見えない星を見ようとして
机に向かっているけどもちろん学校のじゃない。
私の部屋で糸ちゃんを起こさないように音を切ったタブPCを使ってお兄ちゃんから聞いた方法を試しているところだ。
「……はぁ。やっぱりいた」
「おはよう。……? 二度目でもおはようかな? まぁいいや。おはよう」
「のぞみは学校サボる悪い娘だ」
起きた気配を感じて振り向くとベッドからもそもそと体を起こした糸ちゃんと目が合った。
既に三限目が始まるような時間をスマホで確認した糸ちゃんは安心したような、申し訳なさそうな表情を見せながら私を非難する。
強がってるのが見え見え、朝私達を騙しきった糸ちゃんはしばらく出てこない。
あの後結局、糸ちゃんが落ち着くまでそばにいた。
いつもは天邪鬼さんで全然甘えないから新鮮だ。私だけが糸ちゃんの強がりを見破った訳だしこの糸ちゃんを堪能しても問題ないということでネコ耳をなでなでしつつ寝かしつけた。
なんかうだうだ言ってたけど全部無視。
しばらくして寝息(ちゃんと呼吸が深くなってたから狸寝入りじゃない)が聞こえたからお兄ちゃんに連絡して私は私の作業をすることにした。
そして糸ちゃんがひと眠りして今がある。
「調子どう? 牛乳でもあっためようか?」
「……もらう」
「じゃあちょっと待っててね」
まだ素直さんが残ってる。
今日の糸ちゃんはいつもよりずっと甘やかし甲斐がある。
台所でハチミツで甘みをつけたホットミルクを二人分作って私達の部屋に戻る。
糸ちゃんが出迎えてくれたので両手に持ったカップの片方を渡す。
寂しんぼさんと甘えんぼさんが混じり合った糸ちゃんはしっかり受け取ってから小言を言ってきた。
「これ美味しいね。ちなみに午後からでも学校行く気はある?」
糸ちゃんはベッドに座って、私は学習机の椅子に座って向かい合う。
私もまずは一口。
うん。おいしくできてる。
糸ちゃんもだいぶ顔色が良くなってちょっと安心。
まぁ温度変化の激しい朝夕が一番キツイだろうから今は比較的平気と思う。
「ないけど今日を頑張って出席扱いにしてもらう策を実行中だよ」
「いや意味分かんないんだけど」
こっちは糸ちゃんの言いたいことなんてお見通し。
絶対私が休んだ責任を感じるだろうからその対抗策をお兄ちゃんに確認済みだ。
「お兄ちゃんってなんで星の人って呼ばれてるか知ってる?」
「知ってるよ。文化祭乗っ取ったじゃん」
「ううん。その頃にはもう星の人として有名人だったよ」
「あれ? そうなの? そういえば最初にのぞみと会った時はもう観望会やってたね」
文化祭の件で有名になったは無理がある。
なんの実績もない人が音頭なんてとれるわけがない。
そもそもうちの高校には天文部がなかったのにどうしてお兄ちゃんが星の人と呼ばれているのかにはそれなりの理由がある。
「お兄ちゃんさ、入学早々星を見るために学校サボって沖縄まで旅行に行ってきたんだよ。飛行機でひとっ飛び。沖縄でしか見れない天体現象があったからって」
「えぇ……。……。……ぇえぇ……。違う意味で頭痛くなってきた」
「ここまでならそこまで変なことでもなかったんだけど」
「感覚マヒってるよ。のぞみはお兄さんを基準にし過ぎ」
「事実だよ。続きの方がぶっ飛んでるもん」
私も最初に計画を聞いた時はびっくりしたよ。
そしてお父さんとお母さんが許可を出した時はもっとびっくりしたよ。
連れて行ってくれなかったことはそこそこ根に持ってる。
そしてここで終わらなかったのがお兄ちゃんが星の人たる所以だ。
「なんか聞くのが怖くなってきた」
「お兄ちゃん、それを学校の課外活動として出席扱いをもぎ取ったんだよね」
「待って。……待って。それアリなの!?」
顔を伏せて左手で頭を支え、もう片方の手は掌をこちらにむけて言葉だけでなくジェスチャーでも待ったの構え。
あんまり興奮すると体に悪いよ。
とは思うけど寝てだいぶ回復したようだし良いかな。
「寝起きにだいぶカロリー消費した気がする」
「それで、そういうことが一学期の間に二回もあればまぁ有名にもなるよね」
「味をしめてる」
「お兄ちゃんもちょっと前、一学期初日だったと思うけど風邪で休んだじゃん。その時学校ではさ、星の人がついに海外行ったってお祭り騒ぎだったんだよ。アメリカだと皆既日食時に彗星を見ることができたからね。お兄ちゃんのクラスの人が教えてくれた」
「自業自得過ぎる」
私もそう思う。
けど一応行ってきてそれではい終わりではない。
「そういう訳でお兄ちゃんに学校のサボり方を訊いたんだ」
「あの兄にしてこの妹あり」
「えへへ」
「褒めてない褒めてない」
ショックから少し回復した糸ちゃんが顔を上げたから目があう。
落ち着くためにカップに口を付けながらだったけど確実に呆れた目だった。
ちなみにお兄ちゃんが最初に学校をサボったのは五月。今はまだ四月だから私の方が先にサボったことになる。
妹は兄を超えてしまった。
「勝ち誇ってるとこ悪いけど世間一般にはそれ駄目な方向に突き進んでるからね」
ちぇっ。
「お兄ちゃんは惑星食って現象を見に行ったんだけど、そのレポートを書いて提出したみたいなんだよね。だから私も今やってることレポートにしてみようって」
糸ちゃんのツッコミを聞こえないフリして話を進める。
あー、ハニーミルクおいしいなぁ。冷めないうちに飲み切っちゃおう。
「レポートって何書いてるの?」
「ちょっと前にアンテナ買ったじゃん。あれで電波観測してたんだけどそろそろデータ纏めても良いんじゃないかなって」
「あー。なんだっけ? 流星予報?」
「予報はできないよ。結果を知ることができるだけ」
電波観測と言われる手法で素人でも手を出しやすく、曇っていたり日中でも観測できるのが利点。
天文部の部活としてどうかなと私が先行して試してみている奴だ。
「私としては学校サボってすることが勉強なのが意味わかんないけどね」
「別に大したことはしてないよ。どうせ試運転だし」
アンテナの設置は一週間前くらいにお兄ちゃんが手伝ってくれたしレポートに必要な写真も糸ちゃんが寝てる隙にスマホで簡単に撮れた。
私が学校に行ってる間もちゃんと休まずデータを集め続けてくれていた。
ちょうど昨日がこと座流星群の極大だからそれと見られる流星の痕跡をいくつか観測できていたのを確認。
「昼間でも流れ星を捉えることができるって奴だよね」
「そうそう。解析ソフトも自作する訳じゃないから知識自体はそれほど必要ないんだよ」
もっともレポートにするならやっぱりそれなり以上に知識を身に着ける必要はある。
でもこういう知識を吸収していくのはワクワクするから好きだ。
「いやアンテナってだけでもう分かんないよ」
「んー。糸ちゃんは流れ星をどうやって認識してる?」
「え? 光ってるのを見て、かな?」
「これも一緒だよ。可視光の代わりに電磁波、目の代わりにアンテナを使ってるだけ。そもそも電磁波と光は同じものだよ」
違うのは波長。人間には見えない光をアンテナを使って受信するのが電波観測だ。
ただし流れ星の電磁波を直接観測している訳じゃない。
蝙蝠さんのエコーロケーションと同じように、元となる電磁波を流星が反射するからそれを観測している。その元となる電磁波も私が用意したものじゃない。
「もっと分かんないって。電磁波って電気じゃないの?」
「え、違うよ」
電磁波が電気ならソーラー発電はもっと簡単にできる。
いやできるかな? 電気そのものである雷を使った発電の研究の歴史は長いけど実用化は現状できそうもないことを考えると難しいかもしれない。
まぁその辺は私の分野じゃないから証明は他の人に任せる。とにかく電磁波と光は同じ部類であっても電気と電磁波は明確に違うものだ。
ただ電磁波を送受信するのに電流を使うから私も油断するとすーぐごっちゃになっちゃう。励起が分かるまではちんぷんかんぷん。
「光って色によってちょっとづつ性質が違うんだ。例えば虹ができるのは赤い光と青い光で屈折率が違うからでしょ」
「言われてみれば」
「で、電磁波っていうのは人間に見えない色の光ってだけ」
光は色によって異なる性質を持つ。人間に見える性質のものを可視光と呼び、赤いほど屈折率は小さいし青や紫に近づくほど大きい。
そして、赤色よりも屈折率の小さいものを赤外線、紫色より屈折率の大きなものを紫外線と呼ぶ。光の性質が違わないとそれを識別できない。
今回使うのは赤外線よりもっと外側。エネルギー量的には紫外領域より赤外領域の方が小さいから使いやすい。例えば一日当たりの使用制限があるレントゲンにも使われるX線よりはずっと安全な光だ。
正確な定義は私の書いたレポートを参照してほしい。
「目に見えない光って単語がもう理解の外側なんだけど」
「そこまで不思議でもないよ。例えば人と犬や猫は見える色が違うでしょ」
紫外線を捉える虫さんがいれば明暗しか分からない魚さんもいる。
光は本当にたくさん種類があるけど観測者がそれを制限しちゃうからそこに確かにあるのに見えないものがいっぱいある。
「そっか。そういえばそうだった。赤は見づらいよね」
「見えるって大事だよね。虎さんだって人間の目から見たら結構個性的なカラーリングだけど草食獣さんの目から見たら全然目立たないらしいし、それを考えれば人間が見えない光は無い方が不自然でしょ」
私達は目に見える光を色の違いで認識している。
なら、目に見えない光はどうやって違いを認識すればよいか。
それは解析ソフトの出番である。
人類の最も偉大な発明を一つ挙げろと言われたら私は文字を推す。
文字によって人類はたった一人がたどり着いた答えを共有することができるし、私一人では考えもしないような実験ができるようになるし、その考察の仕方も文字によって学んだ。
会話は目の前の人としかできないけど、文字を使えば世界中、さらには未来にまでその知識や意志を伝えることができるようになる。
その恩恵をフルに生かさない手はない。
「そんな感じで目に見えない光を使って流れ星を捕まえるのが電波観測。だいぶざっくりした説明だけどね」
そう言ってタブレットPCに流れ星の形跡があるデータを見せる。
ツールの関係上英語が並んでいるけど使われている単語は限られているからまぁなんとか読める。
試験と違って時間も辞書の持ち込みも制限がない。なんとでもなる。
「これがたぶんそう。こっちは飛行機だと思う。ドップラーないし少なくとも流れ星じゃない」
「あー。こんな感じかぁ」
残念ながら糸ちゃんの反応は芳しくない。
少し申し訳なさそうな声音で言葉を続ける。
「んー。天文部でやるのは、少なくともメインでやるのはやめといた方が良いと思う」
「? どうして?」
他の学校もやってるとこあるみたいだし結構ぴったりだと思ってたけど明確な理由がありそう。
しっかりした口調でこの電波観測の弱点を教えてくれた。
「私達は星が見たいから集まったんであってパソコンの画面とにらめっこしたい訳じゃないんだ」
なるほど。
このパソコン画面だけだと天体観測をしているようには見えない。アンテナの設置はそれっぽいけどもう既にやってしまった。これじゃあ楽しみようがない。
「もちろん活動実績とか必要ならこれで……」
「ううん。じゃあこれは個人的なレポートとしておくよ」
「でも天文部のためにやってたんじゃないの?」
「んー。理由の1割くらい? きっかけにはなったけど私が先行してやってたのって単に私がやりたかっただけだし」
そうじゃなかったら天文部の予算使って天文部の活動として最初からやってる。
これお兄ちゃんと私のお小遣いでできる範囲の気楽な実験なんだよね。
先行研究を調べるのは楽しかったなぁ。
レポートを見返して振り返る。
入力だけだとどうしても頭の中がごっちゃになってしまうからこうやって文字として出力してまとめる大切さが分かるというもの。知っているようで説明できないものは案外多い。
「ところでのぞみ」
「なに?」
「これどう見ても1、2時間でできるクオリティじゃないよね」
私は目を逸らした。
「やっぱり!! 私をダシにしてのぞみのお兄さんの軌跡を辿りたいのが本音だよね!! 前々から学校サボる機会を虎視眈々と狙ってたんだ!!」
チガウヨ。
病気の糸ちゃんが心配だから看病の為に学校休んだんだヨ。
「……。……のぞみって星の人の妹なんだなぁって」
何故か呆れられた。
「のぞみのお兄さんをどう呼ぶかですか? 名前で呼ぶと雪従姉が無言の圧をかけてくるんですよ。人の彼氏に言い寄らないでみたいな。でも苗字だと家族全員同じじゃないですか。もちろん雪従姉も無茶なことは分かっているので何も言わないんですけど、それでも目が口ほどにものを言ってるんです。あとお兄さんというと今度はのぞみから私のお兄ちゃんなのに、みたいな視線を感じるんです。二人とも不満なら言ってくれればいいんですけど何も言わないのは逆に怖くて。だから一緒に暮らしてはいるんですけど私自身はのぞみのお兄さんとはそれほど会話は無いですしそこまで仲良くもないです。もちろん不仲とかそんなではないですよ。ただ、のぞみか雪従姉を通しての知り合いって感じです」




