悪巧みのご相談
「待て、待て……どうしてそうなるんだ。今大分いい流れだっただろう!」
どんな時でも、どんな事を言われても、カシウスは精霊に対する恐れを抱かない。考えすぎる性格の彼がノエルに対してだけ礼を欠くというのは考えられないから、彼の中に流れるエメレットの血が「精霊と友人であれ」とささやきかけているのだろう。
「あ~、もう。なんでいつもこう、うまくいかないんだ……」
カシウスはこめかみを抑えた。あまりの事に頭痛がするとこめかみを押さえるのは、彼の子供の頃からのくせだ。
「カシウス、王様になる!」
「い・や・だ!」
「エメレットお城にする。ノエルもお城に住みたい。お城たてる。場所はある」
「お前、こんな辺鄙な土地に首都機能なんて移転できる訳ないだろ! ああもう、黙って聞いていればこれだから精霊は……」
カシウスは本当に、精霊は人間の都合なんてわかっちゃいないんだ、と深いため息をつく。
「お城にきゃらめる! きゃらめるはお城にあり!」
「すまん、キャラメルがエメレットにないと言ったのは嘘だ。キャラメルぐらいある。だから城はいらない」
二人のある意味息ぴったりの会話に、口を挟むことはしない。きっと時間の感覚も、何もかもがあいまいなこの空間の事だ、いつまでも聞いていられる。
「神殿を豪華にして、供え物も好きなだけやるから、その物騒な思考を一旦ひっこめてくれ」
「ちぇ。めいあんだったのに。まあおかしがあるならいいかな。そろそろお酒もほしいな」
「どこがだ。それが言いたいだけなら、脅かすようなこと言うなよ」
「ノエルはほんきだよ。地霊契祭のときに、ばーって出てきて、こわくてつよーい大精霊さまだぞー、滅びよー、うそつきはほろびよーってする」
「それで?」
「うそつきはみんな地面にめりこむ」
「めり込むだけ? ならそのくらいはいいか。アリエノールにはやるなよ」
「やらない。わかった、カシウスはお城がきらい。エメレットにお城はいらない。セファイアのお城をそのまま使って、アリエノールを女王さまにする」
「なんでだよ」
セファイアの遷都は免れた。けれど、今度は私が女王にならなくてはいけない雰囲気だ。
「アリエノールが好きだから。アリエノールが泣いてるのは、えらくないから。えらくなれば誰の言う事も聞かなくていい」
ノエルの主張を一通り聞いたあと、カシウスは深い深呼吸をしてから、まっすぐにノエルを見つめた。
「いいか、よく聞け。アリエノールは女王になりたいと思っていない」
「え? そうなの?」
「そのしらじらしい子供の演技をやめろ」
「ノエル赤ちゃんだもん。精霊だって赤ちゃんだもん」
「赤子は物騒なことは言わないんだ。アリエノールがセファイア女王になることは簡単だ。大精霊が顕現して女王になれ、と言えばいい。けれど、それが皆の望むことだろうか」
カシウスはとうとうと、私が女王になってしまえば、ノエルと一緒に遊ぶどころか一緒に食事すら出来なくなるのだと述べてゆく。それに対して、エメレットはいかに自由で、のんびりして、幸せなことかも。
話を聞いているうちに、ノエルの表情が段々としかめっ面になってゆく。まだ私と一緒にご飯が食べたいと思ってくれているのだ。それは嬉しいことだ。
「アリエノールが忙しくなって、薬膳粥しか食べられなくなったら気の毒だろう。せっかく健康になりつつあったのに」
「お城のアリエノールは、かわいそう?」
「ええ」
ノエルの問いに、しっかりはっきりと頷く。
「ほら、この濁った目を見ろ。かわいそうだろう。女王さまと言うのは、つらいものなんだ」
「たしかに。じゃあ、アリエノール女王さまにするのはやめる」
カシウスはノエルをなだめるのに成功したみたいだ。
「セファイアそのまま、エメレットそのまま、アリエノールだけエメレットにつれて帰る」
「そう、そう。いい子だ。その調子」
カシウスはノエルの頭を撫でてから、懐から小さな缶を取り出した。
「いい子のノエルには、飴をやる」
「ノエル飴ほしい!」
ノエルが両手をあげてぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねている隙に、カシウスはちらりと私を見た。今までずっとすれ違っていたのに、精霊の森の魔力のせいだろうか、彼の気持ちが手に取るようにわかるような気がしてくる。
「ええ。そうよ。ノエルはとてもいい子。また、一緒にパンケーキを食べたいわ」
飴をぽいっと口に入れて、ノエルはにんまりと笑った。
けれど次の瞬間に風が吹いて、ノエルの髪の毛を巻き上げた。風がやむと、ノエルの表情は憂いを帯びた、少し大人びたものに変わっていた。
「日がかたむく。精霊の力、今日はもうすぐここまで」
ノエルの力が王都まで及ぶのは時間制限があるらしい。私達の邂逅は、もうすぐ終わる。
「ノエル、ありがとう」
「精霊の森に来れば、またしゃべれる。でも、ぎしきはもうすぐそこ。巫女との契約によって、にんげんの信仰心をあつめ、ノエルはほんとうの大精霊になる」
「王家は地霊契祭が終わり次第、巫女姫アリエノールとメイユール公爵の婚約を発表するつもりだ。……先回りしよう」
「でも、どうやって?」
ノエルが私を精霊の力で連れ去ってくれれば、話はすぐに解決するのだけれど。カシウスがセファイアの貴族である以上は、そうもいかないだろう。
「エメレットには大精霊さまがついている。──三百年前の意趣返しといこう」
「ノエル、お菓子があれば大体なんでもできる!」
カシウスがにやりとあくどい顔をした。彼のそう言った顔を見るのは、もちろん初めてのことだ。
心臓がどきどきしているけれど、これは動悸ではなくて、わくわくで胸が高鳴っているのだ。これもまた、始めての体験だ。健康って素晴らしい。




