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いたずらな精霊

「何かしら?」


 この森は建国時に祖先がこの地に住まう大精霊ユリーシャと契約をした神聖な土地で、地元の住民が薬草などを取りに来ることは基本的にない。


「アリー様、森の中は罠が張ってありますから、危険です」


 獣道をかき分けて進もうとする私を、エレノアが腕で遮る。


「罠? 神聖な精霊の森の動物は、殺生禁止でしょう」

「別に殺傷するために取るわけじゃありません。最近、お供え物を荒らす動物がいるので、痛い目を見て学習してもらうために猟師が罠を張っているのですよ」


「ええ、そうなの?」


 確かに、ここ最近は、毎回祈りに向かうたびに供えていた食物がなくなっていた。てっきり入れ替わりの人が回収しているのだと思っていたけれど。


「はい。獣が人間の食べ物の味をしめてうろつくようになったのかと。問題ありません、夕方には猟師が来て、逃がす手筈になっています」


「……なら、なおさらよ。罠にかかっているのは動物ではなくて、人間だと思うわ」


 耳をすますと、薄暗い森の奥から子供がすすり泣くような声が聞こえてくるのだ。きっと、面白半分で森に入って罠にかかってしまったのだろう。


「私には何も聞こえませんが……アリー様の仰せのままに。確認してきましょう。お洋服が汚れてしまいますからね、アリー様はそこでお待ち下さい」


「お願いね」


 エレノアはそう言うと、音が聞こえた方向へガサガサと草をかき分けて進んでゆくが、待てども待てども一向に報告がない。けれど、音はずっと聞こえている。


「ねえ、エレノア。どうなったの?」


「……アリー様、何も見えません!!」


 焦れて声を上げると、困惑したエレノアの声が返ってきた。


「自力で脱出を?」


「いえ、暴れています。……私には、何も、見えませんが、音がします」


「……もしかして、檻の中にいるのは精霊かもしれないわ」


 この森には精霊が住んでいるが、魔力を持たない人間には精霊が見えない。エレノアが認知できないのは当然のことだ。


「精霊とは、人間の食べ物が好きなのですか?」

「そうよ、だからお供えをしているわけだから。……ちょっと待って、私もそっちに行くわ」


 スカートの裾をたくし上げ、エレノアのもとに向かう。彼女の足元には確かに檻があり、中にはぼんやりした淡い緑色の光の魂があり、顔はないけれど、私を見ている──そんな感覚がした。


「あら、本当の本当に精霊がいるみたい。ごめんなさいね。うちの人たちが」


 私を見て、緑色の光が心細そうに檻をゆらした。


『ごめんなさいね』


 その時、知らない声が、頭に響いた。


「……え?」

 思わずエレノアの方を振り向くと、彼女はきょとんとしたような表情をしている。


「アリー様、どうしました? 本当に、このなかに精霊がいるのですか?」

「ええ、確かにいるわ。早く出してあげないと」


 檻に手をかけると、おずおずと緑色の光は檻から這い出てきた。パンくずがちらばっていて、どうやら本当にお供え物に興味をしめして罠にかかってしまったらしい。


「本当に、ごめんなさいね、パンが食べたかったのね」

『おかしがたべたかったの』


 ……どうやら、先ほどの声の主はこの精霊のようだ。精霊は意識の集合体のようなもので、個々の意識があることは稀。趣味嗜好があるとしたら、それこそ大精霊と言えるだろうけれど……。


「お菓子ね。神殿のものはすべてあなたたちの物だから、今度からはもっとたくさん持ってくるわね」


 精霊は敬うものだが、私だって領主代行だ。あまりにも下手に出る必要はない。にっこりと微笑むと、緑色の光は少しだけ、背伸びをするように大きくなった。


『ことばつうじる?』

「ええ、聞こえているわ」


 これは驚いた。どうやら意思疎通が可能で──彼女、理由は分からないけれどなぜかそう思う──の方から、会話を試みようとしている。


「アリー様、先ほどから誰と会話を?」


 エレノアが怪訝な顔で私を見ている。彼女には精霊が見えないのだ。


「精霊とよ」

「……精霊と?」

「ええ」


『ありー。ありーは、アリエノールとちがう?』


 姿形は奇っ怪と言えるかもしれないけれど、言動は愛らしい子供のようなものだ、おそらく、精霊として自我を持ち始めたばかりなのだろう。


「私がアリエノールよ。アリエノール・ディ・エメレット」


 皆と親しくなりたくて、愛称である「アリー」と呼んでほしいと言い出したのは私だ。今では「アリエノール」と呼ぶのはカシウスしかいない。


『アリエノール! はじめてみた!』

「ええ。私も初めまして、かしら」


『いつもたべものくれるにんげん』

『ええ、そうよ。あなたが食べていたのね、今度はもっとたくさん持ってくるわね』


『こおりがし、たべたい。最近、ここまであるけるようになったの。だからつめたいたべもの、まだ知らない……』

「ごめんなさい、氷菓子はここまで持って来れないの。うちにくれば……」


 どうやら、精霊は森で私達が喋っている内容に注意深く耳を傾けているらしい。これは、皆にカシウスの悪口を言わないように注意しないと。


『うち? エメレットの土地、ぜんぶうち』

「うちと言うのは、森の外にある人間が住んでいる場所よ。私はそこにいるの」


 エレノアが慌てた様子で私の袖を引いた。


「アリー様、アリー様。精霊とあんまり喋ると、魂を取られますよ。このあたりには、精霊が家に入り込んで子供のふりをしたり、子供をすり替えたりするいたずらをしてくるという伝承があるのはご存じでしょう?」


「それならいいじゃない。私、そんなかわいいイタズラなら、されたいわ」


 何を仰ってるんですか、とエレノアが口には出さないけど呆れているのがわかる。けれど、口からこぼれ出たのは、私の願望に他ならない。


「だって……そうしたら当家にも、子どもが来るってことでしょう」

「アリー、様……」

「私だって……」


 ひょんなことから、妙な空気になってしまった。精霊の森はあまりにも濃い魔力のせいで、人を感情的にさせる作用があると、わかっているはずなのに。……気持ちを切り替えよう。深呼吸して、にこりと微笑む。いつものアリエノールの笑顔になっているはずだ。


「……ごめんなさい、帰りましょうか。お客様の用意をしなくてはね」

「はい。アリー様の仰せのままに」


『ありえのーる、まって……』


 精霊は私の後ろをついて来ようとした。けれどまるでカタツムリのようにゆっくりで、とてもではないが待っていられない。


「ごめんなさいね、お仕事があるから。また来るわね」


『ついてく……うちのこ、アリエノールの、こども……』


 精霊の言葉に後ろ髪をひかれながら、私は森を後にした。

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