橋からのn秒間
僕こと三木玲汰(仮)の小学生の頃の話。登校は集団登校が行われ通学路は決められていたが、下校はというと学年やクラスによって時刻がバラバラ。通学路を守らずに寄り道をしたり、田んぼを突っ切って近道をしたり、ランドセルをほっぽって遊び、どこに置いたか分からなくなり青くなるなんて経験を多くの小学生がしたものだった。
小学4年の頃、僕と友達2人(友人A、友人Bと呼称)は細い路地にある橋で遊ぶのがブームとなっていた。道路が1台ぎりぎり通れるかどうかの路地に橋がかかっていて、その高さは2m程度。小学生にしてはかなり高い橋に思えた。水量は少なく川の両端は泥状になっており、スリルを求めて橋から泥にジャンプして飛び降りるのだ。飛び降りるとズボッっと足がある程度埋まりはするものの抜けなかったり、怪我をすることは無い。お尻をついてしまうと制服のズボンに泥がつくので別の意味でもスリルがあった。何がそんなに楽しかったのか、3人で順番に幾度も橋から下に飛び降りることを繰り返し、結局泥だらけになり母親に叱られてしまうのだ。
その日、土曜のいわゆる半ドンと呼ばれる日で、朝に授業が3限だけあり11時30分頃放課となる。昼食の前に帰ることができテンションの上がる時間帯。僕達3人は例に漏れずその橋に向かい橋の脇にランドセル3つ放り投げる。さっそく飛ぶ順番をじゃんけんで決め、友人A、友人B、僕の順になった。友達Aが飛ぶ位置に立つ。
「今日は下がコンクリみたいに固いかも…」
「辞めろって~」
僕が友人を冷やかす恒例のやり取り。毎回すんなり飛べるほど恐怖心が消えている訳でもない。
特に1人目は下の様子が目視では分かりづらいので緊張感がある。そして…友人Aが体を後ろに引き
「んじゃ」
と言い、勢いをつけてから体を宙に放り出し
ズボッ!
橋の下へ着地する。僕と友人Bは
「お、早い!」
「今日は泥はどんな感じ?」
と問いかけるが…
下にいる友人Aから返事が無い。ただ、何かをブツブツ言っていて手は空中を掻くかのよう動かしている。違和感はあるが足が泥にはまって抜けないのかと思った。助けるためにも飛び降りる必要があるので何も返事が無い今の時点では
「どうした~?」
「はまった?助けいる?」
と呼びかけるだけである。その無為な時間は1分程であったが非常に長く感じられた。
突然友人Aがスッと何事も無かったかのように立ち上がり突起部分に手をかけて橋の上に登り、僕達の元まで戻ってきた。僕と友人Bは
「どうしたん?」
と聞くが友人Aからは
「うーん、、説明し辛いな。飛んでみ?」
と返ってくる。Aの口調はいつも通りであり、深刻な様子では無いので友人Bも飛ぶ位置に立つ。友人Bは友人Aより怖がりであり、3カ月前に初めて飛ぶまでに2時間以上かかっていた。それから何度も飛び、慣れた…とはいえ、先ほどの友人Aの様子が変だったこともありかなりびびってしまっているようだ。5分程うじうじしてから
「よし、じゃ行く!」
と言い、友人Bが飛ぶ。
ズボッ!
僕はすぐに
「どうやった?」
と問いかけるが…、またも返事が無い。友人A同様に友人Bも小さい声でブツブツ何かを言い、手を小さく前に出しグッパッ、グッパッと閉じたり開いたりしている。僕は友人Aの方を向き
「どういうこと?」
と問うが友人Aから
「…飛べば分かるって」
と返ってくる。下にいる友人Bはまだ着地した場所から動かない。僕は友人2人が共謀して僕をビビらせようとしているのかと考えたが、飛ぶ順番もじゃんけんで決めたし、僕が3番目になった時だけ驚かそう…というような悪だくみを働かせる感じの2人でもない。そう気づいた瞬間に背筋が寒くなる。友人Bがその場から動かない時間の分だけどんどん怖くなってくる。何かブツブツ言っている内容が聞き取れないのも怖い。
そして3~4分してから友人Bも何事も無かったかのようにズボッとはまった足を抜き、
「なるほどなるほど」
と突起に手をかけ登り橋の上のところまで戻ってきた。僕は友人Bに
「え?ホンマに何があったん?」
と問いかけるが友人Bも二ヤリと笑い
「飛べば分かるって」
とAと同じことを言う。Bの不敵な笑みを見て、逆に何も無いかもしれないな。AとBの企み説が信ぴょう性を増したことで少し落ち着き、飛ぶ位置にスタンバイする。飛び慣れた場所なので順番に2番目以降だと止まることなく身を放り出すことも多いが、今回は一抹の不安が拭えない。しかし友人Aと友人Bにチキンだと思われたくないことや、自分が飛ばないと次の友人Aに順番を回せないので、意を決して
「じゃ、飛ぶ。」
と言ってからジャンプ。着地までの時間がいつもより長い気がしたが、
ズボッ!
と着地。足もそう深く埋まっておらず、特に不具合も無い。
「え?特に何も無いんやけど?…」
橋の上へ振り返りながら言うが、友人Aと友人Bの姿が無い。角度的に見えないのかと、急いで突起に手をかけ橋の上まで戻るが友人Aも友人Bもいない。見回す限り誰もいない。橋の脇に放り出してあるランドセルも自分の分しかない。ほんの20秒程のこと。走る足音やランドセルも無く、全くあり得ない事では無いが、普通に言ってあり得ない。ただ一人でここにいても仕方が無い。お昼ご飯の時間もあるので、とぼとぼと家へ帰る。どこかの角から
「「ドッキリでしたー!」」
と出てくる事を予想していたが何も無く自宅に着く。
「ただいまー」
今日は泥がほとんどついて無いので怒られないよなと思いながら玄関を開けると、ドタドタと家の中から母親が走って来て、
「もう!あんた何しとったん!」
と言われる。僕はとっさに、あれ?泥が気づかない内についてたかな?と思ったが母は
「もう4時前やで!友達の家に直接行くなら1回帰って着替えて行きって!」
「え?それは無いって。まだ12時くらいじゃないの?」
と僕が言うと母は
「もう、、この子はまたそんなこと言って。はよ着替えて宿題し!」
と家の中に戻っていった。橋の下で何時間か気絶してた!?何がどうなってるん?とパニックになったがそこは明後日の月曜日に友人Aと友人Bに学校で聞けば分かるかと、答えを丸投げすることで落ち着いた。
そして月曜日、学校に着くやいなや友人Aと友人Bに土曜の昼に自分が飛んでから何があったのかを問い詰めたのだが、、、
友人Aも友人Bも橋に行っていないと返ってきた。確かに僕は友人Aと友人Bを橋に誘ったがAはその日の午後にソフトボールの練習試合が、Bは塾の補習が入っていたので橋に行くのを間違いなく断ったと言う。さらに、その周辺の時期にその川の4km程上流で女性の水死体が上がったと知り、当時の僕はえらく怯えていた。
友人Aと友人Bとは翌年からクラスが一度も同じにならず疎遠になり、この話はどこにも出せない浮いた話なのである。