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見た目よりも性質の方が大事

 期末試験最終日。

 最後の試験が終わり、部活に意識を切り替える。

 そろそろ本格的に予算の使い道を決めないといけない時期になってしまった。

 新しい望遠鏡でも買って夏休みにでも天体観測といきたいところだけどどうにもしっくり来ない。でも皆にも予定とかあるだろうしいい加減決めないといけない。


「今回こそのぞみちゃんに勝てるはず」


「私だって手応え良かったし中間のようにはいかないから」


「「勝つのは私!」」


 中間試験の結果だけど、実を言うと非公式の合計点では雫歌ちゃんを抜いた。

 数学の試験で問題文中にまだ習ってない範囲の公式を使って良いって条件だったんだけど、時間余ってたからその公式を求める部分も書いたらテストの点が105点で返ってきた。

 もちろんテストの上限は100点。それを超える点が付けれないから100点で計算すると言われたけど答案用紙にだけプラス5点の表記がある。お兄ちゃん曰く理系科目の先生の何人かは満点を前提にそんなことをするらしい。

 その遊び心のおかげで(所為で?)私達はお互いが負けたと思っている感じになった。

 でも泡と消える幻のような追加点込みとはいえ雫歌ちゃんに勝てたのはちょっと嬉しい。


「相変わらず、格の違いを見せつけるのが上手いよね」


「いやこんなの一年もすれば評価の対象外じゃん」


「だから現時点ではのぞみちゃんの方が上ってことでしょ」


「現時点で区切るなら私のプラスアルファも無に帰すんだよ」


「そんなことないから先生が点くれたの」


「だいたいそれならちゃんとした合計点で勝つよ。今回もだけど中間の時だって打倒雫歌ちゃん目指して本気で頑張ったんだからね」


 この言い争いも何度目か。

 前回の二の舞にならないように、今回の期末の勝負は合計点(追加の点数も含む)とルールを変えて勝負することになった。

 毎回追加点の獲得なんてできる訳ないから厳しい戦いになるけど中間以上に本気で取り組んだし結果にも出ているはずだ。

 最初はある程度の点数とるために始めた試験勉強だけど微妙な点差で負けると火がつくというもの。


 そんな会話をしながら一緒に天文部の部室に向かうとふと窓の外のそれが目に入った。


「ひこうき雲」


「結構綺麗に見えるね」


「雨が降るかも」


「え、どうして?」


「ひこうき雲ができる条件と雨が降る条件が似てるから」


「そうなんだ。のぞみちゃんってなんでも知ってるね」


「解説はできないよ。理屈は一回調べたけど忘れちゃったし必ず雨が降るかっていうとそうじゃないし」


 でも経験的にそこまで外れてもいない。

 観望会直前にひこうき雲が現れて、終了してちょっとしたら雨が降ってきたことがあった。

 偶然の要素が強いけどそこまで変な確率でもない。燕が低いところを飛ぶとか猫が顔を洗うとか、天気予報を見てない時に信用するジンクスくらいの立ち位置。

 数多くあるパラメータの一つが一致しているというだけの話だ。


 雑談をしているうちに部室に辿り着く。


「あ、来た。のぞみ、火星に宝石あるらしいね」


 部室に行ったら開口一番糸ちゃんに詰め寄られた。

 他の部員と火星の探査機の話をしていたみたいだ。

 でも火星って地殻変動があんまりないから地表付近に重金属が少ないはずの星だし真珠や琥珀みたいな生物由来の宝石はゼロだしで宝石のイメージはない。


「え、なかったはずだけど? どれ?」


「ほら、火星にオパールを見つけたって」


 キュリオシティという名の火星探査機が去年オパールを発見したという記事を見つけて他の部員たちとその話をしていたらしい。

 確かにオパールという宝石は存在する。

 オーストラリアやハンガリーで国の石に指定されているくらい有名な宝石。


「あぁ、それ私も気になって調べたことあるんだけど見つかったのは宝石指定されないオパールらしいんだ。なんかオパールにも基準があって一定以上じゃないと宝石と認められないみたい」


「なーんだ。残念。まだ誰も手を付けてない宝石の鉱脈とかロマンの塊なのに」


「火星にいつまで液体の水があったかは重要なことなんだよ。火星のオパールに宝石的な価値はないけどその指標になる物質だから大注目なの」


 オパールを過熱すると水蒸気が発生する。

 ただの石じゃなくて水がないとオパールになれない。

 オパールがあるということは豊富な水が過去あったという何よりの証左だ。


「火星って水があるんだ」


「大気に普通に含まれてるよ。だから月より先に移住計画できるかもね」


 といってもまだまだ先の話だ。

 未だ人類は火星に届いていない。探査機を送り込んでいるだけだ。


「まぁ宝石が含まれる星ってあるにはあるけど仮に地球に持ち帰ることができたとしても宝石的価値はたぶんないよ」


「えー。どうして」


「工業用ダイヤモンドに宝石としての価値がないから。宝石って成分じゃなくて産地で価値を決める世界だもん」


 美術品や芸術品はもうそういうものとして扱うしかない。

 人類が宝石を科学的に作れるようになった時、ブランドを守るためにそういうことになった。

 だからこそ糸ちゃんは今宝石という言葉に価値を感じているわけだしそれは成功している。


 いや、宝石的価値がゼロかと言われるとそうじゃないんだけど、模造品としての側面が強すぎる。

 見た目が全く同じだろうが天然ものには敵わない。

 この辺は魚の養殖とかでも同じ傾向が見えるし私には分からないけど諦めてそういう世界だと受け止めるしかない。


 それに宝石や貴金属ってレーザーとか触媒に必須だったりするから宝石的価値なんてない方が良い。ただでさえ希少なものがさらに高価になってしまうと開発がもっと遅れてしまう。


「夢がない」


「天文は夢溢れる世界だよ。むしろ夢しかない」


 現実が追いついてないとかは禁句。

 でも宝石に工業的な性質ばかりを求めるのは確かに夢がないかもしれない。


「ほら、火星で酸素を生成とかは夢があるんじゃない?」


 火星で運用中の別の探査機、パーシビアランスの成果を挙げる。

 火星大気の九割以上を占める二酸化炭素から酸素を作り出すことに成功したのは凄いと思う。


 火星の大気圧は地球より遥かに低くたったの0.75パーセント。

 非常に薄いその大気の中で酸素は0.13パーセントしかないから人類が活動するにはどうしたって酸素を確保する必要がある。

 水蒸気があるといっても0.03パーセントだから水も別途用意しなければいけない。

 火星で活動する時に酸素と水を現地調達できればすごく楽になるからこれはその第一歩。


 キュリオシティの後継機も火星に到着してヘリコプターを飛ばすことに成功したし、ちゃくちゃくと夢へと向かっている。


「まぁ足しにはなると思うけど、この調子だと火星への移住ってそのまま夢のまま終わりそうじゃない?」


「あーちょっとぐーぜんみみがとーくなってよくきこえなかったなー」


 それでも金星よりは可能性あるんだよ。

 いくら火星より近い軌道を周っているとはいえ硫酸の雲に覆われて500℃近い超高温の大気が深海900m並みの気圧を持っている星はすごく難しい。

 探査機を着陸させた実績はあるにはあるけど数時間で活動を停止している。


 木星の衛星は可能性あるかもしれないけど、そこまで太陽から離れると今度は太陽光発電の効率が地球上の5パーセント以下――火星は半分程度――になるからそっちの意味で難しい。

 それでも太陽光発電が使えないこともないからまだマシ。

 今の科学技術だと木星より遠くに探査機を送る場合は太陽光発電が使えないことを前提に計画を立てている。

 原子力系の技術だから日本は関われない可能性大。


 そういう訳で人類が他の星に移住するなら一番近い月か、大気があって物資の現地調達を期待できる火星の二択。

 ただし両方とも問題は山積みで現実的じゃない。欲を言えば地球なみの磁場が欲しい。


「駄目じゃん」


「今後のキュリオシティとかパーシビアランスに期待だね。アメリカだけじゃなくて中国もローバータイプの探査機を着陸成功させたみたいだしこれから火星時代くるかもしんないよ」


「ロー……。なんて?」


「ローバー。探査車って言ったら分かりやすいかな。車輪が付いてて動き回れるタイプの探査機だよ」


「え? 探査機ってそれ以外もあるの?」


「周回衛星みたいに着陸しないタイプと、着地してもその場所で動かずにデータとるだけってタイプとかいろいろあるよ」


「言われてみれば。なんか探査機ってその探査車タイプばっかり思い浮かべてたよ」


 衛星軌道から写真をとるだけの探査の時代は終わったと前向きに考えよう。

 宇宙にいくためには地球の重力を振り切らなきゃいけないのに地球より重力の小さい星に着陸、もしくは周回することの難しさを語っても良いんだけど当たり前のレベルが上がるのは進歩の証だ。


「というかサンプルリターンは車輪とかないよ。採取できるのは着地点の試料だけ。日本もアメリカもね」


 正確にいうとそのローバーで採取したサンプルを持ち帰る計画はあるんだけど未だ実現できていない。

 火星は小惑星と違って重力がそこそこ強いから大変だ。


「アメリカもサンプルリターンしたことあるの?」


「あるよ。というか持ち帰った試料の量は日本より断然上。予算も上。飛ばした探査機自体の大きさもまるで違ってはやぶさ2の重さがだいたい600kgなのに対してオシリス・レックスが2000kgを超えるよ」


 オシリス・レックスがそのサンプルリターンを成功させたアメリカの探査機の名前だ。

 日本では『米国版はやぶさ』なんて言われ方もしている。

 向かった小惑星の名前はベンヌ。

 今はオシリス・アペックスと名前を変えて別の小惑星に向かっている。


「流石アメリカ。なんでもでっかいね。今度火星の月にいく奴は? サンプルの量勝ってる?」


「オシリス・レックスは去年100g以上のサンプルを持ち帰りました。再来年打ち上げ予定のMMX計画はなんとその一割以下の10gを目標としています」


「駄目じゃん」


「まぁあれだよ。火星由来の生物化石とか入るかもしんないし」


「ほんと?」


 だいぶ疑わし気な表情の糸ちゃん。

 正解。


 そもそも向かう先、火星の衛星であるフォボスに生命は誕生できない。

 だから火星からの飛来物の中にたまたま火星生命の痕跡が含まれていて、それがフォボスの地表付近(MMXでは2cm以上の土を掘り起こす予定)になければならない。

 フォボスの表面の0.1パーセントは火星由来じゃないかって言われているから仮に10gのサンプルリターンに成功したのなら火星の石は10mg。


 生命溢れる地球でさえ生命の誕生から20億年くらいは単細胞生物しかいなかったのだから火星に昔生命がいたとしても単細胞の可能性が高い。

 たった10mgの試料で単細胞生物の痕跡を証明するのは非常に困難なことくらい私だって分かる。


 つまり、火星に生命がいて、その生命が分かりやすく化石になるほど進化し、その化石がフォボスに届き、地表数cmの位置に存在し、その付近が探査機の着陸に適していて、化石を持ち帰ることに成功すれば火星の生命を証明できる。


「可能性の話だよ。夢語っていこっ」


 何度宝くじを当てればいいのかという、奇跡のハイブリッド。

 とはいえこれは小惑星ではありえない。ゼロがゼロでなくなった。


「火星の探査……車? がチャート発見する可能性の方が高そう」


「……」


 チャートは地球だとその辺の河原にもあるありふれた石。

 そして放散虫の死骸の塊だから見つかった時点で生命がいたことがほぼ確定する。

 フォボスで見つかるなら火星で活動中の探査機でも見つかりそうというのはその通りだ。


「いやでもそれを持ち帰ったら大手柄だから」


 日本に先駆けて欲しいという気持ちは多少あるけど可能なら両方、ううん、どの国のミッションも成功すれば良い。


「あ、火星からなら隕石とかないの? サンプルってそれでもよくない?」


「……。た、大気圏突入時にとんでもない温度になるから駄目」


 アラン・ヒルズ84001という、南極で見つかった火星隕石がある。

 内部に生命の化石みたいなものがあり議論を呼んだ隕石だ。

 結局そのアラン・ヒルズ84001は生物由来じゃないという風に落ち着いたけど(別の視点で熱くなる発見はあった)、まだ可能性を捨てるには早すぎる。


 ひょっとして火星を探査するより南極――隕石の大半は南極で見つかる――を探査した方が早いんじゃ、いやいや、宇宙探査のロマンに勝るものなし。

 そうだよ。やっぱり宇宙に夢を求めなくちゃ。

 それに隕石だとどうしても地球由来の生物である可能性を捨てきれないからやっぱりなし。


「一応MMXでは着陸した地点の画像を元にどこを掘るかある程度自由度があるからそこも差かなぁ」


「隕石ガチャは完全ランダムだから諦めて有料ガチャを引けってことだね。石が確率低い方なのはゲームと違うけど」


 フォボスの起源も解明しなきゃいけない。

 今のところフォボスの欠片が地球に届くのは7年後の予定。


 その頃私は社会人か大学院生かな? 留年も浪人もしてないといいな。

 気長に待っていよう。

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