。私嘘つかない。


「なんか雫歌ちゃんにも同じようなこと言われたんだよね」


「え? なんて言ってたの?」


「なんか、決めているけど決まってない、みたいな」


「……へぇ。それは朗報かも」


 その時の糸ちゃんの目を擬音語を使って形用するなら、ギラリ、だろうか。

 まるで一人で戦うつもりだったのに思いがけず仲間を見つけたような、何言ってるんだろ私。


「え、糸ちゃん分かったの? 幼馴染パワー?」


「違うね。強いていうなら強烈な個に出会って目が釘付けになったのは私だけじゃなかったんだってこと。その眩しさに惹かれて手を伸ばしたくなったんだよ」


「いや意味が分かんないんだけど」


 なんか無理に詩的に表現しようとしてない?

 こんなもったいぶった言い回しはあんまり糸ちゃんらしくない。


「分かって欲しいけど教えちゃったら意味ないんだ。まあ高校卒業するくらいにはネタばらしするよ」


「いや今日入学式だったんだけど。まだ授業始まってもないんだよ」


「どこかで聞いた台詞だね」


 私の意趣返しもどこ吹く風でチョコパイをカゴにいれた。

 まぁ、広告の品とあって少し安くなってるみたいだし良いけど。良いけど。

 これ絶対教えてくれないって意思表示だ。


 糸ちゃんも雫歌ちゃんも答えをはぐらかすばかりで全然教えてくれない。

 だけど二人が入りたかった部活がなんなのかを知る機会は意外とすぐだった。


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