それはきっと太陽が
糸ちゃんは無事一日で復活。大事をとってもう一日休んでも良いと思うけど普通に学校に行った。
学校生活で疲れちゃったことも本当だけどその学校生活を楽しんでいるのも本当だから止められない。あとは糸ちゃんが倒れちゃう前になんとかサインを見逃さないようにするだけだ。
猫かな? 猫だった。
「北斗七星は分かる? その柄を伸ばしていったのが春の大曲線。途中の明るい星二つとあの星で春の大三角だよ」
いつもお世話になってる天文台が主催する観望会に天文部の皆をご招待。したら糸ちゃん経由で漫研の一年生も来た。最初はお兄ちゃんを見て本物の星の人だって騒いでいたけど今は大人しく糸ちゃんの解説を聞いている。
糸ちゃんの声ってよく通るから離れててもすぐに分かっちゃう。こういう時は少しその声質が羨ましい。
私はというと幼稚園の子たちに囲まれている。
ハーモニカの練習をさせてもらっているから少しでも恩返し。ただし常連さんだから下手したら天文部の人たちより星を見た経験多いかもしれない。保護者同伴で来たい人だけ来るシステムだけどありがたいことにリピーターが多い。
びっくりなことに教会がやってる幼稚園だからって園児や保護者の人がキリスト教ってことはないらしい。なんなら幼稚園の先生だってキリスト教徒は少数派だそう。
「今日は火星見える?」
「今日は無理かなあ」
「金星は?」
「金星も難しいなぁ」
「むぅ」
「わたし土星が見たい!」
「ごめんね。土星も地面の下にいるの」
今日は惑星がほとんど見えない。木星がちょっと見えると思ったらすぐに沈んだ。うちの天文台、西側は街だから見づらいんだよね。東側は街灯りがないから結構見えてくれるんだけど。
にしてもやっぱり惑星は特別。
太陽系の仲間というのもあるけどカタカナの星より覚えやすいのが大きいんだと思う。
特に土星は環があるからその中でも別格。この子たちに星の絵を書いてもらったら半分以上の子の絵に環がある星があったそう。
「えっと、大丈夫? のぞみちゃん」
「難しいかも。星の巡りが悪い」
雫歌ちゃんに心配されちゃったけど打つ手があんまりない。
せめて月でも昇ってくれたらと思うけど満月を過ぎて月の出がどんどん遅くなっている最中。小さい子を連れまわす時間には昇らない。
いっそ流れ星でも流れてくれたらいいのに。こと座流星群カムバーック。もしくは突如とも座流星群が日付をずらして復活してくれないものか。
既に沈静化した流星群に思いを馳せても空は何も返してくれない。
他の部員は私以外の星空案内人さんに見てもらっている。いっつも私の解説だけだと片寄っちゃうからね。
そういう訳で私はハーモニカで縁のある幼稚園の子供たちの案内を担当中。ただ一人だと手に余るし楽器演奏の練習仲間の雫歌ちゃんに手伝ってもらうことにした。
あれからもちょくちょく一緒に練習しているから雫歌ちゃんにとってももうこの子たちは他人じゃない。
その小さな子たちに囲まれてしまった。
そのうちの一人、近くの女の子が一つの疑問を声に出した。
「ねえ。どうして夜が来るの?」
それは地球が自転してるから、は正確じゃないな。仮に自転してない星があったとして公転もしていたら昼と夜は来る。
むしろ夜が基本で空が明るくなる条件が結構シビア、なんて話をしても子供たちは飽きてその辺を駆け回ってしまう(一敗)。
とはいえどうしたものか。失敗から学べるものは失敗する方法だけでそこからどうするかは私にかかっている。
「そうそう。夜が来なかったらもっと遊べるのに」
「暗くなる前に帰らなきゃいけないの」
一人の疑問が全体の疑問になった。
一日がすぐに終わってしまうことが不満らしい。私がこのくらいの年齢だったころは少し特殊で、お兄ちゃんの影響が大きいんだけど夜が来るのが待ち遠しかった。一番星をどっちが先に見つけるかの競争が懐かしい。
黙り込んでしまうのが一番駄目だからなんとか答えたいんだけど、数秒詰まってしまった。
そんな時、頼もしい救世主が現れる。
「それはね、お陽さまはお星さまのことが大好きだからだよ」
返答に困っていたら雫歌ちゃんが引き継いでくれた。
その一言で雫歌ちゃんの言いたいことをだいたい察することができる。それにこの表現方法を使うことは素敵だと思う。私では出てこない発想。
「実はお星さまって昼でも光ってることを知ってる人はいるかな?」
雫歌ちゃんが手をあげて挙手を促すも知っている人はいない。
流石に知らないか。
「お陽さまってまぶしいから小さな光は書き消してしまうの。でもお陽さまはこの星空が大好きだから皆にも見て欲しいんだよ。だから沈んだの」
太陽が出ている時に見える星は限られている。
真っ昼間という条件なら月くらいしか見えない。ベテルギウスが超新星爆発を起こしたら見えるかもしれないらしいけど私が生きてるうちにはたぶん来ない。
太陽が沈まないと星は見えない。
雫歌ちゃんが言いたいことはこれだと思う。
でもこれだと納得させるのは難しくない?
「えー。でも今日普通の星空だよ」
「普通の星しか見えないよ」
子供たちから不満の声があがる。
今日の夜空は満月もいなければ惑星もいない。この季節ならいつでも見ることができる星たち。
ここからどう展開するんだろう?
その星々を見て、雫歌ちゃんは言葉を紡ぐ。
「普通じゃ駄目かな?」
ハッとさせられた。
今日の星空は特別じゃない。
数年に一度どころか年に数回起こるような天文現象もない。
それでも、私はそんな空をよく見てる。
何回も何回も、どこにどんな星があるのかを既に知っているのに夜空に一つ星を見つけては少し嬉しい気持ちになる。
太陽はきっと、私にこの気持ちを知って欲しいから沈んだんだ。
「たとえば、帰ったら靴を揃えて脱ぐ。手を洗う。寝る前は歯を磨く。朝はちゃんと起きて朝ごはんを食べる」
雫歌ちゃんが一つ一つ、普通なことを列挙していく。
どれも何気ない日常で、単なる生活習慣。
「当たり前って大事なんだよ。特別なんかじゃない。でも、それは本当にすごいことで誇って良いことだと思うの。周りに同じような人がいっぱいいたって良い。みんなみんな、全員すごいんだよ」
ナンバーワンじゃないしオンリーワンでもない。
それでもすごい事はすごいことだ。それを忘れていた。
元気な子はピーマン全部食べたとか、おもちゃを片付けたとか普通のことを報告してくれて、雫歌ちゃんはその一つ一つにすごいねだったり、やったねだったり称賛を返す。決して大袈裟に言ってる訳じゃなく、それこそ普通に褒めているだけ。
でも子供たちはみんな笑顔になった。周りが暗くたって楽しそうな雰囲気は共有できる。
「今日はそんな普通の星を紹介するね」
いつの間にか私も子供たちも、その保護者さんたちも雫歌ちゃんの世界に引き込まれている。
雫歌ちゃんの声は糸ちゃんみたいに大きな声じゃないけど不思議と耳に心地いい。
「北斗七星分かるかな?」
「「「あっち」」」
みんな一斉に同じ場所を指す。今日は北北東あたり。
私が育てました。
「じゃあ北斗七星がいくつの星でできてるか知ってるかな」
「ほくと七せいだから七つ!」
雫歌ちゃんからアイコンタクトがあったので頷く。
時間との勝負。近くの望遠鏡を北斗七星の方向に慎重に向ける。こんなものかな。ファインダーを覗いて……よし、一発。
「本当? もっとよく見てみて」
「やっぱり七つだよ」
「じゃあヒント。柄杓の柄の先から二番目の星だよ」
狙う星はおおぐま座ζ星のミザール。
併せて死兆星のアルコル。
この星達は、古くから肉眼でも確認できる二重星として有名な星だ。天文学が日常の必須知識で無くなって知名度は低下したかもしれないけど、それでも星の在り方は変わらない。
「二つ見える!」
「ほんとだ!!」
「えー、ホントに?」
ミザールは二等星で家のベランダとか庭でも見ることができるだろうけど、アルコルの方は四等星だから街灯りがあると見るのは難しい。
そもそもほぼ同じ場所にある星だからじっくりみないとアルコルを見つけることができない。でもここなら暗闇に目を慣れさせさえすれば結構見える。
ミザールとアルコルにピントを合わせて……、と。
思わずニヤニヤしてしまう。
ミザールとアルコルの話は有名だし、話したこともあったはず。
だけどこれは雫歌ちゃんもたぶん知らないんじゃないかな。
「じゃああの星を望遠鏡で見てみよっか。順番だよ」
皆が一斉に私のもとに集まってくる。
その圧力に負けずになんとか捌いて列を形成。
導入がすぐに終わったおかげで余裕がある。
幸い今日の子供たちはすぐに列を作ってくれた。
「二つじゃない。三つある!!」
「次、次わたし!」
望遠鏡の視界の中には三つの星がある。
一つはアルコル。
そしてミザールAとミザールB。
実はミザールを望遠鏡で見ると二つに別れて見える。
ミザールは太陽のように恒星が一つしかない系じゃない。むしろ宇宙では連星系の方がメジャーとまで言われるくらい。
アルコルとミザールが同じ系かどうかはまだ結論が出ていないらしい(同じくらいの距離ではある)けど、このミザールAとミザールBは同じ連星系だ。
そんなことを説明していく。
本当はもう少し細かいんだけど私基準で細かくしてしまうとついて行けない子が出てくる(二敗)ので自重。ここで目に見えない星の話をしても混乱させるだけだ。
ただの普通の星と思っていた星の隠された秘密に子供たちは大盛り上がり。
しばらく望遠鏡を任せて雫歌ちゃんとこっそり話す。
言葉に詰まって対応を任せきりにしてしまったお礼を言わないといけない。
「ありがとう。助かっちゃったよ」
「どういたしまして。二つじゃなかったんだね」
「実はそうなの。後で雫歌ちゃんも見てみて。七等星も近くにあるはずだからよーく見たら見えるよ」
私はまだまだ修行が足りない。
そんな半人前の身だけど、今日は雫歌ちゃんから学ぶことができた。知識が多いだけでは足りない。場数も私の方が踏んでいるはずなのに今夜の私は補佐に過ぎなかった。
「のぞみちゃんはいつもこれをやってたんだね」
「いつもって訳じゃないよ。でもなんだかんだ二か月に一回くらいはやってる気がする」
「すごいなぁ」
「今日は雫歌ちゃんのおかげだよ。太陽が星を見て欲しいから沈んだっていう考え方はとっても素敵!」
その時私は一人反省会と子供たちへの注意を向けているせいで雫歌ちゃんが少し寂しそうな顔をしていることに気がつかなかった。
「特別な存在でも、普通を好きでいてほしい。ううん。せめて存在を認識していてほしい。最近そんなことを思っちゃうんだ」




