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17/23

知らない空

プレーリードッグ、ミーアキャットと悩んだ

 私はあのあと誘拐された。

 いや、一旦家に帰って着替えたり両親に連絡したり、おおよそ誘拐とは思えない手順だったけど二人が誘拐というのでそういうことになった。


 攫われた(?)場所は里。


 正直名前が欲しかったけど、今まで唯一無二だったし外部と関わりなんてなかったから単に里とだけ呼ばれているらしい。

 糸ちゃんと雫歌ちゃんの生まれ育った場所。

 電車からバスに乗り換え、最寄りと思われるバス停からは迎えの車(!?)で里に入ることになった。現代科学に汚染されている。そういえば糸ちゃんは少子化で里から出ることになったんだっけ。世知辛い。


 お兄ちゃんは雪月さんに連れられて一回行ったことがあるみたいだけど私がこの地に足を踏み入れたことはなかった。

 明日学校へはいけそうにない。期末試験の返却があるかもだけど三人揃っておサボりさん確定だ。

 あの娘に謝るのは明後日になるなぁ。


「獣人って現代にもいたんだね」


「私手鏡持ってるよ」


「耳と尻尾は映らないじゃん」


「あ、私んちに映るのあるよ」


 糸ちゃんの実家にお邪魔させてもらい、荷物を置いたらすぐに外に出て今は何故か森の中を歩いてる。途中で何人もの獣人(全員猫)と出会った。こんなにたくさんの獣人と会うのは初めてだ。

 ……あとでもう一度お邪魔させてもらう時に鏡見せてもらおう。


 二人を怒らせてしまったけどなんとか会話ができるようにはなってくれて、雑談程度ならできるようになった。

 ちょっと雨が降ったらしく少し湿った獣道を歩いていく。


 今ちょうど陽が沈んでいる最中で、夕焼けを通り越して紫色になった宵の空が見える。

 里自体が閉鎖された空間というだけあって辺りはすぐ真っ暗になる。せめて月でも出てくれればもう少し明るいんだけど今日は逆三日月で太陽より先に沈み、顔を出すのは深夜帯以降になるから望めない。

 ただ、耳ほどではないけど目も獣人としての影響を受けていて、これで私達は普通の人よりは暗闇での視界を確保できる。流石に昼と同じようには動けないけど歩くだけなら充分だ。


 誘拐(?)される時に山を歩ける恰好を指定されたのはこういうことだったか。


「あ、カナブンいる」


「ちょっと、近づけないでよ」


「え、子供の頃は平気だったじゃん」


「なんで平気だったんだろ」


 糸ちゃんが唐突に木のそばまで行ってカナブンを手にとる。

 そのまま嬉しそうに見せてくれたけど雫歌ちゃんは虫が駄目らしい。


「のぞみは? 虫平気?」


「触るくらいならできるよ。好きでも嫌いでもない。ただ昔クビキリギスの首取っちゃってそれ以来力入れ過ぎないようにおっかなびっくりになっちゃう」


「あー。カブトムシとかも木にしがみつく所為で足先なくなっちゃうよね」


 この話題、女子高生としてどうなんだろうか。

 お兄ちゃんはたまに虫取りしてるみたいだけど私はカナブンとハナムグリとコガネムシの違いも分からない。

 死なせてしまった虫の生態はちょっと調べてキリギリスの仲間だってことは分かった。キリギリスってバッタと何が違うのかとか気にせず害虫以外の虫は全部割れ物を扱うようにしている。


「もう行くよ」


 雫歌ちゃんに促されて止めていた足を前に進める。これ以上の引き出しがない私も続いた。

 糸ちゃんも捕まえたカナブンを離してすぐに追いついてくる。


 真っ暗になってしまった雑木林を歩いていく。

 どこまでいくんだろ。こんな時間に散歩にいくんだからそこまで遠くじゃないはず。

 星で方角くらい分からないかなって上を見ても広葉樹の葉が重なりあっているだけで星の並びは分からない。たまに隙間から見えるけどどの星かはさっぱりだ。


 少しずつ登っているのは分かる。

 遠足とは違って体力低い子に合わせる必要がないからだいぶ速いペースだけどどこまでいくんだろ。

 見えるとは言ってもやっぱり明るい方が見やすいことに変わりなく、不便なんだけど二人は勝手知ったる庭のように――実際庭のようなものなのかも――すいすいと歩を進める。

 二人ってやっぱり山ガールだったんだなぁ。


「あ、ペース大丈夫?」


「平気。二人の後をついてくだけなら簡単だよ」


「慣れないのに山道登らせてごめんね」


「それは良いんだけど、そろそろ目的地くらい教えてくれない?」


「「まだ秘密」」


 やっぱり誘拐かもしれない。

 息ピッタリな反対を聞いて少し考える。私をどこへ連れて行きたいんだろうか。


 空を見上げてもこのあたりは樹々が密集していてヒントもない。見えても分かることなんてほぼないから一緒か。


「んー。じゃあちょっと休憩がてらヒント」


 糸ちゃんが歩を止めて完全にこっちを向いた。

 もう怒った様子もなく少し笑ってる。


「ここでの休憩は必要だからだよ。まだちょっと早い」


「早い? 花火でも上げるの?」


「花火なんて上げたらリセットされちゃうじゃん」


 リセット?

 んー。ならタイミングは私たちだ。


 やっぱり天体現象かな。それなら一、二分で終わるものもあれば一晩中続くものもある。だけど今日はめぼしいショーはなかったはず。


「あ、スマホ見るの禁止ね」


「そんなズルしないって」


「大丈夫。のぞみちゃんなら見た瞬間思い出せるよ」


「いや、思い出すも何も私今日初めてここに来たんだよ」


 二人とも不思議なことを言って煙に巻く。

 さっぱり分からない。


 分からないけどこれは私のためなんだろうなぁ。

 まさか山に埋める訳でもない。


 時間的には星だと思うんだけど心当たりが全くない。

 人工衛星でも通るのかと思ったけどそれが輝く時間は日の出か日の入り前後の僅かな間のみ。今この時足を止めるならやっぱり候補から外れてしまう。


「そうそう、うちの里どう?」


「まだ糸ちゃんの家にしか行ってないじゃん」


「畑とか田んぼばっかだし他も変わんないよ。神社というか祠はあるけど寂れて危ないし」


「私が里を出る以外の選択肢がないくらいの限界集落だからね。少子化の波に負けてもうすぐなくなるだろうなぁ」


「ちょくちょくファンタジーっぽくない単語出てくるよね。獣人の里の割に」


「むしろのぞみちゃんの方がファンタジーだよ」


「なら世界にファンタジーなんてないじゃん」


 私だって大したことできないのにそれ以下とか、うん、魔法って使い勝手悪いし仕方ないのかも。

 後世に残るのはきっと電子機器の方。里でスマホ覗いたら普通にWi-Fi通ってて逆にがっかりしたくらいだけど確かにその方が便利だ。

 そういえば糸ちゃんうちに来る前パソコンとか普通に弄ってたとは聞いてた。


 勝手に期待して勝手に失望するのはご法度だけど残念というほかない。


「トラクターはいいものだ。田植えすぐ終わる」


「あ、明日鶏捌いてみる?」


「いいの!?」


「私が料理で唯一のぞみに勝てる部分だから駄目!!」


「はいはい。週末はドーナツかなんか作ってあげるからちょっと黙っててね」


 糸ちゃんの所為でストップがかかるけど無視。ちょっとやってみたい。二人とも鶏捌けるんだ。この環境にいたらそれが普通なのかな。

 都会っ子だから分かんない。けどちょっと羨ましい。内訳としては羨ましいが1、大変そうが9とかになる。一回二回なら娯楽だけど毎日はきつい。

 私は所詮都会っ子だったか。


「ちゃんと穴空いてるやつね」


「分かってるよ」


 前に作った時はその穴が空いてない、お団子みたいな形のドーナツだったからこれはドーナツじゃないと言われてしまった。味は満足そうだったけどお菓子って見た目の比重もすごく大きい。


鬣犬(ハイエナ)は犬じゃないように、麝香猫(ジャコウネコ)が猫じゃないように、穴の開いてないドーナツはドーナツじゃないんだよ!!」


 ……だけどそこまで言う?


 




「そろそろ行こっか」


 そんな感じにしばらく話し、特に時計を見ることもなく先に進むことになった。

 正確な時間が必要ではないらしい。

 どうして待ったのかは分からないままだけど特に反対意見がある訳でもない。


 急いでいるとは違う、ただ歩く速度が速いだけ。

 普段は私が先頭を歩いて振り落とされる人がいないかどうかを気にする立場なことが多いけど今日は全くの正反対。

 こうやって先に進む人から気を使われたのは何年ぶりだろうか。


 真っ暗闇の中、こけないように地面に目をやる頻度が高くなり、目線を上げる時間が短くなっていく。

 ちょっと坂が急になったかもしれない。




 そして





 その時が訪れる。






 山頂に着き、木がなくなって視界が一気に開けた。








「綺麗……」









 気が付けば感嘆の声が漏れる。


 天の川がはっきり分かる。

 でも、他の星がなんであるかが分からない。

 いつもは目印になる星をぱっと見つけてそこを起点に星を特定していくんだけど今日はそれができない。

 私はそれなりに星を見ているし知識も豊富だと自負している。目印にする星は一つじゃないし春夏秋冬いつでも星空を見ればだいたいの時間まで分かるくらいには星に馴染んでる。

 それができないのは、この空がいつも見てる空とは別物だったから。





 私は今日はじめて、()()の星空を見た。



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