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夜空の明るさは真っ暗闇の中でないと見えないもの

 いつもは真っ暗な空を見上げて、一等星をはじめ明るい星から順に見つけていく。

 徐々に目が慣れていき、暗めの星も見えるようになってから全体を把握するのがおなじみの手順だ。

 それが今日はどうだろう。

 夜空が明るい。溢れんばかりの星々が出迎えてくれる。


 流石に今はどこに何の星があるか分かる。夏の大三角から逆算して、あの辺にこの星座があるからあれがそうだ、みたいな感じで脳の情報と目の前の景色を照合するのにちょっと時間がかかってしまうけど普通は見えない謎の星が邪魔をしてくる。

 油断すると一等星すら見落としそうなほど星でいっぱいの夜空を余すことなく目に灼きつける。

 糸ちゃんや雫歌ちゃんが里の夜は明るいと言っていた意味がようやく分かった。


 確かに写真やシミュレーターでなら似たような空を見たことはある。

 でもそれはそういうふうに人の目に届かないほど暗い光を技術で集めたりオーバーに表現しているだけだと思ってた。


 ううん、たぶん考えたこともなかった。

 この星空が本物だなんて未だに信じられない。


 こんなにたくさん星があるなら星が降ってきそうなんて表現も全然大袈裟じゃない。

 手を伸ばせば本当に届くんじゃな……


「わっ!?」


「そこ崖だから危ないよ」


 足を踏み外すのは予定調和とばかりに雫歌ちゃんに後ろから抱きとめられた。自分で踏ん張るのは無理だと判断して雫歌ちゃんに合わせて足を畳む。

 ふわっと体を持ち上げられた一瞬でバランスを立て直した後は雫歌ちゃんに預けていた体重を返してもらいトンッと着地、自分の足で立つ。

 おかげで転倒は防げたけどだいぶ恥ずかしい。


 確かに分かりやすく崖がある。暗いけど何かに気を取られてなければ普通に気付く。浅いから大したことないとは思うけど捻ったら大変だし危なかった。

 というか私いつの間にこんな位置まで来たんだろうか。

 全然記憶にない。


 あと雫歌ちゃんが離してくれない。

 ひょっとしたら目を離すとまた崖に突っ込むと思われているのかもしれない。正直自分でも可能性が捨てきれないのが悔しいところ。

 そして後ろから追い討ちの言葉が発せられた。


「で、誰が星を好きじゃなかったのかも、だって?」



――私、単にお兄ちゃんが星を好きだったから星を見てただけなのかもしれないね。私自身はそこまで星を好きじゃなかったのかも――



 学校で言ってしまった言葉を思い出す。

 雫歌ちゃんごと振り返るとニヤニヤした糸ちゃんがいた。

 返す言葉がないので視線を上に上げる。北斗七星が全然目立たない。

 あんなこと言わなきゃよかったと思うももう遅い。

 我を忘れるほど見惚れてどの口が言うのか。


「正直のぞみが星を嫌いになるかもって不安は今もあるよ。でもさ、今まで一度も星を好きになったことないなんて言ってほしくない。たとえ未来は分からなくとも星を好きな過去は誇って欲しいんだ」


 私の口から零れたその言葉は糸ちゃんにも大きな棘となって刺さっていた。

 だから不安にさせてしまったし、未来の保証がどこにもないことを思い出させてしまった。


「いやいや、のぞみちゃんは十年後も二十年後も、なんだったら百年後も星を見てるよ。そもそも私達、のぞみちゃんに憧れて天文部に入った……というか作ったんだから、そののぞみちゃんが星を嫌いな訳ない」


 百年後って……。

 でも、そんな未来もありかもしれない。


 星を見て我を忘れるほど感動したのはいつぶりだろう。


「のぞみは自分の"好き"に無頓着過ぎ!」


「その通り、だね。うん。全くその通り」


 私は星が好き。

 こうやって見るのも好きだし調べるのも好き。

 久しく忘れていた興奮をようやく思い出した。


「ところで私はいつまで抱きしめられてる感じ?」


「だって羨ましかったから」


 なら仕方ないかぁ。






「にしてもよくここまで仕掛けたよね」


 準備の良いことに糸ちゃんが持ってきたピクニックシートをひいてそこに三人仲良く並んで座っている。

 雫歌ちゃんが持ってきた熱いお茶を飲んでホッと一息。

 もう七月とはいえ夜は冷えるからお茶が美味しい。

 あと準備良すぎてビックリ。


「ここ、私と糸が昔迷い込んだ場所なんだ」


「その時は偶然条件揃ったんだと思うの。でも、それが今日の必然に繋がったから結果オーライ」


 今日は狙ってその通りになったのは分かる。


 まず大事なのは月が出ていないこと。

 流石に太陽とは比べ物にならないけど、月の光は多くの星の光を塗りつぶしてしまう。

 そしてあの不自然なタイミングの休憩は暗闇に目を慣れさせるのに必要な時間稼ぎだった。しかもまだ早いなんて直球のヒントまで出してた。思えばあそこで気付いてもよかったなぁ。スマホを見ちゃダメとかもう答えを言ったようなものなのに。


 でも仕方ないかなぁ。

 私は星がこんなに綺麗だと知らなかった。


「いや、大変だったよ。うちに連絡したら雨降ってるって言われて、でもすぐ()むだろうって話だったから強行した」


「あぁ、それで。雨が空気中の(ちり)を洗い流すから空気が澄むんだ」


 知識は豊富でも経験がない。

 まさしく百聞は一見にしかずの言葉通りだった。


「そっか。そういえばあの時も雨あがりだったね」


「あれ、そうだっけ?」


「えーもぉ。忘れたの?」


「あれだよ、雫歌が転んで泣きべそかいてたのは覚えてる」


「転んだの糸だよ。膝すっごい擦りむいちゃって、見てるこっちが痛くて泣いちゃった」


「あー。そうだったかも。よくそんな細かいところ覚えてるね」


「あの時もだけどなんでそんな平気そうなの!? 無頓着すぎ。糸も人のこと言えないからね!」


 いつの間にか二人の思い出話に移行。

 私を挟んで当時を振り返る。ボーっと星を眺めながら友達の楽しげな声に耳を澄ます。なかなか贅沢なひとときだ。

 ブランコを自作しただとか野生の梨を食べただとか、二人の思い出は新鮮で興味深い。


「「ふふっ」」


「なんか、糸とこんなに話すの久しぶりかも」


「だね。なんか可笑しい」


「そうなの?」


 意外だった。

 二人は息ぴったりで、ずっとそうだと思ってた。


「私達、一回関係途切れているんだ」


「それまで毎日遊んでたのに、中学三年間はほとんど会えなかった」


 一回聞いた気がする。

 でもそこまでとは思わなかった。


「あの文化祭のときから少しずつ前の私たちに戻っていったよね」


「のぞみの趣味が星じゃなかったらここまですんなり元通りにならなかったかもね」


「あー。それはあるかも」


「いやいや、それはないんじゃない?」


 私としてはそんな二人の仲を取り持つ様なことはしていない。

 身に覚えがないことを言われても戸惑うばかり。


「私たち、趣味とか全然違うから接点は作らないとないんだよ。でも星ならお互い好きって信じられる」


「ねぇ、のぞみちゃん。私たち、別に義理で天文部に入った訳じゃないんだよ。だって私たち、この空を知ってるからね」


「二人ともゼロから、だけど二人とも好きだと信じあえるもの。のぞみの方から近づいてくれて私たちはラッキーだ」


「ありがとう。のぞみちゃん」


 お礼を言わないといけないのは私の方だ。

 私は今までこの星空を知らずに星を語っていた。


「その私がこの体たらくだけどね」


 なんとなく照れ臭くて自嘲気味に返す。

 危うく全てをめちゃくちゃにするところだった。

 いや、まだ解決できてない。これからちゃんと謝らないと。


「大丈夫。いくらでも思い出させてあげる」


「えー。もう大丈夫だって」


「信用ないよ」


「だって、この空を知ったんだよ?」


 雫歌ちゃんが今言った言葉を繰り返す。

 この空を知っていることは確かに自信になる。


 できれば部のみんなにも知って欲しい。これを知っているのといないのでは大違いだ。

 でもこの里に全員を連れてくるのはちょっとまずい。

 私は獣人だからいいとして、それでもひっそりと同族がくらしていた場所を土足で踏み荒らすような真似はしたくない。


「あっ!」


 勢いよく立ち上がる。

 そうだ。知ってもらう手はある。私は天文部の最高決定者。なんだってできる。


「合宿しよう!」


 二人に向き直って宣言する。

 星の綺麗なところは(ここ)だけじゃない。世界が認めた星の観測に適した場所がある。


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