蛇足編2 諦めたはずの未来がやってくる
「み゜ゃあ゛あ゛あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
雫歌ちゃんが壊れた。
犯人は文化祭。私の思いつきで作業量がとんでもないことになったから間接的には私の所為でもあるかもしれない。
私の家は一戸建てなので近所迷惑にならない音量はそこそこ大きい。
夜だから全力の大声は勘弁してほしいけどこのくらいならセーフ、より数段小さな悲鳴が私の部屋に響き渡る。
デスクトップPCとノートPC、各々のスマホ。私と糸ちゃんはそれに加えてタブレットPCを広げている。
いろいろフル稼働で必死だ。
「私達の新見アミだってまだ不完全なのにそんなキャラがあと! 何人!?」
「しっかりしてるのなんて漫研と卓上遊戯部くらいでしょ。つまり23から2を引くだけの算数」
「のぞみちゃんもやってよ」
やってるやってる。
最終的に上がってる奴のチェックはしてるよ。だから進捗もだいたい分かる。
ただ、結果の是非はともかく過程の相談はちょっと難しいかも。
「私みんなの知識の裏取りで忙しいし。被っちゃ嫌っていうから今被っちゃってる部と交渉中なんだけど」
「じゃあ糸!」
「え、作業変わる? 私今ゲームの背景担当と意見交換してゲーム担当と整合性確認してロープレ担当と雑談しながらWebデザインのチェックしてゲームブック作るために学外と交渉中なんだけど。終わったら音楽系待たせてるからそっち」
糸ちゃんさっきまで私と一緒に大道具・小道具班と会議してなかった?
正直糸ちゃんがいなかっら詰んでいた。
いや始まってなかったから詰むことすらできないか。
ちなみにこれはうちのクラスの出し物だから本来なら糸ちゃんは関わる必要がない。
本当は天文部でやるはずだったんだけどクラスでやりたい人が多く押し切られるようにクラスの出し物になってしまった。天文部全面協力として糸ちゃんを引っ張ってきている。文化祭実行委員は既に委員長も先生も抱き込んだからやりたい放題だ。権力って素晴らしい。
代償は忙しさの最前線にいることくらいだ。
「そういや糸ちゃん自分のクラスは良いの?」
「私の分はもう終わったよ。ほら」
自作したホワイトブリムを出して自慢げに笑う。
糸ちゃんのクラスはメイド喫茶。
流石にこっちほど精力的ではないけど最低限プラスアルファくらいは頑張っている。
ちゃっかりネコ耳だ。糸ちゃん柄の白。
「あとついでにこれがのぞみと雫歌の分」
うん?
そして出てきた鯖トラネコ耳とこげ茶イヌ耳。
「まだ余裕あったころに作っといて正解だった」
「私メイドやらないよ」
「私はのぞみ達のクラス手伝ってるじゃん」
「それ禁止カード」
∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧
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< やることが!! >
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< 多過ぎる!!!! >
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もちろんまだなんとかなりそうな範囲の内側。壊れる余裕がある。
お兄ちゃんと雪月さんが手伝いたそうにこちらを見ているけど無視無視。
お祭りの醍醐味を奪われる訳にはいかない。
「リアル・ロール・プレイング・ゲーム。決まった時はこれしかないって感じだったのにこんなに大変だったとは……」
物語の世界を教室で再現する。
もともとRPGは紙とえんぴつと賽子で遊ぶものだったんだしそれ自体に無理はない。
ただ……。
「各部にキャラを一人ずつ作って貰うっていうのは相当無茶だったね」
「パーティメンバーを合言葉で獲得するだけならまだなんとかなったのに」
「あれもこれも積み込み過ぎちゃったよ。しかも無理すればできるかもしれないって範囲を抜けてない」
協力をお願いした部にはRPG用のキャラ作成を依頼した。
合言葉とこっちで作ったキャラを模擬店内のどこかに設置してもらう予定だったのに、あれもしたい、これならできると言われまとめ役の私達のやることが雪だるま式に増えていった。
締め切りなんて言う間もなく完成品が上がってくるし言えば修正もやってくれる。音信不通の人はいない。
皆みんな、よりよくしたいのは存分に伝わってくる。
それでもちょっとずつやることが増えていく。
「ごめんねのぞみちゃん。今日も泊まることになりそう」
「りょーかい。というかもう文化祭までずっといたら?」
お祭りは準備期間から楽しむもの。
私達は幸い全ての部にまたがるほど大規模な出し物の中心として大いにそれを享受できる立場にある。糸ちゃんじゃないけど私だってワクワクしっぱなしだ。
最初に学校に泊まるのはナシと釘を刺されちゃったから主な活動場所は私と糸ちゃんの部屋。
「考えとく。ちょっとお風呂借りるね」
「あ、女バスからメール来てるけど返信はともかく内容だけでも見てから行く?」
「……そうする」
結局そのあと野球部とクイズ部と調理部の相談にのった雫歌ちゃんがお風呂にいったのは40分も経ってからだった。
「人手はあるけど私の人数が足りない」
雫歌ちゃんが壊れた。
さっきは引き算ができなかったようだけど今はもうそれどころじゃなく自分の数を数えられなくなっている。
「雫歌ちゃん、疲れてるんだよ」
「だって糸は5人くらいいるじゃん」
……。
いや、いないよ。一瞬納得しかけたけどいないよ。
糸ちゃんが何人分の仕事してるか知らないけど普通は一人だと一人分の仕事しかできない。
少なくとも私は私の分の仕事しかできていない。
「そんなこと言うなら私なんて去年経験してるのに糸ちゃんに押し付けすぎちゃってるし」
「のぞみちゃんは総監督なんだから仕事を振るのが仕事じゃん」
「糸ちゃんが勝手に持って行くから実はその仕事できてないんだけどね」
雫歌ちゃんの担当はキャラクターデザイン。私達の中で一番絵心があったから主人公と一緒に冒険にいってくれるメインヒロインを描いてもらった。
それとボス3種。最後に全員集合の一枚絵を描くことになった。主人公2種とメインヒロインと23の各部のお助けキャラ。
細部は各部に仕上げてもらうんだけど全体の調和をとってもらう。
そしてついでにメインシナリオ。シナリオ班は3班あるんだけどその3つを俯瞰して纏める役目を任せている。
膨れ上がった設定を制限時間内に押し込むびっくりするくらい大変な作業だ。
「ちょっと休憩しよ。糸ちゃんなんてもう寝ちゃったよ」
糸ちゃんの作業は人と話すものが中心だから皆が寝る時間は暇だ。
大量の仕事をこなしてもう寝てしまった。無理はしないという言葉は一応本当だったみたいで一安心。
私と雫歌ちゃんは一人でもできる作業がある(というかこちらがメイン)からリビングでまだ作業中だ。
「はい、糸ちゃんには内緒ね」
キッチンで飲み物を作って雫歌ちゃんに渡す。
私の分と合わせて二つのグラスとコースターが机の上に置かれた。
「ありがと。これ美味しいね」
二人でチリンッと乾杯。
あとで歯を磨き直さないといけないけど頭使いっぱなしだし水よりは味のついたものが飲みたい。
「コメットっていうノンアルコールカクテルを出すお店があってね。それを私が勝手に再現した奴だよ。星の名前のカクテルって結構おしゃれだよね。大人になったらそういうバー巡っても良いかも」
「のぞみちゃん、身長で入れてもらえないんじゃない?」
「……こういうのは身長じゃなくて雰囲気だから」
でもまぁ、バーに行くのは運転免許とってからにしよう。
なんでお酒をのんだら乗れなくなるものの証明書を携帯してお酒を飲みにいかなきゃいけないのかという矛盾からは目を逸らす。
「コメットってピッタリでしょ。こんなこともあろうかと材料揃えといたんだ」
近所のスーパーでライムが初売りされていたからついつい買ってしまった。
買ってから使い道を考えたのは内緒だ。
「もし順調に進んだら飲めなかった訳ね」
「もったいないから明日には出してるよ。……作る余裕があればね」
他の人が起きてる時間にやりたいことが多いとそんな余裕もなくなってくる。
糸ちゃんが纏めてくれた結論を見ながら出来上がる全体像を読む。細かなチェックを入れながらコメットをもう一口。
「そもそも私、絵が描けるってだけで上手い訳でもないんだけど」
「絵が描ける人ってみんなそんなこと言うね」
私だって各部のキャラデザ担当と話す機会が多いんだけど同じような言葉を何度も聞いた。
とはいえこの新見アミに一番気合をいれているのは間違いなく雫歌ちゃんだ。
糸ちゃんに描いてとせがまれるうちに趣味になったらしい。ピアノもそんな感じだそう。
世界観はSFよりのファンタジーで基本的な舞台は近未来になる。
主人公が使う武器は光線銃で試作品は既に上がっている。あとは各部のチャームポイントになる小道具を一つづつ作って仲間になりきる(お客さん側でもいいし私達でもいい)からこれも20以上。
作業量……。小道具班も進捗率はギリギリだ。
「彗星、どうなるかな」
コメットを飲みながら話題に出すのはもちろん彗星のこと。
私たちが気にしている彗星の名前は紫金山・アトラス彗星。
中国の南京にある紫金山天文台と南アフリカの小惑星地球衝突最終警報システム(ATLAS)の望遠鏡が発見した彗星だ。ちょっとややこしいが彗星の名前には発見者・団体の名前が最大三つまでつくことになっている。
「昔っから彗星は予測不可能だからねぇ。アイソン彗星みたいに期待されていながら明るくならない彗星なんていっぱいある。その逆、ネオワイズ彗星みたいに当初の予想を超えて明るくなった場合もある」
なんなら期待が大きかったら駄目、期待してない彗星は明るくなるみたいな変なジンクスまである。
ちょっと前のアトラス彗星の『C/2019 Y4』もマイナス等級になるんじゃないと言われて蓋を開けてみれば近日点のはるか手前で星が崩壊して等級が全然上がらなかった。
「アミちゃんがんばって」
紫金山・アトラス彗星は番号でいうと『C/2023 A3』となるから後ろ4桁をとって新見アミとして雫歌ちゃんにキャラクターをデザインしてもらっている。
無機質な表情で銀髪ツインテールな女の子だ。物語のヒロイン兼ナビゲーターの電子の精霊。
彗星がモチーフだからいたるところに彗星要素をいれてもらっている。例えば彗星はイオンの尾と塵の尾で二本あるから髪型をツインテールにした。
「0.4auまで近づくんだよね」
「そうそう。水星の軌道と同じくらいまで近づくよ」
1auがだいたい太陽から地球までの距離。紫金山・アトラス彗星の近日点はその半分以下だ。
核が太陽に近づけば近づくほど崩壊の可能性は高くなる。
実は水星の表面温度は400℃以上。実際にはこの熱の他に太陽風の影響もあってその上で太陽の潮汐力にも耐えなければならない。
「エンケ彗星よりは外側だからまだ可能性はあるんだ」
エンケ彗星は3年ちょいで太陽の周りを回っている昔からある彗星で、もう揮発性の物質は大方出し尽くした感じの暗い彗星だ。
等級も6を切るから肉眼ではほぼ見えない。
このエンケ彗星の近日点は0.3auを少し超えるくらいだからそのくらいの大きさがあれば核が崩壊しない実例がある。
今年の春頃から期待されていた彗星で、夏に一度核が崩壊したんじゃないかと言われた彗星。
ただ、つい最近――具体的には夏休みが終わったくらい――まだ壊れていないという報告がNASAから出てきた。
「壊れてないといいなぁ」
この場合ジンクス的にはどっちになるんだろうか。
今は太陽に近すぎて(実際の距離じゃなくて地球からの見かけの距離)観測がすごーく難しいから続報がなかなか得られない。
「ね。天文好きの人は皆そう思ってるんじゃない?」
「お兄ちゃんと雪月さんはどこで崩壊したら流星雨になるかの計算してるよ」
「えぇ……」
彗星は流星群の元だ。
例えばハレー彗星はオリオン座流星群とみずがめ座η流星群の由来とされている。
そして流星群の性質上、流れ星の数がひと際多くなるのは彗星の核が崩壊した時だ。その時は流星雨が見れるかもしれない。
特に明るい流れ星を火球と呼ぶように、ことさら流れ星が見られる流星群を流星雨と言う。
こんな風に流星雨になったものはやっぱりアンドロメダ流星雨が有名。
もちろん彗星が壊れるのだからもうその流星群は見れなくなるけど、一回か二回なら流星群、流星雨として名を馳せることができる。
「アミちゃんどうなるかなぁ」
「儚く消えるシナリオだったのにね」
「もう崩壊したんだと思ってたよ」
「離心率が1を超えてることが分かってから戦々恐々の毎日。崩壊のニュース聞いてやっぱり駄目だったかーだったもん」
彗星の軌道で私が気にするポイントは二つ。
近日点と離心率だ。
近日点はその名が示す通り軌道上で最も太陽に近い場所。
彗星の尾ができるためにはできるだけ太陽に近い方が良い。水が揮発するのがだいたい1~2auだから最低でもこの数字は下回っておきたい。
近すぎても駄目、遠すぎても駄目。
続いて離心率。
軌道がどんな形かを表す指標だ。
0だと真円で、そこから1に近づくほどに歪んだ楕円形になる。地球の公転軌道の離心率は0.0167だからかなり円に近い。
紫金山・アトラス彗星の離心率は5月時点で1.000158・・・。
そう、1を超えちゃっているのだ。
離心率が1以上だと曲線が閉じることなく永遠に広がり続けることになる。円どころか楕円にすらならない。
これが彗星軌道においてかなりの不安要素となる。
今まで一度も太陽に近づいたことがないことになるからだ。
太陽系の外縁部にはオールトの雲と呼ばれるエリアがある。簡単に言うと彗星のような小天体がわんさかいる区域だ。紫金山・アトラス彗星はそこで何らかの理由から軌道が変わって太陽付近まできた。
このオールトの雲には長周期彗星のように何千万年とかで公転している彗星もある。
こっちは一度太陽に近づいて、さらに崩壊しなかったという実績がある。当然初めて太陽に近づく彗星はその実績がない訳だから明るくなる前に崩壊してしまう可能性が出てきてしまう訳だ。
「シナリオ決めるのは急務だったからちょっとどうしよっかってなるよね」
「このままでも大きな矛盾はないしなんなら話題性のためにはアミちゃんが大彗星になった方が都合良いもん」
どっちにしろ離心率が1を超えているから私達が生きてる間で地球に近づくのはこの一度きり。
近日点を過ぎればあとは遠ざかっていくのみだ。たとえ何万年、何億年経とうと帰ってくることはない。
そういう意味で言えばたとえ核が崩壊しなくたってシナリオを変える必要はない。
「せっかくだし生存ルート作る?」
私達が作るリアル・ロールプレイング・ゲームでは合言葉の数でエンディングが変わる。
合言葉を三つ以上集めて仲間を上限の三人にすれば最高評価のグランドエンドを迎えられるような設計だ。
ただし、どのルートでも新見アミは最後の力を使い果たして消えてしまう。
紫金山・アトラス彗星が崩壊したということでわざと絶対に助からないようにしてしまった。
「うーん……」
今なら、まだなんとかなる。
この企画の責任者は私だ。
それが大事なことであろうと私と雫歌ちゃんで会議を通さずに決めることができる。
グランドエンドが悲しいお話になることに最後まで反対したのは雫歌ちゃんだ。
でもクラスの流れに逆らえず、彗星も崩壊したということでグランドエンドは別れの話になった。
だから雫歌ちゃんとしてはできれば今からでもシナリオを変えたいと思ってるんじゃないかとちょっと思ってる。
そして、そう思ったのは私だけじゃなかった。
「でも作業量が……。みんなに無理もさせちゃうし」
「実はついさっきシナリオ班から新たなルートのプロットが届いてさ」
「え」
アミちゃんが生き残るために必要な設定。条件。必要性。
他のルートの邪魔にならないようにキャラがぶれることなくアミちゃんのためのルートがでてきた。
「バトル担当からトゥルーエンド用の分岐案が来てね」
「え!」
たぶん裏で意見を合わせてきたんだろう。
バトルシーンで特定の動作を促すような分岐ができた。ただ戦闘に勝利して終わるだけじゃたどり着けない領域。
「小道具班からはなんとか三人捻出するってさ」
「えっ!?」
必要になった人手の捻出までお膳立てされてしまった。
私だけじゃこうはならなかったと思う。
クラスの皆が自ら作業量を増やしてまで力になろうとしてくれたのは雫歌ちゃんのためだ。
「愛されてるね、アミちゃん」
まだ紫金山・アトラス彗星がどうなるかははっきりしない。
だからこそ、綺麗に見えるように祈っていたのは私達だけじゃなかったことは本当に心強い。
北半球での見ごろは10月中旬。日の入り直後、2等級以上の明るさで西の空に輝いているはずだ。
文化祭はとっくに終わってるからお礼に観望会を開いて関わってくれた皆を招待しようと思う。
アミちゃんだってきっと応援してくれている。
「という訳で死ぬ予定だったのに急遽生きることになって泣き笑いみたいな表情の差分が必要になったんだけど追加の作業お願いして良い?」
雫歌ちゃんは目を白黒させ、自分のやらなきゃいけない作業を把握し、それができるのは自分だけだと認識し、何より自分がやってみたいと言う気持ちを自覚してしまい……
「み゜ゃあ゛あ゛あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
さっきより少しだけ大きくなった声を聞きながら雫歌ちゃんが作画作業で抜ける穴をどう埋めるかを考える。
今日、また一つ作業が増えてしまった。
文化祭編はたぶん書かないので中途半端かもしれませんがこれで完結です。
彗星ですが近日点を乗り切ればたぶん大丈夫なはずなので来月を楽しみにしましょう。
☆めざせ世紀の大彗星☆




