お兄ちゃんと同じ学校
「こんなのってないよ。私だけ仲間ハズレ」
「いつまで言ってるの?」
「冷静に考えたら糸ちゃんと私で同じクラスになれる確率すっごく低いよね」
何せ住所が同じだ。
双子とか同じ年の姉妹判定された可能性が高い。
そして私と雫歌ちゃんは同じクラスになったから余計に寂しいのだろう。
里から出てきたばかりなのに同族の幼馴染とは離れ離れになってしまった。せっかく高校を合わせた意味が半減している。
「もしくは成績順?」
雫歌ちゃんが身も蓋もない説を出す。
入試の成績は基本的に雫歌ちゃんが一番、科目によっては私の方が上。私と雫歌ちゃんの間にはあんまり差はないけど、糸ちゃんはその……ね。
とはいえクラス別けの指標なんて一生徒に分かる訳もなく、憶測を語ることしかできない。
できることといえば、こうして放課後に糸ちゃんの様子を見に来るくらいだ。
「宮武さん、そろそろ行こっ」
「あ、待って。私今からクラスの同士とカラオケ行くことになってるんだ。アニソン縛りで間奏のあいだにそのアニメについてウザ語りして良いんだって。だから雫歌、また明日ね。のぞみ、またあとで」
「分かった。楽しんできてね」
そして見に来る必要はなかったんだと悟る。
アニソン縛りだと私と雫歌ちゃんは参加できそうにない。
「……糸ちゃん、心配なさそうだったね」
「ね」
入学式も終わり、今日は午前中だけで学校は終了。
午後はとりあえず糸ちゃんと合流して何するか決めようと思ってたけど肝心の約束をしてなかったというポカ。雫歌ちゃんと合わせてポカポカ。……全然暖かくならない。
新しい学校とはいえ入学初日にやることは変わらない。
クラス内の自己紹介で目新しいことといえば、私の"天辻"姓に先生だけじゃなくてクラスメイトの何人かも反応したこと。
二つ上の兄の存在を肌に感じた。中学はここまでじゃなかったけどお兄ちゃん高校に入ってから精力的に活動してきたからその影響だ。
天文台でバイトしている通称"星の人"
なんと学校で一番の有名人だ。
上の学年の人達の中にはそんなお兄ちゃんに誘われて星空観望会に参加した人はそれなりにいるし、私とも面識がある人がたくさんいる。なんなら既に学校で会って挨拶を済ませている。
この高校に通うなら私は天辻のぞみではなく星の人の妹として評価されると最初から分かっていた。
兄と比較されるのは別に嫌ではないし、なんなら星の人二世を名乗っても良い。この高校天文部ないし星のことなら兄についで詳しい自信もある。資格は十二分に満たしているはずだ。
まぁその辺はおいおい考えよう。今日のところは普通に名乗っただけだ。
「えっと、どうしよっか」
雫歌ちゃんが少し困ったように笑う。
ここで大問題が発覚。
私と糸ちゃんは友達だし、糸と雫歌ちゃんも友達だけど、私と雫歌ちゃんの間にはまだちょっと距離がある。
糸ちゃん含め三人で行動したことはあっても雫歌ちゃんと二人で遊んだことはない。
同居してルームメイトにまでなった糸ちゃんは急いで関係を深める必然があったけど雫歌ちゃんとはそこまで焦る必要がなかった。裏目と言えば裏目。
どうしよ、私の天気デッキを見せる時だろうか。環天頂アーク見たことあるとか訊いていいかな。彩雲も結構好き。逆に月虹はちょっとイマイチ。あれなら普通の満月の方が……
「あ、雫歌ちゃんピアノできるんだよね」
「できるって言ってもちょっとだけね。それに最近全然弾けてないから自信ない」
「それならちょっと聴かせて貰おうかな」
「どこで? 私の家にピアノないよ。ストリートのは嫌」
「そのどっちでもないよ」
クラスの自己紹介、よっぽど特徴的な人(筆頭はたぶん私)しか覚えてないけど友達のは別だ。ちなみに先頭は私。今年は他のあで始まる姓の人はいなかった。最初にざわめかせてしまったから次の人やりにくかっただろうな。
「教会?」
「そうだよ。こんにちは〜」
懇意にしている教会の扉を開ける。
顔見知りのシスターさんが出迎えてくれた。
「のぞみちゃん。いらっしゃい。いつもの?」
「はい。それとピアノ弾かせてください」
「いいわよ。そちらの方は?」
「友達の雫歌ちゃんです」
「初めまして。海乃雫歌です」
そしてシスターさんに制服を見せびらかし、入学祝いの言葉をもらったらすぐにいなくなってしまった。
本来この時間に教会は開いてないからすぐに自分の仕事に戻ってしまったのだろう。忙しそうだ。
教会自体別に大きなものじゃないし、キリスト教であることくらいは知ってるけど何派とかは知らない。
なんなら私は自分の家の宗教も知らない。私の家特殊だしひょっとしたら仏教じゃないかも。
我が物顔で教会の中に入っていく。お客さん(信徒さん?)がいない時は自由に場所を使って良いとお許しを貰っていて、当然今日の分も来る前に連絡して許可を頂いてる。
「良いの?」
「あれ見て」
壁面の掲示板になっている部分を指す。
そこにはとある天文台主催の星空観望会のお知らせが貼ってある。
「ここ、幼稚園を経営してるんだけど、そこの子達がたまにうちの天文台に来るんだよね。お互い融通してるの」
「そうなんだね。のぞみちゃんもここでピアノの練習しているの?」
「ううん。違う楽器。ハーモニカの練習させてもらってるんだ」
カバンから自分のハーモニカを出して演奏の準備。
楽器の練習場所に困ってる人は多いと思う。
それこそ音楽系の部活や習い事をしてない限り難しい。その枠外にいる私が練習場所としているのがここだ。
「私さ、お兄ちゃんができることは私にもできるって思われてるっぽいんだよね」
半分くらいは自分の所為。
それにお兄ちゃんと一緒に行動することが多かったし星という比較的珍しい趣味がかぶっているから周りからしてみれば当然だと思う。
「それは、……ごめんね。私もちょっと思ってるかも」
「ううん。実際できるし」
ハーモニカ――宇宙で一番最初に演奏された楽器を観望会のお供にするのはすごく素敵なことだと思う。
だからお兄ちゃんの妹である私にもその役割が求められたのは当然のことだった。
それに応えるのはもはや私のライフワークだ。
ハーモニカは難しい楽器じゃない。
それに演奏がメインじゃないから音を外してようが曲が分かりさえすればそれで役目を果たせる。あんまり馴染みじゃない楽器だから物珍しさで楽しんでくれる人も多い印象。
「ピアノでできるのはこのくらいかな」
とてとて歩いてピアノの前に移動。
椅子に座ってするほどできる訳じゃないから立ったまま鍵盤蓋を空けて指を置く。
左手のひとさし指と右手のひとさし指、お兄ちゃん指を黒鍵に
右手の親指と小指を白鍵に
♬ ♫、♬ ♬ ♫、♬
♩ ♩
「踏まれちゃった~」
「踏んじゃった~」
雫歌ちゃんが頭上のネコ耳をぴくんとさせて笑う。
ピアノ初心者向けでワンフレーズだけなら指を変えずに弾けるのでピアノはほぼノータッチの私でも簡単に弾ける。
音を聴くとやっぱり弾きたくなるようで、こっちに歩いてきたのでバトンタッチ。
「じゃあショパンのあの有名な円舞曲でも弾いてみようかな」
「ショパンの円舞曲といてばアレだね」
「そう、アレだよ」
頭上にあるイヌ耳をクルクル回してリクエスト。
ショパンなんて碌に知らないけど一曲だけ分かる曲がある。
その名も子犬の円舞曲。
名が体を表すかのごとく、子犬が駆けまわってる姿を連想させる曲だ。
席についた雫歌ちゃんがすぅっと息を吸って構える。
ピアノできるってやっぱりカッコいいなぁ。私もちょっと教えて貰おうかな。
~~♪~~♪
あれ?
これ子犬の円舞曲じゃない?
どっちかというと犬というよりはまるで猫が跳ねまわっているような感じの曲に聞こえる?
残念ながらそこまで自信をもって子犬の円舞曲が分かるほど音楽に精通していない。
でもやっぱり違う気もする。
私がハテナマークを浮かべてるうちに二、三分の演奏が終わった。
「だいぶ間違えちゃったよ。ピアノ触ってない期間三日どころじゃないから当たり前なんだけど、ね」
「そうなの? 全然分かんなかった」
どの分野でもそうだと思うけど、素人と玄人で感じ方が全然違う。私が観望会の余興でハーモニカを吹いた時に結構間違っても普通に拍手がくるのと同じだ。
「これ子犬の円舞曲? こんな曲だったっけ?」
「これはねぇ。……猫の円舞曲だよ」
悪戯っぽく笑いながら教えてくれた。
これ絶対私にわざと勘違いさせるように言った!
これ絶対私にわざと勘違いさせるように言った!!
「これ絶対私にわざと勘違いさせるように言った!!!」
悪戯っぽく笑う雫歌ちゃんにイヌ耳をピーンと立てて猛抗議。
なのにしれっとした顔で受け流された。
「残念ながら子犬のワルツと違って猫のエピソードがある訳じゃないの」
「そうなの?」
「うん。聞いた人が猫っぽいなぁって感じて、その通称が広まった形。多分ショパンが死んだ後のことね。だからショパンはこの曲が後世で猫の円舞曲って呼ばれてると知るとビックリすると思う」
「ショパンの曲なのに?」
「もともとショパンってそこまで楽曲に名前を付ける人じゃなかったの。猫の円舞曲も正式名はop.34-3だよ。opは作品番号のことだから34番目の曲の第三章って意味だね。音楽やってない人にはちょっと分かりづらいかも」
「んー。まあ星も似たりよったりだよ。というか星の方が記号としての色は強いと思う。2009 HC82とか言われてもお兄ちゃんですらどの星か分かんないと思うし」
星は星の数だけあるけど人の作った楽曲はそれに遠く及ばない。
せいぜい2009年に発見されたくらいしか分かる情報がない。いや、お兄ちゃんレベルなら2009年の四月後半、2053番目に見つかった小惑星ということくらい突き詰めることができるだろうけどそれがどんな星かは知らないはずだ。いや情報源一緒だしやっぱり知ってるかもしれない。でもこんな細かいこと知ってたところで全部覚えきれるわけがない。
「確かに分かんないや。どんな星なの?」
「逆走してる小惑星の一つだよ。仮符号だからひょっとしたら猫の円舞曲みたいに違う名前が付くかもしれないね」
まぁそうなるにはよっぽど特徴ないといけないけどね。逆走している小惑星というだけだと珍しくはあるけど別にそこまで数が少ない訳じゃないから多分無理だ。
それこそ日本がロケットを飛ばした小惑星、"イトカワ"と"リュウグウ"級の何かがないと百万を優に超える小惑星の中で抜きんでることはできない。
「雫歌ちゃんは部活どうするか決めた? やっぱり音楽系なの? それとも雪月さんと同じ手芸部?」
「うーん。どうなるかはまだ分からないんだ」
「迷い中?」
「ううん。迷ってはいないよ。でも決まってないの」
?
どういうことだろう。
首をかしげて降参のポーズをとる。だけど残念ながら教えてくれなかった。
「よし! 次はちゃんと子犬の円舞曲弾くね」
「待ってました」
演奏後に聞いたんだけど、子犬の円舞曲はちゃんと子犬関連のエピソードがあるらしい。
ショパンの恋人さんが飼っていた子犬をイメージして作った曲だそう。
ここで私とお兄ちゃん以外の演奏を聴くのは初めてだったからなかなか新鮮で、予想以上に楽しかった。




